第25話

 「…何を見せたいんだよ?」

 人の家の玄関から、思い出の地に繋がった。

孝史と健太の秘密基地。過去の記憶は散々聞いた、これ以上何を伝えたいというのか。


「行きましょう、扉の先へ」


「嫌がっても、それしかないだろうけどさ..」

鍵は常に手元にある。肌身離さず、意識せずとも取り出せる場所に置いてある。


「ふぅ〜..。さっさと開けてここから出よう」

意を決して扉を開ける、錠のひらく音がいつもより大きく響いている気がする。


「‥中身も一緒だ、あの畳の部屋」


「あの廃墟の中ってここだったんですか?」

そういえば亜里香はあの建物の中に入っていなかった、事実を知るのは今が初めてだ。


「でもおかしいな。何も無い、人もいない」

いつもなら入った時点で誰かが中心に座ってこちらを眺めて見ている。しかし今回はただ畳が広がっているだけの殺風景な部屋だ。


「何なんだよ、揶揄ってんのか?」


「…待ちましょう、きっと何かが起きますよ」

 何もないという事は絶対にない。それはわかっているのだが、できれば何も起きずに元の世界へ返してほしい。


『グエッ!』「…来やがったな」

かつて聞いた声がする、どうやら〝変動〟が起き始めたようだ。


「大喜寺さん、あれ!」

亜里香の指差す方向にカエルを真似た老人が、天井に張り付いてこちらを見ている。


「また下に落とされたいか?」

部屋の騒音は更に高鳴る。


『ぶぅぅ〜ん!』

男が腕を広げて宙を舞い、挑発する。


「お前も来たのか、オールスターかよ」

その後も次々と人が増え、訳の分からない事を口走りながら様々な動きを見せてくる。


『カンカンカンッ‼︎』『ボム、ボムボムッ!』


「何なんですか、これ。」


「‥気にしないでくれ。小さい頃のくだらない記憶だよ、マトモに見るべきじゃない。」


言葉として聞けば朗らかで楽しげであったが形にすれば果てしなくつまらない。子供の頃の思い出など大概は忘れても困らないものだ


「にしてもどうすんだコイツら」

部屋に敷き詰められる程窮屈に騒ぎ立てる人々は放っておけばより増えるのだろうか?

場合によっては襲ってくる事もありえる。


「これだけの数、武器でもなけりゃ立ち向かうなんてことも容易には..」

行動を模索していると部屋が黒い影に覆われる。影は徐々に形をなし、大きな手のひらとなって思い切り畳を叩いた。


「うおっ...今度は何だ!?」

手のひらの衝撃によって出現した人々の大半が潰されカエルとトンボだけが生き延びた。


『びよんびよーんっ!!』

『ぶんぶ〜ん!!』

慌てふためき跳び回る二つの変動。手のひらは更に形を変え面積を絞り、細く長い腕になり部屋を揺れ動く。


「なんなんだよ、アレ..?」


「どういうことですか⁉︎

部屋の人たちは何処に消えたの?」

亜里香にはあの黒い影が見えていないらしい、今もなお形を変えて蠢いているのに。


『つーかまえた!』『ゲコッ!』


「アイツ、喋れるのか?」

腕がカエルの脚を捉え、何度も畳に身体を打ちつける。初めはうめき苦しんでいたカエルも徐々に身体を潰されやがて弾けて血溜まりになった。畳に馴染んだ血溜まりは背景と似た赤黒いシミを浮かべ、床の一部と化した。


「…うわっ! なんですかこの血っ⁉︎」

やはり亜里香には見えていない

間髪を容れず腕は続けてトンボを狙う。


『逃げてもムダだって、わかってるでしょ』

舞い飛ぶ男を握り掴み捕らえると、そのまま掌を広げ窓に叩きつける。破裂したトンボの身体は血飛沫を上げ、窓を赤く染め上げる。


「ひっ!」

おぞましい鮮血のみを亜里香へ伝わる。腕の干渉する範囲が定められているのか、全てを見ることが出来るのは健太のみだ。


「なんでオレにだけアレが見える?」


『みんないなくなっちゃったなー。』

遊びに飢えた長い腕がキョロキョロと辺りを見渡す、眼を持たぬのになにを確認するのか。


『……あ、いたー!!』

子供のような甲高い声を上げ、凄まじい速さでこちらへ近付いてくる。


「うおぉっ!」

直ぐに身をかわし避けようとするもどこか動きが変だ。まるでこちらを狙っていないように思える、ただがむしゃらに動くだけなのか


「野郎、どこに消えやがった!?」

姿が見えない。かくれんぼでもしているつもりか、そんな事をしている暇は当然無い。



『みーつけた、一緒にあーそぼ!』


「危ない、離れろっ!!」

姿を現した腕は亜里香の背後で指を伸ばす。


「…なんですかこの声。

どこから聞こえてるんですか?」

亜里香に姿は見えていない、微かに声は聞こえているようだが実体はまるで掴めていない


「逃げろ、亜里香さんっ..!」『もう遅いよ』


「……なんだ、大喜寺さんか。」

 「違う! それはオレの声じゃ..!」

手を伸ばしても届かない

向こうの腕が先に亜里香を掴んでしまう。


(ダメだ。もっと延ばせ、届けオレの腕っ!)


「脅かさないでくださいよ、まったく。」


「頼む、たのむからオレの手を掴んで..」


「…さようなら。」

こっちを見る亜里香は、満面の笑みを浮かべ目元から薄く涙を流していた。


「…亜里香さん?」『いただきまーす!』

指を牙に変えた掌が、大口となり襲い掛かる。

捕らえるように丸呑みにすると部屋から消え去り、いなくなった。


「……」

影が消えると健太は元の世界へ戻されていた。新居の玄関、そばに亜里香の姿は無い


「世界に呑まれた。オレは亜里香さんを、あの場所の一部にしてしまった..。」


ポケットの中の車の鍵は、ヒビが入っていた



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