第23話

 人を信じられなくなる事がよくある。誰だからとかこういう状況だとか現状的な意味合いとは関係なく、事実として概念が捻じ曲がり伝達される。何故そうなるのか、考えると直ぐに答えは弾き出された。


人間というものが最初から、信用できるような高尚な生き物では無いのだ。



 「…なんですかボーッとして。

最近目立ちますよそういうの、朝だからって寝ぼけているとまた怒られますよ?」

初めと比べると随分と言うようになった。扱いに慣れてきたというのもあるだろうが、オフィスの連中と馴染んで来たような気がする。健太ですらも今だに出来ていないのに


「あの人、本当は誰なんですか?」


「え?」「昨日の方です。」


「‥あぁ、昔の友達だよ」

孝史に言われた言葉が、今だに強烈に頭に残っている。何処かで会った事があるのか、怯えているというより彼女を見るあの目は確実に、何かに怒っているようだった。


「嘘です!

友達なんていないじゃないですかっ‼︎」


「余計なお世話だっての!

大体何でそんなに知りたいんだよオレの事!」

遂にかましてきたかと身構える。しかし態度を見ると揶揄いたい訳ではないらしい、健太の強い言葉を聞いて項垂れ始めてしまった。


「…なんだよ、そんな顔するなってば。」


「私、心配してるんですよ?

大喜寺さん、この頃具合悪そうだから。元気に振る舞えば頑張ってくれると思ったのに..」


「……」(なんだよ、無理してたのか?)

おかしな態度が続いていると思ったがまさかエールのつもりだったとは、気付く筈も無い。


「ごめんな、大きな声出して」


「..続き、聞かせてくれますか?」


「え?」


「昨日、やっと片付けが終わったんです。

..家で話の続き、聞かせて下さい。」


「……。」

頭の中が真っ白になった、誘いの種類が分からない。どういう意図なのか、物理的に話が気になるからなのか?

それとも何か、別の〝含み〟があるのか...。


「イヤですか?」


「……いや、別に..いいけど。」「やった!」

どういう意味の〝ヤッター!〟だ?

頭に様々な種類のハテナマークが浮かぶ。


「それでは業務が終わったら行きましょう。

一緒に歩いて私の家まで!」

あからさまな大きな声で、オフィス内に響くように約束を伝えてくれた。これは伝言だろうか、それともマーキングだろうか。


「ふぅ..マジかよ?」


『あの人たち遂にね!』『おっ始まるわよ!』


「うるせぇな! 勝手に騒ぐなテメェらっ‼︎」

ぐっすり眠って調子の上がった日に直ぐこれだ、出来事が頻発に起こり過ぎて感情が忙し過ぎる。身体を休めた次は精神か、また長期の休暇を取るハメになりそうだ。


「仕事に集中するか...」

パソコンの画面を見つめるも気が進まない。


「なんでこういう時に量が少ないんだ..!」

取り組むには楽過ぎる、たまに簡単な業務の日があったりするがよりにもよってそれが今日に当たった。タイミングが悪過ぎる、もしくはタイミングの良い日にトラブルが起こり過ぎている。


「今日も早退しようかな...」

劣等生になってでも逃げ場を見出したい、そんな気苦労を抱えながら手を動かし始める。



〜数時間後〜


「それじゃ、行きましょうか!」


「..うん。」

隣り合わせで歩くのには慣れた、しかしそこまでだから耐えられるのだ。家に上がるとなったなら、それはまた感情の使い方が変わる


「楽しみですか? 結構いい家なんですよ?」


「まぁ、やっと決まった家だしね..。」


「そうなんですよー、凄く気に入ってます。」


「ハハハ、良かったねいい家見つかってー..」

(ヤッベー全然楽しみじゃねぇよ。)

心にも無い事を平然と言ってしまう、それ程に余裕なく焦り倒しているのだ。


(どうにか今すぐ帰れねぇかな?...そうだ)


「そういえば、オレと昨日の人の関係をすごく気にしてたよね?」


「えぇ、気にしてますよ。今もずっと」


「そっか、なら...」

先に気になる事を言ってしまえば、家に寄る理由が無くなる。そうすれば緊張からは解放され、直ぐにでも帰路に着く事が出来る。


「ダメです、わかってますよ?

この場で行ってそのまま帰るつもりなんですよね、そんなことはさせませんからね!」


「…はい。」「ふふふ!」

全てバレている、逃げ場はどこにも無い。逆に脅威を感じないのだろうか、男が一人ズカズカと部屋に入っていくのだ。それとも覚悟が出来ているのか。過ちを犯してもいいと、寛容な態度でいるつもりなのか...?


「さ、着きましたよ!」


「…ここが、城か?」

やがてついた大きな家は、侵入者としての自信を許してくれる寛容を持たない要塞に見えた。しかし主人は歓迎している、やはり罠か?


「入りましょ、ほーら。」「あ…!」

背中を押され中へ誘われた

オレは悪くない、そう言い聞かせ脚の向く方向へとただ歩をすすめていく。


「どうなっても知らんぞ?」

入り口の扉を思い切り開けようとしたが鍵が閉まっていた。油断していた身体はバウンドした反動により入口を守る塀に思い切りぶつかり強めの音を立てて痛みを帯びる。


「慌てないで下さい、今開けますからね?」正直扉の前まで来て漸く主人あるじも鍵を開けていなかった事に気付いた。それを相手が察する前に速やかに開錠し扉を開ける。


「ごゆっくりどうぞ、私の要塞ですよ?」


「……お邪魔、します....。」


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