第15話

 前触れなく唐突に、いつも、それは訪れる

家でも外でもどんなときでも遠慮する事は無い。理由なく、こんな事が本当に起きるか?


「亜里香さん」「..また、ですか。」

二人で飛び込むのもなんだか久し振りだ

現実に振れ幅があり過ぎて感覚として凄く懐かしい気がする。


「今回は、社内だ」

直前でノブを捻ったからか道は開けている。

吹き抜けた入り口から廊下へ出ることは出来そうだ、問題は他の階にいけるか。


「取り敢えず、進むしか無いみたいですね..」

廊下を歩きながらその先を考える。

何処かでまた閉まった扉に差し掛かるだろう、車の鍵は持っている。何故これがトリガーとなるかは今だにわからないが、何かを見る準備は出来ている。


「階段で進んだ方が安全か?

エレベーターだと何かあったときに逃げ場が」

亜里香の方を振り返り言うと静かに首を横に振っていた。そのまま前方を指差す、見ると階段の入り口が壁で塞がれていた。


「選択肢は無いってか..!」「みたいです。」

渋々でもエレベーターに乗るしかない

やむを得ず扉の前に立つがボタンが見当たらない。上に行くか、下へ降りるかという選択すら出来ないようだ。


「どういう事だこれは!」


「…これ、鍵穴ですかね?」

亜里香が目を凝らし発見した、扉の中心に小さな縦長の穴が開いている。


「ここからってことかよ。」


「みたいですね」

ポケットから鍵を取り出し穴に標準を合わせる。準備は出来ていた筈だが、動悸が弾む。


「いくよ?」「……はい。」

根本まで鍵を挿れ、ぐるりと回す。景色が不気味な色はそのままに光に包まれ形を変える。


「…ここは。」「..また、ですか?」

いつか見た畳の部屋。中心には無表情の男性が立っており、じとりとこちらを見ている。


「何で今更この場所だよ?

..またなんか人がいるし、誰だあの人」


「……」「何も、言いませんね。」

最近まで見ていたのは知り合いの姿、だからこそ意味があるように思えた。しかしここに来て知らぬ部屋に知らぬ人、理解が出来ない。この空間の意味合いを掴みかけていたときにまた振り出しに戻される。


「おい、ここは何処だ?」 「……」

返事は無い。意図してして無いのか、単純に話す事が出来ないのか。表情すらも無いのでまるで判断する事ができない。


「何か伝えたい事があるんですかね?」


「..わからないけど、意味が無い事は無いと思う。理解できるかは難しいけど」


「……」

その後も暫く無言の時間が続き、話しかけても反応が無いのでこちらから行動を起こすことも出来ず、ただ無の時間が流れ続けた。もう飽き飽きだと感じ始めたその時、突然男が両腕を横に広げた。


「なんだ?」「手を広げてますね。」


「ブーンブーン!」


「は?」

何かの真似事か、おかしな事を口走りながら腕を広げている。顔は変わらず無表情だ


「ブイィィ〜ン」

男はそのまま部屋中を飛び回り始めた。

鳥というよりは、トンボに近い飛行法だ


「なんだよコレ! 何が起きてる!?」


「男性が、部屋を飛んでますっ!」

何の為にこれを見せているのだろうか、思い出してみれば前回はこの部屋でカエルの真似事をしていた老人がいた。


「…はっ!」

「なんです? 何かわかりました⁉︎」

かつて蛙老人が言っていた言葉を思い出した。水を投げられ消滅する寸前、最後に健太に向かって言っていた言葉は「思い出せ」


「多分だけど、これはオレの過去だと思う。」


「こんな過去あります⁉︎

おじさんが飛ぶ過去! 私絶対ありません!」


「思い出せ...小さい頃だ、思い出せオレ..!」

頭を抱え奥底の記憶を吐き出す。子供の頃よく遊んだ場所、行った場所、そこで起きた出来事...必死にあらい遡った。


「畳の部屋..カエル....タカフミ?」

何故かその名前が浮かんで来た。起きている出来事と過去を照らし合わせたとき、理由は分からないが頭の中でぴったりと合致した。


「……ふっ。」「トンボが笑った?」

男の身体が、指の先から徐々に崩れていく。


「次へ行け..もう用は無い...。」

言葉を最後に部屋ごと消滅し、景色は社内のオフィスへと戻される。しかし元のオフィスでは無い。おそらく別の階、そして色はまだ扉の向こう側であるネガの反射を受けている


「まだ終わらないのか?」


「..ここ、上の階です。

一度用があって来た事があります」

三階は全く面識がない。赤黒にデフォルメされている為に定かとは言い難いがどちらにせよ見覚えが無い。業務が終われば直ぐに帰っていた、それ程通常業務に興味が無いのだ。


「あれで終わりじゃないのかよ」


「..もし本当に、これが大喜寺さんの過去を投影したような世界なのだとしたら...まだ思い出していない記憶があるのかもしれません。」


「さっきの他に、まだ何かあるってのかよ?」

結論はいつも同じ。

一辺倒だが、最も適切でわかりやすい


「取り敢えず進んでみましょうか。」

オフィス入り口扉のノブを回す、普通に開き進んだ先も普通の廊下。新たな入り口はここでは無いようだ、だとすれば目ぼしい扉はあと一つ。先程と同じ入り口ならば分かりやすい


「..やっぱりここか、なんで同じだ」


「分かりやすくして導いているのかも。

こちら側は嫌でも、相手は求めてるんですよ」

ありがた迷惑、というより普通に迷惑だ。

一刻も早く出たいというのに相手は少しでも多く沢山の伝えたい事があるらしい。


「無理矢理にでも思い出さなきゃならんこっちの身にもなれっての、オレはさっきっから頭が擦り切れそうなんだよ!」

怒りを乗せながら穴に鍵を挿れ扉を開ける。

入り口が同じなら仕様も同じ、光に包まれ景色が変わる。次なる部屋は畳では無く公園でも無い、小さなベッドの置いてある狭い部屋


「ここってもしかして..」


「間違いない、船の医務室だ。」

初めてネガを見た場所、そして日常を壊す元凶になったきっかけの場所でもある。


「何で今更..それはさっきもだけど」

ここに戻された意味はやはり分からないが、一つはっきりした事がある。この世界・景色は健太の過去を投影したもの、それは確実なものとなった。


「扉、開きますよ。

見てみましょう、この先を」

亜里香の態度が積極的だ

この記憶の部屋は、彼女にも関係する場所。健太と亜里香に共通する過去の記録、それはたった一つしかない。二人を繋ぎ知り合いにした者、二人に助力し導いた者。


「そうか、オレはまだ知らなかったんだ。」


「私たちは、理解しなければいけません。」


最後まで二人を見守った存在


『「権田善春の事を。」』

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