第26話

 連絡を受けたとき、すすり泣く声から訃報かと思った。駆けつけたときには泣き止んでいたようだが、状況は直ぐに把握できた。


 「…徳元さん。」


「何も言うな、家に帰ろう」

静かに傍に寄り添いながら、帰路を助けてくれた。表情はいつもと何一つ変わらない無愛想な強面だが、しっかりした温もりを感じた


「‥明日、署で待っている。

落ち着いたら話をしに来てくれ、今日は取り敢えず休んでまた日を改めてから..」


「いや、話させてください。」

ガタついているが真のある視線が訴えかける。徳元にはこの懇願を、断る方法がわからない


「‥わかった、今すぐ聞こう」

家の中に入り健太の話をしっかりと聞いた。今までの事や何が見えていたのか、先程あの場で何が起きてしまったのか。精神の疲労など忘れる程に真剣に、饒舌に話してくれた。


「成程な、その影を見えていたのは君だけだという事か。以前も何度かあったのか?」


「..いえ、今日だけです。何度も彼女とあの世界に入った事があるけど、見えているものは常に共有されていました。あれは一体、何を象徴した姿なんでしょうか?」

形を変える黒く大きな影。健太にのみ見えるそれは、見えざる者を捕らえ呑み込んだ。


「私には分からないが、執拗に見えないものが見えたのならば...これも見れるかもな。」

徳元が取り出したのは一枚のMD、何かの証拠品だろうか。再生するようにと手渡された


「何ですかこれ?」


「燃やされた頂上の部屋から見つかったものだ。焦げた雑貨に紛れた不気味な程に綺麗な形で発見された。まるでそこだけ炎を避けていたようにな、パソコンは持っているな?」


「..はい、持ってます...」

八階建てビルの頂上から一枚のMD、残した人物といえば一人しか思い当たらない。


「それにしても、そんな悲惨なモノを見続けていたとはな。赤黒い過去の世界か、宮舘が騒ぎを起こしたときも嫌に冷静だったしな」


「…変だと思わないんですか?」

普通であれば〝おかしな事をいっている〟と思うのが正しく適切だ、ここまで理解が良いのは気を遣っているにしても歯痒過ぎる。


「疑ってほしいか?

..悪いが既に疑っている、君に初めて話し掛けたのも捜査の一環だったしな。今更改めて深く追求する必要はない、私は周囲の大概の連中の事を〝変〟だと見て疑い続けている。」


「徳元さん..」

そう言った瞬間の顔は、口元に薄く笑みを浮かべていた。慣れていないのだろう、一度張り付いた表情は中々剥がれることはない。


「じゃあな」

取り付けた仮面は気付かぬうちにいつの日かその人の顔そのものになる。意識をしなければ忘れていき、人を選ばす誰でもそうなる。


「ふぅ..」

このまま眠ってしまおうかと考えていたが、やる事が一つ増えた。嫌々に仕事でのみしか開く事の無いパソコンを居間で開くのは、それこそ精神に支障をきたすというもの。


「…よくこんな綺麗に残ったもんだよな。」

不自然に形を保つMDをパソコンに読み込ませ画面に表示された再生のアイコンをクリックする。多少のラグが生じ、動画が流れ始める


「普通に見れるな..」

徳元の話では、再生してもノイズが流れるのみで映像は見られないということだった。不具合かと調節をして再度やり直しても無駄だったそうだ、それがこうもすんなりと。やはり何かに導かれているのだろうか?



『よっ! 元気か〜? はっはっはっ!』

画面に現れたのは、やはりあの男の姿だった


「権田さん、久し振り」

変わらない態度と雰囲気、過去の映像といえどやはり心地良さを感じる。


『何度も悪いな、しつこいと感じてるかもしれないが耐えてくれ。とかいっても前と同じ部屋で続けて録ってるから変わり映えしねぇんだけどな! はっはっはっはっ‼︎」


「ヘラッヘラしてんなこのオッさん、こっちがどんだけ気分沈んでると思ってんだ。」

明るい気分に安げると思ったが単純にイライラする、多少は変化もしてもらいたいものだ


『んでまぁ本題に入る訳だが。

最近頻繁に変なもん見ることあるだろ?

