第24話

 「何か飲みます?」

 おもむろに冷蔵庫を開け適当なペットボトルを手渡された。これも何かの試練だろうか


「お茶しかなくてごめんなさい。

お酒とか、あった方が良かったかな?」


『ゴクゴクゴクゴクッ!!』

〝お茶で充分です〟態度で盛大に示した。

安易に口を塞ぐと会話が途切れ困難になるが平常心でもいられない、何か気を紛らわさねば何をしでかすかもわからなくなる。


「さ、それでは早速聞かせて頂きます。昨日の男性とは、どういったご関係でしょうか?」


「……」


「えーっと..昔の友だちです。」


「……嘘ですよね?」「本当です」

改めて聞かれても答えは同じ、初めから嘘は付いていない。


「小さい頃から友達がいないって私は聞いていますけど、あれは?」


「まぁ〝基本的には〟ね。

ラーメン屋で話したでしょ、たかふみって奴のこと。昨日のアイツがソイツです。


「は…あっ、えぇ!?」「まぁそうなるよね」

疎遠になっていた友人と平然と顔を合わせて会っていた上にその場で紹介しないという思い切った振る舞いに衝撃を受けた。確かに嘘では無かったが、昔の友だちが過ぎる。


「なんで直ぐ言わないんですかっ!」


「..あの時は刑事さんがいたし、なんか久しぶりに会ったから面倒ごとに巻き込みたくなくてさ。なんか誤魔化しちゃった..‼︎」


「……。」「ハハハ..」

照れ臭そうに笑う健太の顔を見て安心した。権田がいなくなった後もまだ身近に人が寄り添ってくれている事。体調も悪くはなさそうで、しっかり休息が取れていることも。


「わかりました、理解しましたよ?

..次は私に対してです。」


「…はい?」

「何か私に言いそびれてる事ありますよね?」

どうやら察しが付いているようだ。

しかし不安なのは、きちんとそれが噛み合っているかどうか。お互いの思っている事柄が正しく交わりを持てているのだろうか?


「わかった、言うよ」「‥どうぞ。」

健太は今まで思っていたが、言わずにいた事を白状するようにさらけ出した。


「..オレっていうのはさ、いつもその...何か得がある方とか利益を生む方に目を向けて貪欲に生きているつもりだった。」


「そうなんですか?」


「うん、だけど最近それが間違いなんじゃないかと思ってきてて」


「間違いです」「違うそういう意味じゃなく」

倫理観の問題ではなく主観の話、会話は続く。


「考えてみればあの船のときもそうだけど、オレ人が沢山集まる派手なところは苦手だし...それに金にもそれほど興味無いっぽい。」


「…わかってますよ、なんとなく。」


「ホントに? 結構頓着なくてさ

金に限らず大概がそうなんだと思うけど、だから小さい頃の記憶を余り覚えてないんだ」

子供の頃に遊んだ記憶は執着を持つほど重要じゃない、公園で誰かと遊んだ事などはっきりと覚えていても意味が無いからだ。


「モノや事柄にこだわらず平気で捨てたり忘れたりする..って事ですか」


「そう、そう言う事!

基本的にそうなんだけど、偶に忘れられなくなるときがあったりするんだよね。」


「どういう事ですか?」


「うん、ここからがずっと思ってて言わなかった事なんだけど..」

満を持しての回答が漸く解き放たれる


「オレたち、過去に何処かで会ってない?」


「……」

相手の顔を見てすぐにわかった。

考えていた想定と確実に噛み合っていない


「初めて見たときからさ、顔は見た事なかったんだけど初対面の感じがしなくてさ」


「…それは、どういう意味で?」


「どういう..そのままの意味だと思うけど。」


「……。」

やはり無理だ

途中まで知らないフリで誤魔化したが、これが世に云う〝気まずい〟という状況だ。


「お、オレ帰るね! 

ありがとう部屋に入れてくれて!」

逃げるように居間から立ち去り、玄関へ向かう。一刻も早くこの場からいなくなりたい。


「待ってください!」「ごめんね。」

靴を急いで履き、入り口扉のノブを回す

すると周囲の雰囲気が一変し、あれが始まる


「嘘だろ、ここでかよ..?」


「場所を選ばないんですね。」

ノブを回した事で発動したという事は、おそらく範囲は室内ではない。一歩外へ出た広い空間に赤黒いネガが蔓延っている訳だ。


「変わったもんだねこの街も」

案の定世界は塗り替えられている。


「…こっちだ」「わかるんですか?」

街並み自体の変化は無いが、何故だか進むべき道がわかる。その道が何処へ通じ、何処を目指す為に歩くかはわからない。だが決められた道が意識に語りかけ、自然と脚がその方向へ歩みだす。最もこわいのは、脚とは裏腹に健太自身には自我が保たれているという事だ。


「どこに行くんですか?」


「わからない、だけど何となく進んだ事のある道な気がする。」

かつて歩いた事のある、何処かは辿り着く為の街並み。またもや記憶に頓着を失っている


「迷ったりしないでくださいよ?」

その後をしっかりついていきながら心配に耽る亜里香、既に居間での出来事を彼は恐らく忘れかけている。彼女の重視した事柄は、欠けた一部の事実として処理される。


「何処に連れていくつもりなんだ?…うっ!」ここで見えている世界とは別に、頭に直接過去の映像がフラッシュバックする。


「何か..流れ込んで来る...‼︎」

頭の中で動くのは幼い2人組の男の子が小さく走る姿。塀を飛び越え階段を登り、何処かの部屋へと入っていく。その映像を頭に流すと同時に脚も休まず動かされる。操り人形もいいところだ、亜里香は真横でそれをおぞましいバケモノをみるかのような顔で少し引き気味に見つめている。


「大喜寺さん、大丈夫ですか?」


「大丈夫、死んではいない。

..けど、まぁまぁ色々やられちゃってるね。人の身体をオモチャみたいに弄りやがって...!」

社風が自由だった為、人にコキを使われ無理矢理動かされるのに慣れていない。確かに課長の雰囲気は嫌な感じだが己の仕事を任せたり、不必要なほど人を利用したりはしない。


「あの課長優しかったんだな..!

帰ったら礼と謝罪を同時にしねぇと。」

余計な事を無駄に考えつつ歩いているとフラッシュバックを兼ねた過去の動作を行なっていることに気が付いた。塀を飛び越え階段を登り、やがて一つの扉の前に辿り着いた。


「‥おい、ここって..。」「……」

そこは奴と来た秘密基地の入り口だった。

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