第17話

 「なんか…疲れる..。」

 気質とは異なる場所は俯瞰でも辛くなる、苦くしくも亜里香もどきも同じ顔をしている。


「私もしんどいよね、この二人勝手だもんね」

共に旅行に行った二人・茉莉絵と瑠璃子、権田の財力に釣られて旅行についてきた。元々権田が亜里香に転職先を探すようにと知り合いの多い場所に誘ったのだが、そんな事を二の次に出会いと娯楽を兼ねた私利私欲丸出しの旅行に変えた。


「ちょっとトイレ行ってくるね!」

 「あ、あたしもー。ここでまってて!」

亜里香を置いてトイレの中へ、この船内はよく人を置いていく事が多い。それ程欲渦巻く場所なのだ、改めてよくここにいたものだ。


(トイレなんてあったんだ..)

「ごめんね私、ちょっと一人にするね。」

自分自身がいない間、二人がどんな会話をしているのか。女子特有の俯瞰の使い方ではあるが、とても気になった。


(扉開いててよかった..オバケだと思われちゃ

 う。殆どオバケみたいなものだけどね)

ガサツなのか無頓着なのか、中途半端な開閉をする者も多い。お陰様で難なく行き来する事が出来ているが、これは感謝するべきか?


「どー思う? あのオトコ!」


「男としては無いかな〜?

だけど結構トク出来そうだよね〜!」

鏡を背に手洗いで私欲トークに励む二人。

女子はトイレで本性が出る印象があり、社内でも二人とは共に行くことが無かった。だからこそ見てみたかったのだ、どれだけ愚かか。


「えー結構カッコいいじゃーん。」


「そう?

..ってかそんな事よりさ、亜里香どう思う?」


「またソレ? 何度目よ」

何度も話している、トイレで二人だけのとき何度も会話のネタに上がっている。いないからこそ話せる事など話題として邪に決まっている、特に女子ならそれは顕著だ。


(..やっぱりそっか、私暗かったもんね。)


「ねぇ、どう思う?」


「どう思うって、いつもと同じだよ。

..何かゼッタイ無理してる、ていうかしてた」


「まぁこうなってるしねー、結局何もしてあげられなかったか。情け無いねアタシたち」


(え?)

悪口ではない、寧ろ気遣い。いつも言っていたのは、貶す言葉では無かったのか?


「あのオトコが亜里香に声かけてきたとき、ナンパだと思ったんだよね。それでもあの子の気が晴れるならと思ってたんだけど、普通に良さそうな話だったからさ」


「そうそ。その後あの人の事調べたけど結構名のある会社とか幾つもやってるみたいだし、あの子の未来は取り敢えず安泰かねぇ?」


(茉莉絵..瑠璃子...!!)

自然と涙が溢れていた。余り深い話をして来なかった事もあるが、それよりも恐かったのだ。二人が自分をどう思っているのか、余りにも信頼を置いていなかった。


「まぁ大丈夫っしょ、あの人ならね!」


「‥うん、確かにそうだよね」

瑠璃子の表情が一変し雲行きが怪しくなる。

やはり何か不満を抱えているのか


「どうした?」


「‥いや、亜里香の事は問題無いと思うんだけどね。あの権田って男の人色々調べてみたんだけど、結構大変そうなんだよね。」


(権田さんが、大変..?)


「何? なんかヤバい人なの!?」

知り合いの真意から、意図せず本題に近い話題が噴出した。まさか苦しい過去の船上にしっかりと「棚ぼた」があるとは。


「あの人自体はヤバくなさそうなんだけど、ヤバい人に利益を取られそうになる事がよくあるらしいんだよね、会社を取られたり売上を持っていかれたり。」


「何それ、おっちょこちょい?

そういう危険度みたいな事ってビジネスマンはお手のものなんじゃないの。」

付き合う相手は良く吟味する、とくに交渉相手や取引相手ならば尚の事その傾向が強くなる。権田は人を信用しないタチの筈だが良く騙される。それはひとえに彼の人柄にある。


「人が良すぎるんだってさ!

元々のビジネスのコンセプトが〝幸福〟なの、誰かを幸せに、自分が辛くてもって人らしい」

 だからこそ人を許してしまう。己の警戒心とは別に寛容な感覚が疑心を上回り注意を緩やかにしてしまう。


「それにあの人、無性愛者らしいから人に凄く平等なんだよね。多分偏見とかそういうものが人より薄いんだよ!」


(無性愛者..)


〝アセクシュアル〟

とも呼ばれる性質で、他者に性的魅力や恋愛的魅力を一切感じる事の無い人間の事だ。


「それネット情報でしょ〜?」


「違うわよ、知り合いに聞いたの。

前に彼の営む会社で働いてたらしくて、素性を聞いたらあっけらかんと話してくれたらしいわ。でもやっぱりいい人ではあるらしいよ」


「そっか、なら安心だね亜里香も!

