第30話

 子育てというものは基本的には親がするものだ。金を掛け時間を掛け教養や常識を学ばせ人間を作り上げる、それをこなす労力は想像を絶するが中には耐えきれず途中で放置する者もいるだろう。ならば育児を放棄された子供たちは何処にいくのか?


単純に、それをしたい者のところだ。


 「ほころびの国

 それがアンタの住んでた家の名前だ。」


「ほころびの国...」


「名前くらいは聞いた事がある、身寄りの無い子供たちを引き取って世話をする。いわば児童養護施設と呼ばれるところだ」


「私はそこの院長だった。」

居場所は街でもなく家でもなく施設の中、なんとも無機質な話だ。忘れるのも無理は無い


「今その施設は?」


「全焼した。」「燃やされたのか」

影響により殆どの従業員が犠牲になり、子供のほぼも燃やされた。


「多少の燃え残りくらいなあるだろうが、廃墟もいいところだろうね。子供たちもみんな死んじゃったけど、アンタは生きてたんだね。良かったよ、健太くん」


「…オレは、その頃どんな子供でしたか?」

覚えていないもう一人の母。彼女にどこまで世話になったかはわからないが、関わりがあったことは事実だ。


「良い子だったよ、静かで優しくて。

少し臆病なところがあったけど、素直でさ」


初めは、看護師の一人が連れてきた。


「院長! 外にこの子がっ!」

慌てる職員に目をやると小さな赤ん坊を抱えていた。聞けば建物の入り口に箱に入れられ放置されていたそうだ。


「酷い事するわね、捨て犬でもあるまいし。

ベッド一つ空いてるわよね、直ぐに体調を確認しましょう。その後はご飯も」

直ぐに身体に異常がないかを調べ、母乳もあげた。看護師の中には必ず母乳を与えられる人間をもうけ養う児童の年齢層を制限しないように心がけている。


「…大丈夫そうね、異常はなさそう。」

聴診器を当て安全を確認する。職員はそれを聞いて歓喜しては拍手をして称賛する。


「無事でなによりだわ」

元々は医者だった。難病のオペまで手掛ける技能には定評のある外科だったがとある病気を患った子供の患者を救えなかった。親族には強く激しく罵倒され物を投げつけられた。当然だ、己らの子だ、おかしくはない。


「…子供は死ぬべきではないのよ、絶対に。」

彼女もそれがわかっていた。だからこそ責任を持って医者を辞めた。患者を死なせた医者がメスを置き白衣を脱ぐことは、現実からの逃避として映るだろうか?


「今だに答えが出ないのよ...。」

選択が逃げならば、それも失敗している。

子供の命を救おうと結局は医者の技能を行使している、過去の大きな隙間を埋めるように必死になってもがいているのだろう。


「アナタはもう医者ではありません、子供たちを守る施設の院長です。..確かに医療技能は利用していますけど、それは必要な力です。子供たちを守る不思議な魔法、ですかね?」


「安斉..有難うね。」「うふふ!」

施設の従業員、安斉 桃香。

元々普通の看護師で病院に勤務していたがとあるショックで退職、その後この施設での勤務を始めた。年齢はかなり若いが頼りがいがあり、院長右腕のような存在になっている。


「子供失うのって悲しいですよね。私もよくわかります、もうあんな思いはしたくない..」


「こーら、アナタだって思い出してるじゃないの。忘れろとは言わないけど、あんまり思い返すのやめなさい。」


「はーいごめんなさーい!」

ここに集まるのは皆どこか傷を負ったものばかり、だからこそ身寄りの無い子達に情が強く湧くのだろう。


「アナタもきっと、ここが気に入るからね」

スヤスヤとベッドで眠る子供の名前は健太、丁寧に名前が刺繍された身ぐるみを着ている


「アナタは六歳までウチにいた。

そうね三、四くらいまでは順調だったかしら」


すくすくと成長し流暢に言葉を話すようになった四歳の頃、施設内では元気にはしゃぐ子供たちの姿があった。


「もーらい!」「あ! かえせよひより!」

おさげの活発な女の子が小さな人形を取り上げ走り回る。


「食べくまちゃん! あはははは!」


「返せってひより! それおれのだろ!」

本来は逆なのだろうが揶揄われているのは男子の方だ。これも施設の中ではいつもの光景


「こーらひよりちゃん、意地悪しちゃダメよ?

それコウキくんのなんだから。」

看護師の一人が宥めると男児が駆け寄り胸元へ泣きつく。


「ウェェ〜ンッ!!」


「うわ、ダッセェこーき! 泣いてやんの!」


「ひよりちゃんが泣かしたのよ?

