第13話

 病院内を歩く一人の女。帽子を目深に被りマスクを装着しているために一見性別の判断はしにくくなっているだろうが、そんな事はどうだっていい。


 「あの、すいません。

霊安室って何処にあるかわかります?」

廊下を歩く看護師に聞く。


「霊安室、ですか? 何の為に?」


「..お見舞い、ですかね。」


「は?」

看護師の白衣は血で赤く染まり見事なまでの花を背中に咲かせた。


「ウソ..あなた何して...?」


「はぁ〜キレイ〜! 素敵な模様が出来たよ!

....代わりに寝ててくれる?」

もう一度腹部を刺してから看護師を担ぎ霊安室へ向かう。背丈は少し足りないが隙間を埋めるための〝身代わり〟としては充分だろう。


「……やっと会えたね、ヨシハル。」

数ある引き出しの中から一つを引き、望みの品を取り出してから空いたスペースに看護師を詰める。余白は多いが取り敢えず構わない


「..帰ろっか、私たちの家にね。」

冷たい唇に口付けを交わし抱きつきながら涙を流す。後は家に帰ってからだ、ここで行える事は限りなく少ない。


故に帰るまで、誰にも気付かれてはいけない



「ふあぁ〜..。」


「大丈夫ですか?

めちゃめちゃ分かりやすいあくびっスね!」


「ロクに眠っていないからな、今日も早朝に名指して呼び出された」


「マジすか⁉︎ そりゃ災難っスね!」

事件が起きる時間帯、頻度はその日で異なりランダムだ。故に刑事という仕事はマンネリが無く時間潰しに事欠かない。寧ろ暇な時間が欲しいくらいだ、24時間では少な過ぎる。


「今日も一日行使させられそうだがな、まぁお眼鏡が動いてくれた事には感謝するがな」


「確か..霊安室の遺体が盗まれたんですよね」


「ああ、権田善春。

偶然にしてはタイムリー過ぎる人選だ」

誰かが意図して遺体を盗んだ。

そしてそんな事をする人物は、何処を探しても一人しかいない。


「でもなんでそんな事するんですかね?

遺体ですよだって、死んでるんだからさ。」


「だからこそだろ、動かないならいつまでも己のものだ。普通の人間はお前のように、〝人の死体なんかいらない〟と嘆くからな。」

 死して尚繋がっていたい、生死を超えた人間はより強固に深く繋がる事が出来る。

と、一方的に思う事すらもできてしまうのだ


「早く検挙でもせんとエスカレートするぞ」


「もう充分してますよね?

このままテロとか起こされたら大変ですね!」

死体泥棒がエスカレートしてテロリスト、変態のエリート階級が構築されれば受講者も多くいるだろう、試験内容など簡単だ。

常日頃思っている事を唯その場で言えばいい


「おい、お前たち!」


「早速お呼びだ、いくぞ」「はいはいと。」

重たい腰を上げたら暫くは下げられない、しまいには椅子の使い方を忘れてしまそうだ。



GD2ホールディングスビル 8F頂上

 カーテンを締め切った部屋にロウソクが立てられ、中心に男が寝かされている。部屋の入り口から作られたバージンロードを思わせる丁寧な道を、ウェディングドレス姿の女がゆっくり時間を掛けて進む。


「おはよう、ヨシハル?」

最後まで道を進み切ると、目を瞑り眠っている男の口元へキスをしながら挨拶した。


「..さて、始めましょうかね。」

儀式は終えた、後は実行をするのみ


「もう誰にも邪魔されないよ?

二人だけの世界だから、もう平気だからっ‼︎」

赤いポリタンクを持ち上げ蓋を緩める。



「そこまでだ、宮舘さん。」


「……何、どうしたの健太く〜ん?」

蓋を完全に外した丁度その直後、見知った男の声が鼓膜に響いた。


「それ、灯油ですよね?

..そんなもの撒いてどうするつもりですか」


「決まってるでしょ〜わからない〜?」


「はい、わかりません。

何故アナタがオレの大事な人の遺体を弄んで笑っているのか、理由があるならしっかりと教えてほしいと思ってます」

温度は無いが煮えたぎっている眼、怒りを超えた憎しみと恨みの混じった憤怒の向こう側


「..やっぱり君かわいくないね、ぶっ殺したくなるわ。何でこんなガキに車あげたんだろ」

部屋の隅に転がっていたバールを握り掌で弾ませる、まるで輩か殺し屋だ。


「それで権田さんも殺したのか?」


「はぁ? ふざけないでよっ!!