急に景色の色が変わって訳わからん事やられてると思うんだが..違うか?』


「…なんで知ってんだよ、権田さん」

最後のメッセージの続きだと思っていた。しかしそれは先へと進む重要なヒント、そして全ての真相の鍵となるものだった。


『実はな、俺にもそれが見えていた。お前が見えるようになる前からだと思う、あのハワイでの船の上、そこで全てを終わらせる予定だった。俺の中で...全てのことを。』


「あの自殺の件か、あれは宮舘さんを止める為じゃ無かったのか?」

暴走する宮舘を止める為、感情を理解できない己の苦悩を解放するべくの最終手段と認識していたがこの時点で既に何かが権田を蝕み支配しようとしていたようだ。


『今更言われても腹が立つだけかもしれないが、あの船には俺が合図をすれば直ぐにでも弾ける爆弾が仕込まれててな、乗客や乗組員の安全を確保したら俺一人でも巻き込んで作動させるつもりだった。』

最初から乗客の安全は保証するつもりだった、だとすれば何故わざわざ船の上で派手な死に様を思い描いたのか。


『俺がこうなるって事は宮舘の奴もどうにかなったと思うんだけど、正直あいつも巻き込んでやろうって気持ちはあった。わからないならせめて一緒に死んでやろうって、だから仮に多くを巻き込んだ想定に途中で切り替わったときに〝一緒に巻き込んてよさそうな奴〟を選んで集めたんだ。お前は例外だけどな』


「…はっ!」

そういえばハワイの船に権田が乗るといったとき、頑なにホテルに残るように言われていた。だが私利私欲を優先し、何がしかの人脈が得られるかもと半ば強引に参加したのだった。今思えば本当に乗らなければ良かった、とも言い難い。乗らなければそのまま権田は結局船の上で死んでいた。


『宮舘は誰かを殺めたか?

..聞くまでもないな、俺は本当に様々な酷い事をした。俺が見ていたものも結局終わらせる事が出来なかった。それどころか、そのまま全部お前に渡しちまった〟..!!』


「……は?」

死ぬ事で世界への門を閉じ、終わらせるつもりだった。しかしそれは再び他へと渡り新たな別の道として展開してしまった。


『俺は日本へ帰国してから改めて死ぬ事を決めた。俺自身がいなくなれば世界への門は閉ざされて全てが終わる。そうすれば何もかも終わり。...だがそうする前に、俺はお前に一つの〝情〟を残してしまった。』


「情…まさか!」

形見ともいえるプレゼント、それを動かす為のトリガー。それは扉を開ける鍵ともなる。


『車の鍵を渡した事で、俺はあの世界に飛ばされる事が無くなった。それでも確証が持てなかったから自ら命を断ったが、それでも尚世界の景色を見てるなら...俺を導くあの場所は、お前に移ってしまっている。』


「なんだよ、それ…?」

世界の破棄を望めば死を求められ、それが嫌ならばトリガーを介して人に繋がる。その後に死を謀っても意味は無い、全ては健太に受け継がれている。


『済まない健太、お前が終わらせてくれ。

俺の事を嫌いになるのはわかる、それでいい。今からその世界の説明をする。いいな?』

話が勝手に進んでいく、無責任にも程があるしかし何故だが腹が立たない。怒りに満ちている筈なのに、心が落ち着いている


『お前も察しているとは思うが、世界で見える景色は自分の過去。全てが過去で起きており全てが失われた事実でもある。そしてそれを再現する〝ノケモノ〟と呼ばれる連中、奴らは様々なものに姿を変えて過去の出来事を投影する役割を持つ。』

カエルやトンボ、場合によって犬そのものになるなど正体は寄せ集めの忘れ去られた記憶の塊、溜まった誰かの削除されたデータのようなもの。ノケモノの棲む世界はゴミ箱に棄てられた事すら忘れられたものが彷徨う出口の無い廃棄所。


『ノケモノは過去の存在だ、自分を思い出させようと人の記憶に寄り添う。形を深く追求できる奴もたまにはいるが、殆どは完全に形成する事が出来ず真似事を繰り返す』


「なるほど、だから人の姿をしてるのか。

...忘れられた記憶か」

思い出すまで付き纏う、しかし記憶には残らないほど薄く欠如した彼らは殆ど生者に触れ合う事はない..あの世界以外では。


『ここからだ本題だ、ノケモノはただ彷徨うだけの存在だが心を持っている。だからこそ執拗な表現で記憶を覚醒させようとしている訳だが、迷い込んだ人間がそれでも思い出すことがなかったらどうなるか。』