コウキくんも泣かないの、男の子でしょ?」


「……うん。」

泣きっ面に目を赤くして大きく頷いた


「でもさー、こうきおかしいんだよ?

男の子なのにクマのお人形で遊んでてさ!」


「男の子だって遊ぶものなのよ?

お人形さんは皆んなのお友達なの。」


「……わかったよ、ごめんなこうき。」


「うん、一緒にあそぼ?」

クマの人形を差し出し、コウキへ返す。


「よし、いい子ね!」

言い聞かせればわかってくれる、素直で利口な子供たちばかり。かといって皆同じではなく様々な種類の子供がいる、活発な子もいれば大人しい子供もいる。大勢で遊びたがる子もいれば一人で熟孝するのが好きな子も。


健太は大概〝後者〟のタイプだった。


 「健太くん、入るよー?」

 施設内では基本的に個室をもうけ児童達に一つの部屋を与える。食事や学習は集団で行うが、その他の時間は自由を与え解放する。そうする事で子供たちの発想や思考が自然と養われていくだろうと考えた。


「お邪魔します..っと。」

当然必要なときな職員が手助けをする。遊び相手になったり、相談に乗ったりと子供たちの用途・要望は様々だが、出来る限りのサポートは惜しみなくするつもりでいる。


「これ、どこに置けばいい?」


「…あ、えっと..その辺に置いておいて。

ありがとう、いつも..ごめんね?」


「何でも言って、迷惑じゃないから。

..喉、乾いてない? 何か持ってくるよ?」


「大丈夫、ありがとう。」

「……そう? 何かあったらまた言ってね」

口調は物凄く穏やかで、だが何処か影がある。余り周囲とはしゃがないのは少し心配だったが、冷静に楽しいという感覚を追求しているのだろう。我儘を言っている訳でもない、毎日幾つかのジグソーパズルを部屋で解き明かし、甘いカフェオレを飲んでは報告する。そんな日常を送っていた。


「オレ、ちょっとダサくない⁉︎」


「受け入れろ、自分の過去だ」

育つのがこの施設で良かったのかもしれない。

街の活発な子供たちは人と遊ばす家にいる同級生を、心なしに言葉で責め立てるかもしれない。彼はただ静かにパズルを解いているだけなのだが、それを〝おかしい〟と囃し立てていたかもしれない。


「ゆみさん見てコレ! 僕が作ったんだ!」


「かなでさんこれ私の友達! かわいい?」


「ここは楽しいね!」「うん、私も大好き!」

皆笑顔で名前を呼んでは楽しげに話す

まるで本当の家で家族と会話するように。


「あの子たちは...なんで捨てられたのでしょうか..。あんなに、あんなにも可愛くていい子たちばかりなのにっ..!!」

嘆く看護師は皆子どもたちの為に泣いていた。

職員たちもまた、いい人ばかりだった。


「心ない親が多いのよ」


言い放った院長の顔は物凄く冷たく心が凍結していた。たまにこの顔をする、捨てた親に向けてなのか捨てられた子供たちなのだろうか。それとも自分自身を攻めているのか。


「仕事に戻りなさい、アナタはあの子たちの居場所の一つなの。居なくなったらそれこそ寂しがるわよ、直ぐに戻ってあげなさい」


「…はいっ..!」

身寄りの無い子に家と居場所を与えれば普通の子どもに戻るのか、普通とまでは行かなくとも存在を感じてあげられる。


「罪滅ぼしにはならないかもね..」

手首を切って自殺してしまおうか、何度も真剣に考えた。しかしそれは死という場所に逃げ込む事にならないか?

自身が追いやったもう一つの世界に逃げるように訪れたら、それこそ恨みを買うだろう。


「人殺しに居場所はないのよ、あってはならない。例えばそれが子どもだったとしてもね」


ほころびの家は名前こそ質素だが中身は豪勢な仕様となっており、感覚としては広間付きのビジネスホテル。子供達がみんなで遊んだり食事をする広間とは別に廊下を挟んで一人一人に個室が存在する。


「おーい! おーい!

...うーん、ダメだぜんぜん出て来ないや。」


「……どうしたの俊太くん?」

広間で遊ばず一人で個室の扉を叩く男児、叩いているのは自分の部屋ではなく別の個室。


「一緒に遊びたいんだけど全然出てこないんだ。いつもはみんなと遊ぶんだけど、たまには広間に来ない子とも遊びたいなって。だから声を掛けてるんだけど返事してくれなくて、僕嫌われるてるのかな?」

一人で寂しいだろうから遊びに誘っている、

仲間外れを作りたくないのだろう。


「…優しいね、俊太くんは。でもね俊太くん?

