第32話

 産まれた瞬間はとても嬉しかった。念願の子供、当然喜ばない筈は無い。しかし絶望が早過ぎた、喜びを上回る絶望があれ程までに素早く一瞬で訪れるとは思ってもみなかった


 「中は豪勢だな、覚えてないか?」


 「全く、でも確かにいいところだ。」

施設というには居心地があまりに良さそうで、むしろその辺の家庭よりも裕福に見える。


「こんな場所に触れ合う機会は余り無かったな、職業柄名前程度は聞いた事があったが関わる事は本当になかった」

健太が六歳頃と過程するすると今から18年程前になる、その頃は別の事件を追っていた事もあり余り覚えがない話であった。


「建物が燃え、子供が死ぬ瞬間を救えないとはな。不甲斐ないの一言だ」

関わりが無くとも強く感じるこの感覚を、関していた院長はどれ程強く感じていたのか。


「過ぎた事です。残酷ですが、前を向くしかありません、忘れさえしなければその記憶は弔いになりますよ。」

大事な事を忘れる悲しみは一番よく知っている。完全に忘れたい記憶ですらも、いつか脅威として襲ってくる。逃げ場など何処にもない、ただ近付いてこないように距離をとって見つめるしか争う術は無い。


「誰もいないな、広間に行ってみるか」

院長が言っていた皆の遊び場、個室を一つ一つ回るよりも手っ取り早く事が進みそうだ。


「確か廊下を抜けて、台所の横..」

従業員が食事を作り運ぶ事で、遊び場は食卓へ変わる。


「あそこか?」「みたいですね。」

沢山の子供が集まっている。恐らくあれが一番の遊び場、ほころびの家の広間だろう。


「普通の遊び場だがな、朗らかな光景だ」


「……」

子供たちが楽しげに遊んでいるのを、健太は静かに見つめていた。人の事は言えないが、徳元側からは酷く冷たい顔に見えた。


「大丈夫か?」


「..ええ、平気です。なんなんでしょうね、ここが燃えた理由って。早く知りたいな」

焦っているのか、時間が無いのは確かだが余りに冷めている。仮にも己の幼少時代だというのに、何も思う事はないのだろうか?


「お前の姿は無いようだが..」


「部屋にでもいるんでしょう。僕の姿はノケモノが演じてくれています、行きましょう」

院長の話で聞いていた部屋。

廊下を進んで奥から二つ目、ここに健太は一人で篭って遊んでいたという。


「お、開きますよ。入りましょう」


「…暗いな、本当に電気を付けなかったのか」

思っていたより陰湿な仕様で、奥の机に背中が見える。おそらくあれが健太だろう。


『パチ..パチ..』

何かをはめる音、覗くとパズルのピース


「あんな暗がりでよく出来るな」

模様はよく分からないが、真剣に取り組んでいる。暗闇でこその遊びなのだろうか?


『コンコン』

扉をノックする音が響く。


「健太くんご飯よ」「……はい。」

看護師の言葉に力無く返事を返し、パズルを止めて部屋を出ていった。


「愛想無いな、あいつ」「ごめんなさい。」

一人でいる事は嫌いではないが、名残でもパズルを組み立てる趣味は無い。


「何を組み立ててたんだろ?」

机に広がっているパズルを確認する、しかし暗がりではやはり把握出来ない。


「明かりがあれば..!」


「スイッチは無いか?

家主が帰って来る前に電気をつけるぞ」

手探りで部屋中を触る、壁や物に紛れて様々な物に触れるが強く触れても何も起こらない


「……あった、これじゃないか?」

壁の一部に不自然な突起を発見する。直ぐに押し込んでみると、部屋中に光が放たれた。


「…なんだこれは?」

光に触れて先ず驚いた事、それは部屋の様子ではなく己らの身体の変化。以前と比べて随分とシワが増えている。


「過去が未来に干渉しているんだ、早く現代に帰らないと過去に喰われるかもしれません」

 ゆったりとしている暇は無い、直ぐに何か手掛かりを掴み一つでも記憶を取り戻さないと未来への道が閉ざされてしまう。


「急がないとマズイ..」


「いや、大丈夫そうだ。」

机の上には悍ましい光景が広がっていた


「なんだ..これ...?」

明かりによって露わになったパズルの盤面はピースの一枚一枚に紙が貼られ、自作のイラストが描かれていた。


「これは...大きな炎か?」

盤面いっぱいに火の玉のようなものが大きく描かれている。暗がりでも組み立てられるのは、絵の構図を把握しているからだ。


『ガララ..』「見ろ、こんなにある」

徳元が机の引き出しを開けると、完成させた自作のパズルが幾つも出てきた。


「どれも酷い絵ばかりだ、出来の問題では無く内容自体がな。」

子供が描く絵とは思えない残酷なものばかり。首を吊る男の絵、血を流して倒れる犬の絵、そういった風の絵柄が何度も続き最後に机の上にある燃え盛る炎の絵。


「この絵、まさか..」 「……」

院長が言っていた凄惨な出来事

この絵にリンクする通り、それは直ぐに形として二人の身に訪れた。


『リリリリリッ!』  「なんだ!?」

突如施設内に甲高いベル音が鳴り響く。部屋を出て廊下へ出ると、焦げ臭い匂いと熱気が立ち込める。広間の方へ向かってみると、そこには大きな炎が立ち上がっていた。


「これが言っていた火災かっ!」

悲鳴を上げる看護師たち、怯えているのは炎に対してではない。炎に包まれてなお、そこが〝子供たちの遊び場〟としてあるからだ。


「…なんだこの光景は、酷過ぎるぞ..。」

溢れる炎の中に子供たちが笑いながら飛び込んでいく。看護師たちは最早声も出せずただ茫然と見つめている、中には共に飛び込んでいく者もいる。それが過去の姿では出来る事が無く、二人もまたそれを唯見つめていた。


「これで、終わりか?」


「だったらいいんですけどね。」

景色はまだ赤黒い、世界は炎に呑まれると視界を一変させ消し炭となった建物を写し屋外へと追い出した。


「外へ出た、だがまだ現実じゃない。」

不気味な空の下過去の映像が続く、目の前を火傷した女が足を引きずって歩いている。


「火災で生き残った人だ、酷い傷を負ってる」


「あの顔立ち..院長か?

少しだが面影があるように見える。」

何処へ向かおうとしているのか

生き残ったのは院長と他の看護師が数名、子供たちの姿は無い。みんな炎に呑まれたのか


「オレは、オレは何処だ⁉︎」

未来に健太がいるならば死んでいないという事だ、しかし自身の姿が見当たらない。


『いーらない、邪魔。』「…え?」

前を歩く院長を黒い腕が掴み、潰す。あのとき部屋で見た黒い影だ、この世界の根源と思われる異質で重い不気味を超えた恐怖。


「なんだあれは」


「逃げて下さい、アレに亜里香さんがやられました。恐らくこの世界の根源です」


「なんだと?」

黒い影がこちらに気付き追いかけてくる。


『お前もいらない、消えちゃえ!』

腕は凄まじい速さで伸び、徳元を捕らえる。


「徳元さん!!」「くっ、コイツ..‼︎」


『しゃべるな!』

力いっぱい握り潰され、院長同様消滅する。


「嘘だろ…?」

大きな掌は、健太の真上を覆っている

視界が最後に映したのは、赤黒く濁った空。


それ以降は、その景色を見ていない。

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