第16話
〝親しき中にも礼儀あり〟
この言葉の本来の意味は、仲良くなり過ぎた者の距離感を適切に保つという意味合いが込められていると思う。しかし多くの信頼の殆どはその逆に位置している。
深い仲だとしながら相手の事を何も知らない。
それはそれで適切な距離だといえるかもしれないが〝親しき仲にも〟と大きく異なるのは
当時者が、己と相手の距離感をはっきりと把握出来ていないという事だ
「人がいっぱいいる..。」
あの日は手一杯で気が付かなかったが、こんなにも人がいたとは。改めてみると想像を絶する。言ってもハワイの海だ、控えめな訳は無いのだが、過去に来ていたところなのかと目を疑う。今ならはっきりとわかる事だが、確実に人の力で来れた場所だ。己の力では到底来れる筈も無く、また来る筈もない。
「さて、見て回るか。」
「…待ってください、この船の上って私たちもいるんですよね。今何処にいるんですか?」
「あ、確かに。どうなってんだろ」
漠然とした疑問を浮かべたとき主役が現れる
「随分集まってくれたなぁ!
ホテルの中にこんだけいたっけか?
まぁいいや、お前も楽しんでけよ。なっ!」
「権田さん...と、誰だアイツ?」
傍に見知らぬ背の低い男が並んでいる。服装と振る舞いを見るにあの位置は確実に健太自身なのだが顔を見ると全くの別人。
「……あっ、そういう事か!」
「ん、何?」
「畳の部屋と同じですよ。
健太さんのポジションを他の人が代役してくれているんです、あの部屋でもカエルやトンボの動きを真似してたでしょ?」
「‥ああ、そういう事か。成程ね..」
ここに来て漸くあの部屋での奇怪な動きの意味が理解できた。世界に現れる見知らぬ連中は何かの代役、それはその場に存在する事が出来ない者たちの代わり。
「という事は、亜里香さんもか」
「‥あ、いました! 私の友達たち!
私も近くに居ると思うのですが..」
派手なおめかしをした騒がしい連中に挟まれ、控えめな振る舞いの巻き髪が歩いて来る。
「あれ私ですかっ!?」
「…みたいだね。」
格好は若く可愛らしいが、顔が完全なる老婆。しわだらけで辛うじての化粧を施している。
「私の顔、ああ見えてるんですか..?」
「きっと代役が見つからなかったんだね...。」
肩を落とす亜里香を宥めながらそれを目で追う、目的は他にある。確かにクオリティの低さは気になる点だがそれは致し方無い。
「それにしても、見失いそうですね..」
余りの人の多さに権田の姿が消えかけている。
二人でいると唯でさえはぐれそうだ、探すのは一人だが注意が複数に分散している。
「二手に別れよう、オレは権田さんを追う。
亜里香さんはそれ以外を見ていてくれ」
「それ以外って何ですか?」「えーっと..」
権田を追いかける事に夢中で適当な事柄を口走ってしまった。取り敢えず何かを決めなければ、本当に見失ってしまう。
「自分..そう、自分の事!
あの頃オレに付きっきりでよく周り見れてなかったろうし、気付いてない事が沢山あるかもしれないから。そっち頼むわ!」
「自分の事、確かに見れてなかったかも..」
「そう、そうでしょ? ねっ!」
(なんか上手くいった〜!)
邪魔な訳では無い、しかし少しでも他の要素を削っておきたい。やはりこの男は己の利益を最優先するタチのようだ
「じゃ、オレ権田さん追うから!
後は頑張ってくれ、何かあったら呼んでね!」
手放すように走り去っていく。
一人残され心細いが、知りたい事は山のようある。嘆いている暇は無い、先ずは自分を追って身近な所から話を聞く。造形など気にしてはいられない、奴は自分だと仮定しながら
「いた、権田さん..と変なオレ。」
辺りをキョロキョロと探っている様は確かに己そっくりだが、どうしても俯瞰で見てしまう。俯瞰で出来た世界であれば見方は正しいが、個人としては違和感が残る。
「よし、これでも飲んでろ! 美味いぞ〜?
俺はちょっと知り合いに会ってくる。」
健太もどきを置いて権田が立ち去る、消えた先は甲板の中、客船のロビー。
「直ぐに追わないと....ん?」
「……」
健太もどきがこっちをじっと見つめている。
後を追わなければならないのに、目の前に視線に強く引きつけられる。
「‥なんだよ?」
「お前はこの先、全てを見る勇気があるか?
..あるなら追いかけろ。」
「…忠告かよ、オレがオレにか?
見るに決まってんだろ!」
半ば言葉を無視する形で権田の後を追う。
幸い扉は閉めきっていない、このまま走ればロビーへとスムーズに入り込める。
『ギィ..バタンッ!』
「…なんだ、風か?」(よし、セーフ!)
無理矢理扉を開けて入れば下手をすれば用事を途中で放棄してしまう。過去といえど少しの機微で変わる可能性がある。
「さっさと済ましちまおう。
ったく、なんでハワイまで来てあんな奴と..」
(あんな奴? 誰の事言ってんだ?)
過去の景色なので、元々こちらの姿は見えないだろうが声を発したら何かが生じてしまいそうで安易に口を開けない。それ程この記憶は大事な記憶でこれから必要になる情報なのだ、決して蔑ろには出来ない。
「さてと、どの部屋だったかな?」
権田の前には、無数の客室が広がっていた。
どの扉を開いたら正解か、いらぬ謎解きが開始する。直ぐに見つかればいいが...。
「しらみ潰しに当たってくか..!」
というより本来は覚えておくべき事である。
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