第11話
「ウソだろ..?」
取りに帰る筈の形見は、ペシャンコに潰れていた。周囲には警察や他の人々が群がりまるで祭りの神輿を眺めるように騒ぎ立てている。中心にあるのは、無残な姿のプレゼント
「…おや、どうした?」
一人の警察関係者がこちらに気付いた。徳元と一緒にいた部下の刑事、己上だ。
「昨日は気分が優れなくて、車を預かって貰っていたんです。なので今日の朝返してもらおうと会社に向かって歩いてきたんですが..」
「そうか、あれは君が権田さんから貰ったものだったよね。こりゃ災難だね、あれだけ壊れてたらもう元には戻らないと思うよ?」
跡形も無く崩れ倒している。ボンネットに関しては陥没し、まるでゴミ箱のようだ。
「車はもういいです、寂しいですけど..。
せめて、車の鍵だけでも返してくれませんか」
「君は律儀だね、形見なら当然か。
一通り終わったら掛け合ってみるよ、唯の鍵だから直ぐに返せると思うけどね」
「有難う御座います。
捜査、頑張ってください」
「うん、君も頑張ってね。」
「‥はい。」
会社は暫く休みを取らせてもらった
ダメ元で頼んでみれば、すんなりと了承を得る事が出来た。聞けば亜里香が強く口を聞いてくれたようだ、お陰で倍の仕事量をこなす事になったようだが笑顔で許してくれた。
「....あ、徳元刑事。」
指揮を取るように中心で捜査している無愛想な男、己上と組む徳元が真剣な眼差しで捜査に励む。大きな声で話す内容は、遠くに居ても充分な情報源となる。
「被害者の身元は知っている。本来はここにいる大概が存じる奴だ、ここまで弾けてちゃあわかりにくいだろうがな」
「あの人偉いんだなぁ..唯の街を徘徊してる刑事だと思ってたけど、何か威厳がありそうだ」
一見する強面も多分に作用しているとは思うがかなりの貫禄を感じる。街を歩いているだけでは感じることの出来ない凄味だ。
「被害者の名前は〝尾野崎正哉〟
名前を言ったらわかりやすいと思うが..」
「尾野崎?
何処かで聞いた事あるな。」
健太は直ぐにスマホを開き電話帳を確認する
「...あった。嘘、被害者ってこの人かよ?」
殆ど忘れている電話帳の人物の中で、権田以外で唯一うっすらばかり覚えている人物。
「確かに嫌な感じの人だったけど、殺されるほど誰かに嫌われてたのか?」
「おーい!」「ん?」
スマホを見ながら独り言を言っていると、捜査に戻った己上が再び手を振り戻って来た。
「..あれ、さっきの。」
「ごめんね何度も、これ返すよ」
手元で差し出されたのは車の鍵、だが見るからに向こうはまだ忙しそうだ。
「え、もういいんですか?」
「うん。早く渡さないとかえって邪魔だって徳元さんに言われちゃってさ。見たところ関連性も特に無さそうだから、指紋も一切付いてないらしいし。」
車が動いたという事は誰かが鍵を挿したという事だが、指紋が無いという事は拭き取られたか付かない手段を取ったかだ。
「必要無いなら、頂いていきます。
..そうだ、宮舘さんにも話さないといけませんよね。直前まで預かってくれた訳ですし、そもそもとんでもない事態が起きてるし。」
「あー、宮舘さんね。」
名前を出した途端、物凄く罰の悪そうな顔を浮かべ言葉を詰まらせ始めた。
「何か、あったんですか?」
「うん。
..いやそれがね、こういう事が起きたから僕らも真っ先に彼女に連絡を取ろうとしたんだけど上手く繋がらなくてさ。」
健太と連絡を取っていた関係で車の在り処を知っていた徳元が真っ先に連絡を取ったが電話が繋がらず、その後も幾度と掛けたが音沙汰が無い。
「それってまさか..」
「その通り、失踪だね。」
車を置いて一人何処かへ消えた
宮舘が最後に乗り捨て潰したとしたら..。
「ビルの中は調べましたか!?」
「今部下が向かってる。その前に一度だけ社内に問い合わせてみたけど、中にも彼女はいないって言ってたよ。」
「オレ行ってみます!
