第22話

 なんとなく、聞き出したいであろう事は始めからわかっていた。だが余り言いたくは無い、あの世界にまで巻き込むと下手をすれば徳元は犠牲者になり得る。


「あの..」 「なんだ?」

オフィスに帰ってくるやいなや罰の悪そうな顔で上司に向かって口を開く。


「そ、早退させて貰ってもいいですか?」


「…好きにしろ、明日は来いよ」


「.....はい、失礼します。」

すんなりと受け入れられた、やはり関心を持たれていないのだろう。今更ショックなど受けないが、上司としていかがものか。そうぼんやりと思いつつも、素直に荷物を持ってオフィスを出た。


「課長..」


「何かいいたげか?

異論は聞かんぞ、判断はこれで正しい。」

課長の表情は動かず無愛想だが、何故だか冷たいとは感じなかった。


「何日もサボった奴を早退させていいのかと言う真面目な意見もよく分かる、だが腐れ縁といえど何年もアイツを見てるんだ。あの刑事と名乗る男にどんな事を言われ何を思ったのか、そのくらいは何となく理解出来る。」


「そうですか..すみません」

邪険に扱っていたつもりが誰よりも身近な理解者になってしまっていた。意図せず感覚というものは人に左右され鈍るものらしい。


「他の二人は?」「外回りだ」

こそこそと噂話が聞こえないと思えば外にまで規模を広げていたようだ、お陰で噂の標的にならずに済んだ。


「..まったく、権田のやつとんでも無く面倒なものを残していきやがって。迷惑な話だ」


「権田さんの事、知ってるんですか?」


「知ってるも何もこの会社は奴の傘下だ、皮肉にも使われている訳だ。今は違うがな」

何から何まで手が回されていた

今の今まで知らずにずっと働いていた。


「昔からの知り合いですか?」


「まぁそうだな、余り得意では無いが。

嫌いになる理由も特にない男だ」


「私も好きですよ、権田さんの事。」


「好きとはいっていない。

..さっさと仕事に戻れ、早退はさせんぞ」

やはり皆から好感を持たれている。

だからこそ生に執着が無かったのだろう、勝手に不幸だと思い込む要素が彼には多過ぎた


「大喜寺さんは大丈夫なのかな?」


ふらふらと街を歩くスーツ姿の男。

まだ昼下がりだというのにくたくたに萎びてくたびれ倒してしまっている。


「これからどうしようかねぇ?

こんな時間に腹は減らないし、ラーメン屋いったらどんな客いるのかなぁ..。」

アクティブに見えて人見知り、だから人脈への道筋は権田に任せていた。二時過ぎの現在では晩飯には早過ぎる、家に帰るには時間を持て余し間が埋まりそうにない。


「…公園行くか。」

軽くブランコを漕いでから落ち着いて考えよう、大人にしては幼稚な発想ではあるがそれ以外に方法が思いつかなかった。


「結局オレ、小さい頃から変わってねぇな」

遊ぶ場所も遊び方も、発想に至るまで今だに半ズボンを履いている。男は大概そうだが。


「ふぇ〜変わってねぇなぁココ!

前来たときと全く一緒だ〜。」


「あれ、誰かいるな。大人が」

昼下がりにスーツ姿の男が公園に二人も揃う事があるのだろうか。偶々社風に恵まれた早退したての大人の男が顔を合わせた瞬間だ。


「…ん?」


「こんにちは、珍しいですね。

こんな時間に大人の人が公園来てるなんて」


「あぁ、偶々近くに寄ったもんで。

昔遊んでた公園に行ってみようかと...あれ?」

男が顔を見ながら目を丸くしている。

苦手な顔なのか、余程見たことの無い形状なのか、どこにでもいる普通の顔面の筈だが。


「お前…もしかして健太かっ!?」


「え? なんでオレの名前を..」


「オレだよオレ! 孝史だよっ!」


「嘘だろ..お前タカフミなのか!?」

無意味なオウム返しを繰り出して突然の再会に衝撃を受ける。正直当時の顔立ちをあまり覚えていなかったので、顔を見ても全くの初対面のスーツを着た男にしか見えなかった。


「久しぶりだなぁ健太! 元気か?

何年ぶりだよ、オレたちが八歳の頃だから..」


「16年前だ。

久し振りにも程があるわ」


「そっか、16年前か。そりゃ懐かしいわな!」

変わらない当時の雰囲気のままだ。

唯一しっかり覚えている友人、思い出としての記憶が強かった為に顔は忘れていたが。


「ここでよく昔は一緒に遊んだよな、お互いよく意地悪な奴にバカにされてよ。まぁオレは今だに名前よく間違えられっけどな!」


「オレも似たようなもんだよ。」


「そうか? お互い変わんねぇなっ!」

当時の一人称は〝ぼく〟であったが、彼の影響により今の〝オレ〟に変化した。それはひとえに孝史の明るく朗らかな人柄に憧れを見出していたからなのかもしれない。


「ていうかどうしたんだよお前こんな時間に。

まさか仕事サボってふらふらしてんのか?」


「‥まぁそんなトコだよ。」「マジかよ!」

ぴったりと御名答といったところだ。

見事にド真ん中でぐうの音も出そうにない


「最近誰かに泣かされたか?

