第21話

 榎ノ本 孝史、名前は覚えていたが苗字は忘れていた。知り合いの少ない健太の殆ど唯一の友達であった人物だ。孝史とは当時八歳の頃、砂場のある例の公園で出会った。


 「えーん、えーん!」

誰とも遊ばず一人で泣いている男児あり、遊具に絡む訳でもなく真ん中でただ泣いている。


「……」

それを見つめる少年、彼も余り友人はいなかったが泣いている子供は初めて見た。余程なにか酷い事をされたのだろう、そう思うと自然と近くに身体が吸い寄せられた。


「泣くな。

どうした、何があった?」


「いや、泣いてないけど。」「え?」

手で覆っていた顔を露わにすると、涙は溢れておらず全く濡れていない。


「どういう事⁉︎」


「泣くフリしとけば誰か寄ってくると思ってさ、やってみたらやっぱり寄ってきてくれた」


「お前なぁ..」

イタズラっぽく笑い返してくれればいいのだが、終始無表情なのが物凄くこわい。可愛らしい冗談ではなく本当に計画性をもった友達作りの行動なのだろう、子供ながらに腰の入った制作戦略には圧倒される。


「前は仮面を付けてベンチにずっと座ってたんだけど、あれは大失敗だったな。大人がびっくりして逃げてたもん」


「そりゃそうなるだろう..!」

不器用だけど工夫してるやつ、それが始めの健太への印象だったようだ。それから頻繁に公園に通い、晴れて二人は友人になった。


「ほら! 仮面も捨てろ、泣きマネもなしだ

これからオレ達は〝友達〟になるんだぞ?」


「友だち?」「そうだ、友達だ」


「友、だち...‼︎」

固い表情が漸く柔らかくなってきた。

初めての感覚だったのだろう、喜びと共に困惑の混じった何ともいえない顔をしていた。


「お前、やっと笑ったな。」「…え?」


「おーいタカシー!」

遠くから揶揄うような声が聞こえる。近所のガキ大将グループの連中だ。


「タカシじゃねぇ〝タカフミ〟だ!

わかってるクセに間違えんじゃねぇよっ!!」

名前を遠くから大声で呼ぶと、近寄って来ずにそのまま向こうへ去っていった。


「行かなくていいの?」


「いいんだよほっとけ、アイツらただ人の事バカにしたいだけなんだよ!」


「..バカにするか、勿体無い事するなぁ。」


「なんだって?」


「だってさ、人間っていくつも思いがあって感じる事があるんだよ。なのにその中の一番面倒な〝怒り〟をたくさん出すのって他の顔にさせるより絶対つまらないじゃん。」


「‥お前、大人だな。」「そうかな?」

この年にしては驚く程客観視が早い。友達がおらず人を俯瞰で見ることが多かったからなのか、まるで誰かの感情を操った事があるような口振りを平然と言ってのける。


「なぁ、いくつか聞いてもいいか」


「うんいいよ、なに?」

孝史は試してみる事にした、この男にはどう世界が見えているのか。質問を介して理解してみようと試みた。


「あそこに鳥が飛んでるだろ?

..ほら、今木に止まった。日向ぼっこ気持ち良さそうだよな、お前はどう思う」


「うーん..どうだろ、気持ち良さそうには見えないかな。だって本当はもっと行きたいところあっただろうから、かわいそうだよね。」


「どういう意味だよ」


「だって空を飛べるんだよ?

日向ぼっこしたいなら気持ちよく太陽を浴びられる一番最高の場所を選んで行ける筈なんだよ、なのにこんなに小さな木に止まってる」


「……うん、確かに。」

変に大人びている、親の教育の賜物か。とも捉えられるが自我の感覚で言っているように聞こえる。だとすればこの自我を生み出した家庭環境とは....。当時八歳の子供には想像することがあまりに難しかった。


「‥あ、そうだ先週家族に凄い面白い舞台見せてもらったんだ! いいだろ〜?」


「舞台?」


「ああ、そうだぜ。歌って踊って、ああいうのミュージカル...っていうの? 面白いぞっ!」

沈んだ己の心持ちと漠然とした雰囲気を軽い話題で持ち返そうとした。しかしここでも奴の冷めた諭しが容赦なく炸裂する。


「あんなのエゴだよ、演じてる人の自己満足。

お客さんはお金を払ってそれを見させられてる、楽しいのはやってる方だけだよ?」


「そんな事ないだろ、見てても楽しいぞ!