..なんでアタシが、彼を殺すのよっ..‼︎」

棺桶で横たわる権田にもたれ掛かり大粒の涙をこぼして嗚咽する。


「そんな事...する訳ないでしょう?

殺したのは、殺したのは..許さないっ...!!」

バールを床に突き立て穴を開ける。

それ程までに怒りが込み上げてきたのだろう


「あなたの顔も..〝アイツ〟みたいにペチャンコにしてあげる、もうぐしゃぐしゃにねっ..‼︎」


「..やっぱり、尾野崎はアンタが?」

当時を思い返した恍惚の表情に嘘は無い。人は己れの快楽を最大限に引き出すと善悪の区別が無くなり愚者と化す。


「そうか、だったらもうやめようぜ。

...これ以上酷いもの見るの嫌だろ?」


「はぁ? ふざけんなっ!!

アタシは漸くヨシハルがいなくなった後に新たな〝愉しみ〟を見つけたんだよ!

お前なんかに突然取られて溜まるかよっ!!」


「オレだけじゃない、皆んないるよ。

あんたが何かをしでかすとしたら向かう場所は直ぐにわかった。正直権田さんへの感情までは気付かなかったけどね。」

社長として動き回っていた一番知っている、扱いやすく安心を得られる場所。

それは、自宅でもなく実家でもなく己の会社


「みんな?………まさか。」

カーテンを勢いよく全開する、見える広い景色から下に視線を降ろすとサイレンを鳴らしたパトカーと何かを叫び訴える警察の姿が。


「…おぉまぁえぇっ....!!」


「そろそろ上にも警察が来る。

もう逃げ場は無いんだよ、宮舘さん」

怒りが最高潮に達し、高らかに奇声を上げる。


「‥そんなに邪魔したい? あたし嫌い?

あぁ、そうか..! 嫉妬してるんだ!

そうでしょ? あたし達が仲良しだから!

憎くて憎くて..仕方無いんだよねっ!?」


「動くな」

健太の背後から、小さな銃口が宮舘に向けられる。精神を乱せば乱すほど余裕を崩して後手に回る、その度に敵は増えていく。


「お前ぇ..ヨシハルを奪った男っ!!」


「手元にいるだろ、言いがかりはよせ」


「屁理屈を言うなぁっ!!」

ろうそくを床に落とし引火させる。

部屋は流れる灯油によって燃え盛り、やがてそれは中心の棺桶に燃え移る。


「権田さんっ!」「お前、何をやってる!?」


「アハハハハッ!!

あんたに奪われるくらいなら弔った方がマシだってコト、それ以上あたしに近付くなっ!」

炎の壁を利用して距離を作り、バールで大きな窓ガラスにヒビを入れ叩き割る。


「..おい、待て! 何をするつもりだっ!!」


「宮舘さん、ダメだ! それだけは..‼︎」


「さようなら、ヨシハルさん。」

割れた窓ガラスの隙間から、外へ跳び出した。

勢いのく落下した宮舘の身体は数秒後、音を立ててコンクリの床に叩き潰された。今では笑っているのか怒っているのか、泣いているのかすらも分からない。


「くっ……!」


「何でだよ、なんでこうなんだよっ!?」

燃え滾る部屋の中で吠えたところで届かない。

二人の城は、こんなにも無惨に崩れていく



生まれた場所はいつか無くなる場所。

時間も時期も未定だが、それはいつか必ず....


「一人で来たのか。やっぱり気のせいじゃ無かったんだな、随分と久し振りだ」


「‥そうですね、店主はお変わりなく」

出された麺を箸で挟みながら、静かに話す。


「どこがだよ、あの頃と比べると随分と年を取っちまった。味は落として無ぇつもりだが」


「はは。大丈夫、美味しいですよ?

..あの頃といっても本当に随分前ですけどね」

一通り麺を啜り終え、テーブルに金を置くと店を出ていった。


「また来ます、店主。出来ればまた一人でね」

それだけを言い残し、去っていく。


「……元気そうで何よりだ。」

店主は再び厨房へ籠り、作業を始める。

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