もう泣かされてねぇか、流石にな!」


「..いや、泣かされた。」


「ウソだろ、お前大丈夫かよ?」

冗談が全て的を射る。そんなつもりは無いと言うのに次々と真ん中を突き立てていく。


「元気だよ、オレはな。」


「…そうか? ならいいけどよ」

それから過去の出来事を沢山話した。殆どは孝史主体での一人喋りであったが聞いているだけで頭に絵が思い浮かんだ。それ程に彼との思い出は強く残っていることが多い。


「あ、それとお前覚えてるか?

よく二人で遊びに行った秘密基地だよ」


「秘密基地?」「なんだよ覚えてねぇのか?」

 記憶の中に無い存在、結局のところ完全には覚えていない。何故他の連中は小さい頃の事をここまで鮮明に覚えていられるのか、多分友達が他にいるからだ。引き出しが複数あって欲しいものを漁ったら、余計に色々手の中に収まるのだろう。


「そう考えるとオレ、無さすぎるな。」


「行ってみようぜ、久し振りによ!」

背中を押され連れられた行先は、かつて基地としていた思い出の地らしい。公園の出来事は覚えているのに何故その場所は抜け落ちているのか、自信として有益なものでは無かったからか。最近の感覚だと思っていたが、当時から損得を重視する人間だったのだろうか



「ほら、着いたぜ?」


「……」

古ぼけた建物の前、以前もこんな事があった気がするがあれは綺麗な八階建てだった。


「すげーな、まだ形残ってんだな!

中入ってみようぜ、久々に主の帰還だ。」


「ちょっと待てよ!

勝手に入って大丈夫なのか!?」


「いいって気にすんなよ!

どうせ誰も来ねぇだろうしな!」

言われるがまま中へ入っていく。二階建てくらいのビルと比べると小さな建物だが相当な年季が入っている。階段に足を掛けただけで崩れる不安さが感情を悪い意味で昂らせる。


「ここって元々何なんだ」


「なんだよ、本当に覚えてないのか?

アパートだよ。元から古っぽかったけど今じゃ中身は廃墟だな!」

人様の住処に侵入して遊んでいたとは、子供といえど許しがたいタフな精神だ。何か迷惑を掛けていなければいいが、不安で仕方ない


「前の大家さんによ、ココだけは取り壊す日が来ても残してくれって頼んでおいたんだけど..思ってたより律儀な人だったんだな。」

遺跡のように吹き抜けの穴蔵のようになっているかつて部屋であったろう場所の一角に、しっかりと扉がはめ込まれ原型として残されている部分がある。


「202号室、オレたちの秘密基地だ。」

そうして扉を開けた先は、かつて見た一室の景色と同じ形をしていた。


「ここ...!」


「思い出したか?

よく遊んだよなぁここで二人で笑ってさ!」

四角く畳が敷き詰められた古い部屋。

人が一人住めるような狭い初めてのあの場所


「この記憶は、お前との思い出だったのか」


「‥何言ってんだ、お前?」


「ここでオレは一緒に何をしたんだ!?

お前と一緒に、教えてくれ!」


「どうしたんだよ急に慌てて..まぁでも、確かにここでの話もしたいけどな!」

タカフミが改めて話した部屋での思い出はどれも取りとめのない子供時代の記憶ばかりだった。この場所を秘密基地と見立てて宝島への地図を書いてみたり、街で拾った自分が思う〝珍しいモノ〟を集めて披露しあったりした。正直、聞いているだけで楽しかった。


「オレ、結構遊んでたんだな..」


「当たり前だろ?

少なくともオレは楽しそうなお前の姿しか知らねぇよ。本当に忘れちまったのか」


「何で覚えて無いんだろうな、全部忘れてるんだよ。これでも覚えてる方なんだ」


「ゆっくり思い出せよ、昔の事なら何でも教えてやるからよ」


「有難う..!」

良き理解者がいた事も忘れてしまっていた。

そんな者は、もういないと思っていた。


「この部屋の住人は昼間はいつもいなくてな、窓からいつでも入れたんだよ。..まぁ今考えると人ん家侵入してる訳だけどよ、色んなもの持ち込んで遊んでたなー。」

聞き返してみると余り素行が良いとはいえない。だがそれを楽しいと感じていたのだろう、誰かに...迷惑を掛けていなければいいが..。


「あ! お前アレ覚えてるかー?

