第27話

 こんな事は最後にしたい。過去の記憶といえど死者を蘇らせるなど、してはいけない事。

死後への緩衝、生命への冒涜...生涯を終え身体を失っても誰かが余計な手を回す。完璧な安らぎなど何処にいってもありはしないのだ。


 「権田さん、助けてほしい。亜里香さんがそっちの世界へ連れていかれた、どうすれば助けられるか方法を知ってる?」


「亜里香って..あの船にいた子か、誰にどう連れていかれたか。それがわかっていれば..」


「黒い影に喰われた。前の話の通りなら、アレが世界の根幹なのかも..腕みたいな形から牙の生えた口の形にまで変わってた。」

過去の存在にしては幻想的過ぎる、誰かが真似事をしている訳でもなく化けているような雰囲気でもない。異質な圧力のようなものが直接姿を形作り危害を加えているような、実体を持たない抽象的な脅威。


「段階を超えて来ている」


「段階?」


「映像でも話したと思うが過去の連中は気付かれず放置され続けるとやがて未来を奪っていく。だがそれには段階があり、徐々に周囲を巻き込んで拡大していった最終形がそれだ。今までのは前置きに過ぎない、これから本格的にお前の未来を壊していく。」

過去の侵攻が進んでいくと、世界に留まる時間が長くなっていく。内容も鮮明に、深く伝わるようになる。その成れの果てがあの影だ


「いいか、気をつけろ。

これから過去の世界へお前が導かれたすればそれは未来を奪って作られた世界だ、未来を素材に作られた世界では過去を巡る度かえって歳を取る。未来を奪われている訳だからな」

過去に還る度現在は死んでいく、当然未来に進む事は出来なくなる。


「早めに手を打たないと完全に過去に殺される。亜里香を救いたいなら根源にある記憶を思い出せ、何かきっかけがあれば思い出す筈だ。所詮は自分の記憶だからな」

自身といえど忘れたものを捜すなど手間どころではない大労力だ。カエルやトンボのように簡単ではない、ヒントも要素も何も無い。


「思い出せったって..どうやってだよっ!?」


「落ち着け健太、異質でも訳が分からなくてもそれは記憶の中にある。よく考えて探ってみれば頭の奥底には必ず手掛かりが...」

過去は未来に緩衝する、周囲を壊し己まで。


「がっ...あっ....‼︎」

忘れていた、ここは既に過去の世界だ。


「権田、さん..?」

腹から突き出る鋭利な黒い針のようなものも自分の中にある記憶の一片なのだろうか。


「悪い、俺はここまでだ..健闘を祈る...。」

赤黒い景色に溶け込んで世界と馴染んでいく権田は常に過去の人間、世界が未来に緩衝して尚そう判断したのだろう。


「あの色は、ノケモノそのものなのか」

権田の事を忘れない限り、ノケモノにはならないだろうが既に現在には存在しない。忘れる前にこの世界を閉じる。それが過去に成り果てた現在の人々への弔いとなるだろう。


「…戻れ」

己で開いた扉はこちら側から閉じる事も出来た。次に扉を開けるのは、全てを閉めるとき


「人を集めよう、情報もだ。」

過去の事を知っていそうな人に話を聞く、懐疑的だがそれくらいしか方法が無い。


「こういうとき、逆に知り合い少なくて良かったかもな。多過ぎると思い出ありすぎて細かいところまで覚えられてなさそうだし」

連絡先は雀の涙。取り敢えず有力な番号に電話を掛けて、あとは僅かな人海戦術。


「自分の足で向かうしかない、オレの昔を知ってる人たちなんてあの人たちしかいない」

唯一の思い当たる節を訪ねる。小さい頃から世話になっているあの人たちの元へ


「おばちゃん、おじちゃん頼むよ。アナタたちしか昔のオレを知らないんだ」

小さい頃から二人が親代わり、遊び相手でもあり、信用できる唯一の存在。いつもより足取りは重く、腹も全く減っていない。



「いやっしゃ..あら健太くん。」


「…ただいま、おばちゃん。」

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