行こっか。外であの子きっと待ってるよ」

化粧を整えトイレを出ていく。亜里香は去っていく二人の背を見つめながら、後を追う事は無かった。これ以上、追う必要はない。


「帰ったら、久々に会ってみようかな。」

連絡先を消すか否か迷っていたが、このまま残すという結論をはっきり見出す事が出来た


「はぁっ! もう、やってらんない!」


(うお、え?)

二人がいなくなった事で閉まった入り口の扉が思い切り開いた。亜里香は咄嗟に個室に隠れ隠密を全うする、律儀なことだ。


「全っ然コッチ向かない!

ていうかずっとドコ行ってるの!?

今帰ってきたと思ったらまたどこか行ったし!」

大きな声で不平不満が響く、恋人と喧嘩でもしたのだろうか? 大胆なものである。


(誰かと喧嘩しちゃったのかな..)

個室の戸を僅かに開き、洗面台が見えるように隙間から覗く。風貌はスッキリしていて細身の印象、見た目からは取り乱すようには見えないが一体何があったというのか。



「なんでコッチ来てくれないのヨシハル〜‼︎」


(…ヨシハル⁉︎ たしか権田さんの下の名前..)

権田に想いを寄せる女、分け隔てない権田の振る舞いに嫉妬を露わとしているようだ。


「だいたい何で私以外の奴と」『ブー..ブー』

言葉の途中で機器が鳴る、音から察するにスマホか何かの着信だろうか?


「‥はい、宮舘です」

(宮舘さん...あの会社の人⁉︎ なんでここに!)

GD2ホールディングスの実質社長がパーティに参加していたとは。当時は本当に己に手一杯だったのだろう、気付かない事が多すぎる。


「はい、はい..わかりました。」

(あ電話切った、もう終わったのかな?)

徐に通話を終えると目の前の鏡に向き直る。


「あーあ、なんでこうなっちゃったんだろ?

あの頃はあんなに私に笑い掛けてくれたのに」


(……)

付き合っていたのか?

とも一瞬思ったが、それは無いと直ぐに確信した。権田の性質も多分にあるが、それ以前に付き合う訳が無いと直感で判断した。


「やっぱり、あのガキ邪魔よねー。殺す?」


(…え?)


「いや、やっぱりまずあのロン毛の方よね。

馬鹿だわあたし、冷静になりなさい?」


(ほっ、良かった。冗談だったのね..)


「ブッ殺すなら両方順序よく、纏めてなんて考えるべきでは無いわ。下品過ぎるもの」


(ひっ..!)『ガタッ』

怯えるあまり扉に強く腕が辺り、物音を立ててしまう。


「…なに..?」

ゆっくりと足音が近付く。ひたひたとこちらへ迫ってくるのが気迫で解る。


「誰かいるの? 話、聞いてた..?」

明確な身の危険を感じている、唯では済まない。自分も〝順序〟の一つに追加されるのか。


「ここかな..?」


(ダメだっ...!!) 『ブー..ブー!』

殺される、そう思ったときに再度スマホのバイブが作動する。誰かは分からないが、急用によって命を救われた。


(今だ、逃げちゃえっ!)

最早物音を立てても問題なし、おそらく姿は見えていない。常に精神性との戦いだった、だが唯それだけで死ぬ寸前だったのだ。


「ふぅ...えっと、ここはどこかな?」

甲板の内側、客室でもないこの場所は船の操縦室や機関室。テクノロジーの詰まったメカニカルなエリアらしい。


「へぇ〜こうなってるんだ。」

普段見る事の出来ない裏側はとても興味深く感心があった。大きなパイプのような管が壁一面を走っており、何かを表すメーターが動いている。


「これなんだろ?」

下手に触れると何が起こるかわからない。

未来を大きく変える事だってあるかもしれない、過去にどれだけ踏み込み事が出来るかはわからないが可能性はある。


「にしてもメチャクチャ言うよなあのオッさん、正気かよ!?」


「正気だからイカレてるんだよ、自分の身だけならまだしも全員巻き込む気なんだとよ」

声を荒げ怒り気味に、男二人が話している。

内容は余り穏やかだとは言えないが、客には見えない。船の乗組員だろうか?


「何の話? 巻き込む?」


「俺たちは隙みて逃げようぜ、だって関係ねぇもん。アイツの思いがどうか知らねぇけど」


「だよなぁ、そうしようぜ。

いくらなんでも〝乗人全員と一緒に死ぬ〟なんざ、自殺にしてもやり過ぎってもんだ」


「…え..?」


「なぁに考えるんだろうな、あの〝権田〟とかいう金持ちのオジサマはよ。」


「権田さんが...私達を巻き込んで、自殺?」


衝撃の計画、しかしそれは誰もが知られざる隠された陰謀であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る