一度どっかの田んぼか何かからカエル持ってきた事があったろ! あれびっくりしたな〜」


「え!?」「やっぱ驚くか、だよなー」

鮮明に覚えている、カエルが部屋中を跳び回り不気味な声で泣き吠える。そして最後には天井から床に音を立てて落下した。


「他に、何かあったか!?」


「そんなに食いつくか?

他は...トンボ連れてきた事もあったっけか、でもあれ..トンボは窓から勝手に入ってきただけだったかも知れねぇな」


「あの景色とおんなじだ、過去の記憶がオレに何かを語りかけている。」

随分と前に言われた言葉が再度頭を余儀る


「…〝思い出せ〟!!」


「うおっ、どうしたんだよ⁉︎」

この男なら知っている、重要な手掛かりを。忘れ掛けている事を思い出すことさえ出来れば後の出来事にも対処が可能だ。


「全部教えてくれ、オレの昔の事!」


「教えてくれったってどれをどんな風にだよ?

思い出ならもう結構語ったぞ」

〝どれを知りたい?〟と聞かれたとき、真っ先に頭に浮かぶぼんやりした記憶がある。


「お前の他に、仲良くしていた人がいる筈なんだ。だけどその子の名前を今だに思い出せない、何か知らないか?」


「オレの他、ここじゃなくて公園なら...」


「いつまでそこで話してる?」

言葉を遮る足音と低い声、誰かが階段を登ってこちらへ近付いてくる。


「ここは立ち入り禁止の筈だ」


「…徳元さん。」

「誰だアンタ、そんな事書いてねぇだろ?」


「入り口付近の看板にはっきりと書いてあると思うが、それとは別に注意が必要か?」

眼光に圧倒され声が止まる孝史、やはり彼の視線は強いのか人の性質に劣る事はなく力が発揮される。


「仕方ない、降りるか」

素直に降りる他抗う余地は無いだろう。

やはり子供のときのようにはいかない、スーツなど呪いの装備アイテムに過ぎないのだ。


「あの人、こわいな」「まぁ顔はね。」


「何か言ったか?」『「いえ何も!」』

人数が増えれば階段とその分軋む、次に誰かが階段に踏み込めば二度と上がれなくなるだろう、秘密基地も永久に封印だ。


「..あ、やっぱりいた!」


「ん?」「大喜寺さーん!」

建物の下には亜里香も待機していた。早退した健太の身を案じ公園へ向かうと姿が無かったので探し回っのだそうだ。


「それでなんで徳元さんがいるのさ?」


「偶々だ、道で遭遇した」

合流し捜索していたら立ち入り禁止の廃墟から騒がしい声が聞こえたという訳だ。


「中へはいってみれば案の定だ」


「……」 「そちらの方は?」

やり取りを不思議そうに見ている男。何よりも驚きなのは、強面の刑事と健太が知り合いだった事だ。


「あ、コイツ..!」(待てよ?)

名前を言うのは簡単だが、何となく複雑な事情に変わりそうな事に勘づいた。


「たまたま近くに出張してた人だよ!

世代が似てて意気投合してさ、歩きながら話してたらなんか面白そうなところ見つけたーって悪ノリしちゃって..」


「……」

視線を合わせて納得し合う。


「そ、そうなんスよ〜! 

もういい大人なのにみっともないっスよね、すいません節度が無くて申し訳ねぇっス!」

中々の息の合わせっぷりだ。

長い間友達をやっていただけはある


「…今回だけだ、気を付けろ。私は署へ戻る」


「あ、有難うございました〜..!」

去っていく刑事の背中を確認し、小さく二人でガッツポーズをする。まんまと撃退成功だ


「さて、私も帰りますね。

色々とやる事がありますので、それじゃ!」

軽くお辞儀をし、去っていった。健太が元気そうであることを認識出来ればそれで良かったのだろう。


「良かったなタカフミ、面倒事に巻き込まれてなくて済んでさ〜」


「あの女の人、知り合いか?」


「…え?」「やっぱ知り合いなんだな」

去っていく亜里香を眺め問いかける。この短時間で惚れたのか、確かに亜里香は美人の部類に入るだろうが感情の動きが早過ぎる。


「うん、まぁ会社の後輩だからな。

後で入ったってだけだから振る舞いは殆ど同僚の感じに近いけど、気になるのか?」


「お前は気にならないのか」


「は、え!?

オレは..その、まぁ気にならない訳では無いけど...別に好きってわけじゃ、無いっていうか」


「気を付けろよ」


「……え?」

「アイツには気を付けろ。絶対目を離すなよ」

亜里香の背中が見えなくなるまで真剣な眼差しで睨むように見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る