みんなと遊びたいっていう子もいるけど、一人が楽しいっていう子もいるんだよね。」


「えーなんでー?

誰かと遊んだ方がたのしーじゃん!」


「そういう子もいるの、わかってあげて?」


「変だよそんなの!

だってみんな一緒に遊んでるよ!?」

このモードに達した子どもはかなり難しい、

大の大人でも手を焼く展開を平気で見せる。


「それはみんなと少し違う部分が..」


『ギィィッ..』

言葉を遮るように執拗に叩いていた扉が開く。

開いた扉の隙間から、冷めた目の男児が覗いて外にいる二人を見つめる。


「ちょっとうるさいんだけど?」


「あ、ごめんね健太くん。迷惑..だったよね。」


「用があるなら入ってきていいよ。

..ここ開けとくから」


「え、いいの?」  「……」

妙に大人じみた子だと改めて思う。施設に来た頃は、まだ生まれたての赤ん坊だったのに


「俊太くん、迷惑かけちゃダメだよ?」


「かけないよ! ただ仲良く遊ぶだけ!」

にかにかと笑いながら、喜んで部屋へ入っていく。何か起きないかと心配だったが、同時に少しも安心もしていた。


「これであの子にも友達ができるわね。」

いつも一人で遊んでいた健太がやっと誰かと遊ぶ、これで自然に皆と打ち解けるだろう。



「その数日後、俊太くんは死んだ」


「……え?」「何故だ」


「わからない、理由なんかないさ。

あの子が死にたくてそうしたんだよ」

言葉の意味がわからない、適当な物言いか?



「健太くんが部屋に人を?」


「自分から入れたんです!」


「へぇ、それは良かった..。」

滅多に心を開かない子がどういった考えをしているのか、そんな事はどうでもいい。そうしたという事実が何より嬉しいことだった。


「なら、今あの子は自分の部屋で?」


「はい! 一緒に遊んでいますよ!」

小さな部屋で、一つの希望が生まれつつある。



「……」


「いつもこんなに暗いの?」


「まぁ、そうだね。」


「それパズル? 面白い?」


「..どうだろ、最近はやり過ぎて飽きてきてるかもしれないな。」


「だったら広間であそぼうよ、みんなと一緒にあそんだほうがぜったいたのしいよ?」

顔は余り見せず、机に座る背中で話す。両腕の指は静かにパズルのピースを組み上げる、俊太にはこの姿の良さが全くわからなかった。


「…ぜったいか」「うん、ぜったい。」


「そんなもの無いよ、残念だけど。」


「え?」 「無い、楽しいんだろうけどね」

冷めた態度が腹立たしい、言葉よりも何よりも誰とも遊びたがらない健太の態度が俊太にはどうしても許せない。


「みんなとあそんでみなよ!

こんなとこに一人でいたらつまらないだろ!」


「逆に何でいつもみんなといるの?

楽しいって理由だけじゃないよね、多分さ」


「それは…好きだからだよ! 皆が大好き!

健太くんはみんなのこと嫌いなのっ!?」


「好きだよ、すごく優しいし。」

さらりと平然と言ってのける、余り遊ばなくてもわかっているようだ。


「じゃあなんで遊ばないの?」


「遊ばなくても触れあえるからだよ。ご飯食べるときとか、充分に楽しいと思うし」


「..みんなと仲良くしないと、院長とか看護師さんに怒られちゃうよ。」


「怒られたらそれをやらなくなるの?」


「やらないよ! 怒られたらこわいもん!」


「恐いとなんでやらないの?」

無限の質問返し、キリがなく物凄く疲れる。


「はぁ..もういいよ。」


「怒られるからやらなかった事、ある?」


「それは…いっぱいあるよ。」


「それやってみた方がいいよ、みんなといるよりもずっと楽しい筈だから。」


「…え?」


「やってみて、今より楽しいよ。」

俊太が部屋を訪ねてきた時点で健太はきづいていた。皆と遊ぶという事に、彼が飽き飽きしていた事に。目新しいものを求めてきたならば、他に楽しい事を教えればいい。その為に執拗な質問攻めを繰り返した。


「ここは僕たちの家だよ?

やりすぎたら誰かが止めてくれる。それは、ここでは一番〝ぜったい〟に近いことだよ。」

好奇心は、最大の引き金となる

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