第14話

 望んでいない結末は、何故ここまで悲しいのだろうか。エゴによる我が儘か、それを理解できない粗雑さか...?


わかっているのは、どんな結末であろうとも争う事が出来ないという事。


 「……あれが棺桶か?」


「……笑えませんよ、冗談にしても。」

赤く燃える最上階を下から見上ながら、慣れないジョークを言ってみたがすぐに後悔した。


「宮舘さんは?」


「生きてる訳がない、運ばれたがな。」

消防隊が懸命に火を消しているが、燃え盛る火は中々消えず悪戦苦闘している。


「それも冗談ですか?」


「..笑えるかそんな冗談」

徳元の顔はどこか疲れていた。

いつもの眉間のしわは緩やかに和らぎ、焦燥した目元が悲しげに悔やんでいるように見えた


「帰ろう、お前も今日休日だろ」


「‥はい、ゆっくり休みます。」

恐ろしかったのは、宮舘が落下し死を確認したときだ。大きく割れた窓から血を流している彼女を見たとき、何も感じなかった。


「慣れちゃったのか? 

オレは、人の死に。命が無くなる瞬間に」

疲れているんだ、そう言い聞かせた。

この状態でゆっくり眠りにつける訳はないだろうが、平気で起きている方がかなり辛い。


「市販で睡眠薬って売ってるかな..。」

無理にでも眠らないと精神が保たない、日はまだ明るいがそんな事は関係ない。


「徳元さんもゆっくり眠れるといいな」

真っ直ぐ家に帰ろうと思ったが、一つ大事な用事を思い出した。


「亜里香さんにお礼言わないと。

..会社行かなきゃな、何か買って行くか」

家の前に行く場所が二つ出来た

コンビニと会社、まるで普段の日だ。


「………あ、そうか」(車無いんだ。)

歩いて行く事を忘れかけていた

それも疲労する理由の一つかもしれない。


「取り敢えずコンビニに行こう」

少し歩き、店内へ入ると、簡単な食事と栄養剤を買って直ぐに出た。店員がレジで言い放った「温めますか?」が、慰めの言葉に聞こえた。そこで己の疲労を再認識し、また歩く


「..ダメだ、涙一つ溢れない」

悲しみを帯びている筈なのに、感覚が無い。

お陰様でか、会社への道が物凄く長く感じる


「足は痛いのに、中身がスカスカだ。」

身体が限界を迎えていれば、自然と眠くはなるだろう。不安の中で安心もしていた。



暫く歩き続けていると、気づけばビルの前に着いていた。今が何時かも、どれだけの時間歩いていたかもわからない。


「..またエレベーター乗るのか」

下から改めて見てみると意外と高い。

四階建もあればそれなりだろうが、普段はそれを余り意識する事は無くなっていた。


「亜里香さん、居ればいいんだけど。

..ていうか今すぐ出てきてくれないかな?」

オフィスがあるのは二階だが、正直そこまで行くのもかなり億劫だ。


「……」

寂しい風が吹く。


「………」

カサカサと近くの枯葉が揺れ動く。


「…………。」

静かに入り口の自動ドアの前に立つ


「いないな、上がろう」

ロビーに入るが影は無く、受付に社員証を見せてエレベーターの中へ。


「二階か、充分高いわ」

一段上に登るだけでもしんどい。

これは身体的疲労か精神的苦痛か、言わずもがな前者に他無い。皮肉なものである。


『ウィィーン..』


「ただいま」

帰宅願望が強く早めに出てしまった。エレベーターのドアが開いた瞬間ふいに靴を脱ごうとしていた。廊下を進み、オフィスへ入ると奥のデスクで一人社員が仕事に励んでいた。


「お疲れ様です、有難う御座いました。

オレの分まで勤めてくださいまして」


「……え? 大喜寺さん!?」

パソコンの画面に夢中で気が付かなかったようで、遅れて見えた健太の顔に驚嘆していた。


「一人で残されたの?」


「そうなんですよ、誰も助けてくれなくて..。

二倍の仕事ってこんなにも大変なんですね」

恐らく二倍では無い。

様々な仕事を「二倍だ」と伝えてやらせているのだろう。明らかに二人分では済まぬ量だ


「オレも手伝おうか?」


「え? い、いえいえっ‼︎

大喜寺さんは今日休みの日です。無理をしてはいけません、私が一人でやりますから!」


「…ふぅ、そう?」 「はいっ!」

真面目一徹は精神を崩す、それは脆く壊れやすい為保守的な行動を取るか嘘を付いて関係を保つための言い訳を考える。


「じゃあこれ、色々買ってきたから。

無理をせずに頑張って下さい!」

レジ袋をデスクの上に置いて帰ろうとする。

背を向けたその瞬間、隠せぬ疲労が露呈する


「…なにか、ありました?」


「……。」

確実に何かはあったが、今話せば業務の手が止まってしまう。そうなれば相手もいつか自分と同じ状態になる。


「また後で話すよ、お疲れ様!」

オフィス入り口の扉を開けた途端、周囲の視界の色が変わる。赤黒く、ネガの反射に。


「嘘だろ...このタイミングで?」

曲がりなりにも言ってしまったのが悪かった


「最後まで見届けてやる」

それは疲労や限界を無視して訪れる。


「大喜寺さん..‼︎」


「……」

他の人間を巻き込みながら。

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