第18話

 一度見たものは意識をしなければいずれ忘れてしまう。そのスピードは人それぞれで、記憶力や認識力によって個体差があるものだが意識をすればそこそこの目星は付くようになり通常よりは効率が増す。


中には把握をしていても下手な人間がいる。


「…っかしいな、ここでもない。

アイツ一体何処にいったんだ?」


「……長い!」

かれこれ30分は客室を行き来している。


(いつまでやってんだよ! もう飽きたわ!)


「これだけ探してもいない...そうか!

最初からいなかったんだ!」


(現実から目を逸らした! 

       そんな訳無いだろ!)

思い切りの良さは昔から凄まじかったが悪く言えば適当で無頓着。探している人物がいなくとも、用事は後回しで構わないのだろう。


「..騒がしいな、いつまでそうしている?」


「あ、なんだよそんなトコいたのか〜!」

声につられて一番手前の扉が開いた、何の為に奥の方を探して回っていたのか。


(…直ぐそこじゃんっ!)


「いいから入れ。」「へへっ、お邪魔します」


「あいつ…。」

一度見た顔だった、二度目の時は見たにはみたが〝原型を留めず〟潰れきっていたので、上手く把握が出来なかった。


(オレも、お邪魔します..っと)

隙間から部屋へ入り、静かに様子を伺う。

小さな丸テーブルに椅子が二つ、両者は椅子に腰掛け目を合わせている。奥にはベッドが置いてある。


「…して、契約の件だが..」


「却下だ」 「ほう?」

金髪の長髪が部屋の蛍光灯に煌めき反射する。


「尾野崎、あいつは勘違いをしているようだがオレはあの会社を手放すんじゃない。お前に託したいんだ、わかってくれないか?」


「それこそ却下だ。

何故僕がお前の尻拭いをする、傘下に加えればいいだろう。そうすれば総ての面倒を見てやる。それで文句はないだろう?」


(会社..あのビルの事か。)

GD2ホールディングスを明け渡すか傘下に加えるかという話し合いらしい、そして勘違いしている〝アイツ〟とは、宮舘の事だろう。


「それでは駄目なんだ..。」


「嫉妬がこわいか?

そんなもの放っておけばいい」


「違う、アイツの感情は俺には向かない。

強い嫉妬心が湧いたなら、必ずその牙は他者に渡る。..意味がわかるか?」


「僕の身が危ういと」「そうだっ..‼︎」

拳を握り、強く葛藤しているのがわかる。

会社を渡す悔しさでは無く、本気で身を守れ無いかもしれないという恐怖。


「俺が正式に、お前に受け継がせたならアイツも納得をする筈だ。アイツは今、お前があの会社を乗っ取るものだと考えている。」


「成程な、そういう事か。

...ならば一つ条件がある、それを飲め」


「条件?」

尾野崎は権田に、銀色に輝く車の鍵を渡す。


「あ、あれ!」


「…お前、これって..」


「お前に貰った車の鍵だ。

これを誰か、信頼出来る知り合いに譲れ。会社をこれから貰うなら、これは頂き過ぎだと言うものだ。異論は認めん、違うか?」

これから企業の新社長となる人間が執拗に欲を張っていては部下など従えてもついてくる者は無し、身なりはスッキリしておきたい。


「契約は、成立か..?」


「‥初めから、断るつもりは無い。

心配するな。お前の会社はしっかり守る」

それだけ言い残し、部屋を出ていった。


「有難う..尾野崎っ...!」


「……」(ここアイツの部屋だよな?)

多少の疑問を残しつつ、話し合いは終結した


「これでいい、こうするべきなんだ。

放っておけばアイツは人を殺めてしまう」

権田自身も彼女の狂気的な側面には気付いていたようだ。物理的な事実を掲げなければ、次々と犠牲者が生まれる。


「済まんな春恵、俺に同じ感情があれば理解してあげられたのだが。」


「……」

性質なりの苦悩か、しかしだとすればおかしい。心からの愛情を受けた人間がここにいる


「そんな事はありませんよ?」「…!?」

思わず声を出してしまった。真に入って伝わったのか、権田も顔を強張らせ動揺している。


「健太、いるのか?」


「……」(いってもわからんわな、そりゃ)


「‥気のせいか、まぁ聞かれててもいいけどな。聞いてたらそのままそこにいてくれ、話の通り俺は人を愛せない。人を好きにもならんし興奮する事も無い、変わってるか?」


(無性愛者ってやつか、知らなかったな。)

人脈や金目にしか興味が無かった為に彼の素性を理解していなかった。確かに人に異性を当てがう事はあっても誰かと一夜を共にしたなどという話を聞いた事が無かった。


「それでもな、工夫はしてんだ。

例えばまぁモノは何かとは言えねぇがよく人にプレゼントをしててな、その色を変えてるんだ。より親密な奴はこの色って具合にな」

宮舘のいっていた車の色だ、あれは理解力を高める為のものだったのか。白色を貰って歓喜していた自分が小さく落ち込んでいる。


「…済まん、健太。

結局お前には大した事をしてやれなかった」


(そんな事は無いっての、感謝してるよ)


「月並みだが、お前はお前だ。他の目立つ連中や派手な奴に気負いをする事は無い。だから……好きなように生きろ。」


「…権田さん..!」

二度目の言葉なのに、涙が溢れる。

それは今後の顛末をしっているからか、はたまた彼の人柄を熟知してしまったからなのか


「‥さて、そろそろ行こうかな!

もうアイツも待ちくたびれてるだろ。」

独り言なら何でも言える、誰もいないという自由な制約が彼の心を開かせた。


「‥オレも行こう」

甲板の方へ戻り、元の世界への帰り道を探す。

権田についていく形で甲板へ再び飛び出すと亜里香が既に戻って来ていた。


「あ、大喜寺さん!」

 「亜里香さん、何かわかった?」


「それが、大変なんですよっ!」 「え?」

亜里香から告げられたのは、衝撃的な事実。


「権田さんが、乗客全員を巻き込んで自殺を図ろうとしているんです!」


「…はぁっ!?」

誰だって思わない事だ、まさか過去に殺害予告をされるなんて。

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