第28話
ようやく子宝に恵まれた。結婚して随分経つが中々子供が出来ず、何度目かの検査でやっと子種が着床した。妻も随分と喜んだ、経過も順調であとは産まれるのを待つだけだ。
これで役目は終わり、子供が産まれれば親になる。人間としての役割ではなく父親、母親としての人生が始まる。
だがこの時はまだ気付いていなかった。
子供が何故〝泣いて産まれてくる〟のかを....
「健太くんの両親は、健太くんを産んでから直ぐに亡くなった。原因は不明、自殺でもなければ事故に巻き込まれた訳でも無い。実際は、亡くなったかどうかも定かではない」
姿を消して失踪した。形跡も一切なく存在自体が消えたことから当初は〝行方不明〟とされた。だが当時の警察関係者が事実を改変させたかったのだろう、不可解な事態を無理矢理に一般の死亡事故として記述した。
「なんでそんな事を」
「その頃街では未解決の事件が多くてね、これ以上それが増えると信用を失うって事だったらしいよ。勝手なものだ」
未解決ではなく終わった事だと言い聞かせ、起きた出来事を全て封殺した。
「あの人たちを殺したのは警察だ。もし犯人がいて本当に殺されていたとしても、死体を刺したのは当時の警察連中だよ!」
「成程ね..」
写真くらいは見たことがあったが、話は全く聞いた事が無かった。それは単純に口に出来る情報が限りなく少なかったからだ。
「その警察関係者っていうのは、今はどうしてるかわかる? 今も警察署にいる?」
「それは...」
俯いて口を窄めてしまった。そこまで罰が悪いのか、もしくは知らないのか、その答えを示したのはおばちゃんではなくより詳しく知るであろう別の人物だった。
「失踪した」
入り口付近に目をやると強面の男が立っていた。電話を受け只今、到着したようだ。
「‥徳元さん」
健太の過去を知る可能性あるもう一人の人物、刑事である彼ならば記憶だけではなく詳細な資料や緻密なデータを持っている。警察の人間が知り合いだった事は非常に運の良い事だ
「私は当時まだ若手だったがその頃からこの街の管轄だったからな、署員総出で未解決事件の捜査にあたっていた。その事件にも、多少だが触れていた時期がある」
言葉を返せば全員で信用を取り戻そうと未解決を解決に導く事で事なきを得ようとしていた時期だ。彼のみは純粋に真実を追っていたのだと信じたい。
「私は若手ながらに明確な真実追求を求めたが捜査は打ち切られ〝死亡した〟という結論に至った。その後それを取り決めた警察の連中がみな署から姿を消した」
被害者たちの祟りだと、大騒ぎになった。
「しかし上の者はそれすらを隠し、失踪した仲間たちを全員離職として処分した」
度重なる困難な事件の捜査により多くの署員が精神的な限界を訴え、やむを得ずそれを受理したという事らしい。
「この件に関連する事を問いただすと知っている者は口を揃えて皆同じ事を言う。
〝全部終わったことだ、もう関係ない〟と」
正に忘れられた記憶の一片。
誰しもが思い出す事を躊躇い失っていく事。
「だが私は覚えている、決して忘れない。
そしてこれからも忘れる事はない」
実の息子ですら放置した事を、徳元は常に真剣に思っていた。何故そこまで思い入れがあるのかそれは分からないが、やはり過去の記憶を思い出す必要がある。
「徳元さん、協力してくれますか?
オレ一人では思い出せそうにありません。」
「…言わずもがなさせてもらう、私も真相を知りたい。無理にでも協力するつもりだ」
誰よりも過去に会っていた、その頃はこちらが協力者であったが今は逆。頼れる強き味方がいれば一人よりずっと事が上手く運ぶ。
「とは言っても、オレ両親の事は全く覚えていないんだ。産まれてからどうやって育ったのかも、何も頭に残ってない」
「子供の頃からこの街にいたんだろう、住んでる家が無かったのか?」
「今の家にずっといた。」「…なんだと?」
記憶があるのは七歳頃から、小学校に普通に通い普通に成長した。はたからみれば、普通では無かったのかもしれないが。
「面倒はおばちゃん達が見てくれた。ここにくればラーメン食べれるし、店を手伝えばお金をくれた。お陰で学校にも普通に通えたし就職もできたけど、正直これが少し人と違うのかもって気付いたのは最近の事です。」
一人が普通で友達がいないのが当たり前、だが小さい頃から金がとても大事なものだと気付いていたので物事を損得で考えるようになった。青年期に入り金に困る時期になるとそのタイミングで権田に出会った。
「‥お前、本当に大事な事を忘れてたんだな」
「思い出す必要も無かったのかもしれません。
それでも多分満たされてたから、親はいなかったけど親に近い..もしくはそれ以上の人が側にいてくれたし。ずっと一人だったから寂しさとかの感覚は慣れてたし、それで普通だと本気で思ってましたからね。」
偏った常識でも幸せな奴がいる、かえって正しい事を教えれば基準が変わり間違っていた事に気付いてしまう。それを押し付け直してやる事自体が大きな間違いだというのに。
「....ここを尋ねろ」
奥から店主が小さな紙切れを握り現れる。
「おじちゃん、何か知ってるのか?」
「..知らん、だが〝コイツ〟は知っている。
本当は合わせたくは無いし教えたくも無かったが、止めてもお前は行くだろうしな」
紙に書かれていたのは何処かの住所。おじちゃんの言う〝コイツ〟がそこに居るらしい
「刑事さん、健太の事を頼む。
...俺の大事な一人息子だ」
深く頭を下げて、力強く懇願する。
「‥わかっている、心配するな。」
住所の書かれた紙切れを握り、懐に仕舞う。
「外に車が停めてある、直ぐに向かうぞ!」
「はい!
..行ってきます、お父さん。」
店主に深く頭を下げて店を出る
「…〝お父さん〟か。
悲しいな、そう呼ばせてしまうのは..」
「仕方ないじゃない。
あの子にとっての父親は、あなたなんだから」
帰ってきたときに同じように彼を認識出来るだろうか。出来なくとも仕方ない、何かを思い出せば忘れる事もまた増える。
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