第19話

 「自殺? なんで!?」

 

「さぁ..それはわかりませんが...」

 先程の事が関係していたとすれば、余程気に病んでいたのだろうか。だとしても周囲を巻き込んで自殺など、そんな事を彼がするようにも思えない。己を殺しても、罪も無いであろう他者を殺すとは考えられない。


「誰か巻き込みたい人がいるのかも、誰か一緒に死にたい人...あ! 尾野崎かっ!」

部屋で話していた尾野崎、しかしいい契約を結んだ後にわざわざ殺める意味が無い。


「‥だとしたら、宮舘さんかな?

さっき、トイレにいたんです。」


「え、宮舘さんいたの?」「…はい。」

数分前の会話を思い出す。権田は宮舘の強い感情を理解出来ずにいる事を悔やんでいた。


「宮舘さんがこの船に乗っているのなら、彼女ごと船を吹っ飛ばす気だ!」


「何故ですか? 宮舘さんが一体何を?」


「え?」(そうか、知らないんだったな)

仕事を肩代わりして疲れていたところで教えてはより疲労が増すと、気遣いのつもりで言わなかったがまさかこんな形でいう事になるとは。事前に言っておけばと後悔しても遅い


「尾野崎正哉って知ってる?」


「‥ええ、有名な方ですよね。

テレビのCMでも見た事ある気がします」


「死んだんだ、宮舘さんが殺した。」


「えっ..⁉︎」

トイレでの荒れた態度にも納得がいく、本性というよりは元々があの姿だったのだ。


「宮舘さんを巻き込むために、船を沈めるつもりなのか...これが権田さんのやり方か?」

 人への愛というものが無い苦悩、それは人を愛するという事よりも苦しく重たい事なのかもしれない。それは有無がどうこうという概念では無く、表現の仕方。余りにも理解出来ない物事は形を残さず破壊する。権田にはそんな思想が垣間見える。


「だとしても、おかしいです。

船を沈ませるつもりなら、なぜ私たちはこうして生きているんですか?」


「‥確かに、何かあったんだ。

それを実行出来ないような何かが」

慌てて周囲を見渡した、広く人が集まる甲板で何か手掛かりになる事は起きないかと。


「権田さんは!?」


「探してますけど、わかりません。

人が多すぎて...何処にいるんでしょうか」

パーティ会場でアリを探したところで見つかる訳も無い。だが特別な機械や方法がある訳でもないので隈なく見渡す他にない。


「思い出せ..過去の記憶....。

そういえば、オレたち小さなパーティ開いてたよね隅っこの方で。甲板の端の方!」


「開いてました、確か...あそこです!」

広い会場の隅で長テーブルに椅子を並べ集まっている小さな集団がいた。


「この後二人っきりになって...」

権田を含めた三人が席を外し二人が残る。


「そのあと大喜寺さんが倒れて..」

予言をするようにその出来事が起こる。

当然だ、連中は過去を見ている完全なる未来人なのだから。


「私が権田さんを呼んで」「医務室へ。」

その後はご存知、まぁ時点で存じてはいるのだが振り出しに戻るといった形だ。健太は途中で返され、船はホテルの近くへ戻された。


「待てよ。」

客人は船を降り、乗組員もエンジンを切る。

そして船の中には誰もいなくなった。


「権田さんの死を止めたのは、オレか....?」

気付いたところで元のオフィスへ。

共に疲労がぶり返し足の痛みも蘇える


「帰ろうか。」


「そう、ですね..。」

車は無いので歩いて帰る

異性と二人並んで歩くなど何年振りだろうか。


「宮舘さんの事、結局救えませんでしたね」


「どちらにせよそうなってたよ。

権田さんだって、そのつもりだったんだから」

 過去を遡った事で様々な人物への見方が大きく変化したが、宮舘だけは変わらなかった。

権田は思っていたより、繊細な人だった。


「尾野崎さんには、悪い事したな..」


「今後あの会社は誰の物になるんでしょうか?

嫌な人じゃなければいいけど。」


「きっといい人が引き継いでくれるよ。」


「ですよね、そうに決まってます!」

知り合いはかなり多い筈、その中には確実に良い経営者も存在する。尾野崎も結局その一人だった、彼の人選は間違いではない。


「じゃあね、また会社で」


「有難う御座います。入り口まで送ってくださって、帰ってゆっくり休んで下さい。」


「うん」


「…あ、そうだ。私そろそろ新しいおウチ決まるんです、住み始めたら招待しますね!」


「え? あ、うん! 楽しみにしてる..!」

異性の家など行った事が無い。

ここまでフランクに決めていいことなのかと戸惑いつつ勢いで返事をかえしてしまう。


「それじゃ、また明日です。」

挨拶をして見送った、これから漸く家に帰れる。足の痛みがさっきよりも激しく刺さる。


「徳元さん、ちゃんと寝てるかな?」

精神的に辛いのは刑事の方だ、朝から悲惨な遺体を見せられ処理までやらされる。その後捜査をして原因を探り、犯人を追い詰めるまで止まれない。挙句の果てに犯人は身投げ、望まない形での事件解決を強いられた。


「あの人ともあとで話をしないとな..」

今はそれどころではない。身体をしっかり休めてから改めて、未来で興じようと思う。


「風呂入って寝よう、今日休みの筈だよな?」

掌の中には車の鍵が握られていた。


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