お前は見たこと無いからそんな事言えるんだ」


「あるよ、見たこと」「あるの?」「うん」

感覚はリサーチ済み、把握した上で意見をしている。子供の意見はアンチと取られず正当で純粋な〝感じ方〟としての評価となる。


「見た作品の〝共演者〟っていうのかな?

が最近ニュース番組でお付き合いしてるって言ってた。その人はその舞台をやる前物凄く意気込みを語ってたけど結局その人と付き合ってたんだよね。」


「‥それが何だよ? 素敵な良いことだろ?」


「それだけ見たらそう思う?

一度全部を見てみてよ。その舞台は意気込みを語るほど美学をもって取り組んでた筈なんだけど、蓋を開けたら付き合ってたんだ」

不気味なほど口調が大人びてきた。この時点で孝史は肩を振るわせ鳥肌を立てていた。


「どういう事かわかる?

結局偉そうに意気込みを語った役者さんは、作品や演技に関する美学では無く自分の欲望を満たす為にその舞台に望んでいたんだよ」


「…本当に、そう思ってるのか?」

ダメだ。


「思っているというか事実だよ。」

孝史は後悔した


「……そうか。」

気付くのが遅すぎた


「うん! そうだよ!!」

この子を野放しに、一人にさせ過ぎた。



「確かに‥変なことをよく言う奴でしたけど、警察が動く程の違和感でしたか?」


「他は知らないが、私は少しの可能性からも疑問を持っていく。友人自体が関与していなくとも情報自体を何か握っているかもしれない。一見役に立たない1mの要素も手掛かりになり得る、捜査とはそういうものだ」


「ここに来てその話をしたのも捜査の一環、と考えていいんですか?」


「…判断は任せる、だが私用だ。」

本当はもう一つ話があった。疑問に思っている事を、しっかりと問いただそうと思ったのだがまんまとペースを崩された。


「わざわざそれを伝える為に来てくれたんですか、すみません忙しい中。」


「いや、私が勝手に来ただけだ」

このまま立ち去るのは簡単だ、しかしやはり聞いておくべき事がある。


「何か、あるのか」「…へ?」


「上手く言えないが、お前のところに来たのは理由があってな。周囲の連中より多くのものが見えている、そんな気がするんだ」


「多くものが見えてるってのは..」


「過去の事、あるいは未来を予測出来る何か。またはそれに繋がるより詳しい手掛かり、そんなものが重要の奴より..少なからず警察の連中よりも見えているんじゃないのか?」


「……」

刑事の言葉は抽象的、遠回しの表現が多い気がする。それはひとえに口下手、それに加え遠い言葉にする事で一方的に物事を相手に気付かせようとしているのだろう。それが長年で培ったテクニックなのか、昔からの面倒なクセなのかは理解しかねるところだが、何故だか疑いの目でその振る舞いを見たくないという良心が働く。


「見えているのかもしれません。」


「そうか、やはり..」


「ですがそれが本当に過去を指し示すものなのか、未来へ繋がる手掛かりとなるのか。それは未だに自分でもわかっていません」


「……そうか。」


「なのでいつかお話しします。確実にそうだとわかったら、全部しっかりと伝えますよ。」


彼への信頼に足る、だからこその改め。


「‥わかった、待っている」


「はい。

なのでそれまで僕の味方でいてください」


「……また会おう。」

軽く挨拶を交わし、話を終えた。

結局知り合い事は聞く事が出来なかったが、結果的に収穫となる時間を過ごす事が出来た。


(味方でいてください、か..)

八歳の頃の顔立ちと今も目元は同じに見えた。

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