権田が伝えた真実はかなり深刻な、そして皮肉にも納得のいく繋がりを持つ事実だった。


『過去に棲む事に飽き足らず、未来を喰らい緩衝する。あの世界にいる間時間は止まり動いていないように感じるだろうがしっかりと動き未来という時間を作っている。奴らは、現在に棲む者を消せば自分たちが気付かれると思ってるらしい。』


「嘘だろ..?」

宮舘も尾野崎も、ノケモノが作用して死んだ。

遺体を見て冷静でいられたのは、慣れでは無く見ていたのが現在では無かったからだ。一度見た景色を何度見ても感動はない


『人ならざる者だ、随分と凄惨な消し方をするだろう。それを止める為にはお前の記憶の覚醒が必要になる。奴らは思い出して貰えるまで周囲の人々を消し続ける』

だからこそ権田は自死を選択した。周囲に影響を及ぼす前に、世界の扉を閉ざそうと。


『俺は記憶を野放しにした。結果お前を巻き込んで、おそらく周囲も破壊した。世界を終わらせる方法はもう一つある、俺が選択した方法以外にな。だがそれはお前にそれ以上のリスクを背負わせる事になる』


「今よりも酷くなる..」

周囲の崩壊をこれ以上見たくは無い、だが正直己の苦痛が増す事の方が、訪れる人の死よりも重く耐え難い。


『俺はお前に死んでほしくはない。

無理難題ではあるが、どうにか記憶を思い出してくれ。そうすれば世界は閉ざされる』


「記憶を思い出す、全部か?」


『思い出すのは記憶の根幹、お前自身だ。

〝大喜寺健太〟という男について』

自分自身の何かを強く世界は主張している。それを思い出すことが出来れば過去は昇華され扉を閉ざす。


『…それともう一つ、我が儘ばかりで本当に悪いがお願いがある。お前の記憶にいる奴ら、まだ覚えてる連中のことを決して忘れないでやってくれ。そいつらは現在の人間だ』

記憶から消えてしまえばおそらく皆ノケモノとなる、そうなればまた誰かに巣喰い未来を奪って喜ぶだけの化け物になってしまう。


『皆の事、頼んだぜ健太..。』

映像はここで途絶え、この後は画面に砂嵐が延々と流れていた。余りにも一方的な、尚且頷き難い現実を突きつけられた内容であった


「‥オレが記憶を思い出せば、亜里香さんは現在へ帰ってこれるのか?」

あの黒く大きな影がおそらく世界の根源、影は過去の世界で亜里香を喰った。だとすればあくまでも緩衝したのは亜里香という存在で現在そのものではない。過去の連中が未来に緩衝し人を殺めることが出来たのならば、その逆もまた然りなのではないか。


「生きててくれよ、絶対に!」

不十分なところが幾つもあり、まだ聞きたい事が山ほどある。健太は記憶の中から一つ、強く頭に思い浮かべて玄関の前の扉に立つ。


「自分か覚えてる記憶なら、頭で強く考えれば蘇ってくれるだろ..?」

玄関の鍵穴に車の鍵を差し込み、回す。


『ガチャッ』「開いた!」

導かれるのではなく、こちらから扉を開いてやった。過去の人物を強く念じ、思い出の場所を思い浮かべた。


高校時代、授業がつまらなく早退してボヤボヤと家までの道なりを進んでいるととき、真っ直ぐに家に着くのが嫌で途中で寄った公園で偶々居合せそこで初めて会話をした。


「元気か?」「……別に。」

こんな質素な挨拶が後に親密な関係を築くきっかけになるとは。未来というものは分からない、想像し得ない事が容易に起こる。


「こんにちは、権田さん。元気そうですね」


「....よぉ健太! 体調良くなったか?」

過去に住まう人間、彼の記憶や思い出を全て〝覚えている〟


「さっきの今で申し訳ないけど、教えてほしい事が他にもある。協力してくれますか?」

補足はやはり本人から直接に限る。



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