鍵、有難う御座いましたっ..‼︎」
己上に頭を下げ、ビルへ向かって走りだした。
折角休みを取ったのに、頭を悩ませる事に全力で体力を使ってしまっている。
「くそっ、脚が無いと不便だな..!!」
車に乗る事に慣れてしまっているためか全力で走るのが随分億劫に感じる。距離は然程遠くないだろうが果てしなく遠い道のりを駆けているような錯覚に陥る。これは権田が死んだと告げられ八階に続くエレベーターを乗っていたときと同じ感覚だ。
「何の為に走ってる? 誰もいないんだろ⁉︎」
わかってはいるが脚が止まらない
何かに導かれているのか?
それとも走り終えた先に見えるものがあるか。
「何でもいいから早くいかないとっ!」
急いで進むべきだと身体がシグナルを激しく発している。人間というものは都合よく出来ており、動きを止めさえしなければいつかは望みの場所へと辿り着けるようになっている
「早く中へ、八階へ上がるんだ!」
それはいつしか〝体感〟というかなり面倒な概念も変革し、速さを増して味わわせる。
「誰かいないか..?」
ロビーへ到着すると、受付の前で複数の男が頭を抱えて口論に近い言い合いをしていた。
「だから捜査で頼まれたんだって、さっきから何度も警察署手帳見せたろ!?」
「申し訳ありませんがお通しする事は出来ません。素性が明確では御座いませんし、本物の手帳かどうかも判断しかねます」
大きな声を冷静に堰き止める。どうやら身元を信じて貰えずに手こずっているようだ。
「あの、大丈夫ですか」
「君は誰だ?
今手が離せないんだ、後にしてくれないか!」
冷たくも強い圧で押し返された。
同じ目的でここへ来たというのに、哀れな男だ
「…あなたは、大喜寺健太様ですね
本日はどういったご用件で?」
「八階まで行きたいんだ!
社長に関係がある用事で、急ぎなんだ!」
「かしこまりました。
部屋の鍵を開けておきます」
「ありがとう御座いますっ‼︎」
男たちが健太を唖然として見ている。
突然現れた青年がマウントを取るように自分たちが出来なかったり事を平然とやってのけたのだ。悔しさなどという簡単な感情ではなく、最早嫉妬までする勢いがある。
「皆さんも行きましょう!
捜査に協力して下さい、お願いしますっ‼︎」
『「…おおっ!!」』
多くの負の感情は、一斉に信頼に変わった。
姿無き者は形を見せるまで求められ、姿を失った者は記憶を残し打ち捨てられる。
「……」
(尾野崎と対面したのは昨日の夕方、翌朝には無残な遺体で発見される。だとすれば殺されたのは前の日の夜か? 何の為に?)
明かされないだけで、随分と汚い振る舞いに手を出していた事も知っている。だがそれが気に食わないのであれば、これだけ日を待たずしても直ぐに誰かが殺している筈。
「タイミングの意味が無い。誰かが手を出すにしては余りにも際立ちが薄すぎる」
情報が足りない、しかし当の本人は顔を身体を跡形も無く潰され話せる状況ではない。
「闇の中に手を突っ込むしかないのか..?」
明かされなかった秘密裏の手掛かり、表へ出すよりも使い道としては深みがある。
「‥何も無いな。」
「わかっていたけど本当に物が少ない」
辿り着いたはいいが案の定あるのはテレビだけ、本人もいなければ手掛かりもない。
「少しだけ、散らかっていますね..」
「確かに多少はな。取り敢えずその辺の小さなゴミとか回収しておけ、分析でもすれば何か分かるかもしれないからな」
警官の一人が指示を出し、周囲に見える細やかなゴミを回収させる。それくらいしか調べられる要素が無いのだ、余りにもヒントが少な過ぎる。
「あとは..受付にもう一度話を聞こう。
来賓客のデータが残ってるかもしれない、他の連中は回収したものを送ったり....」
「……」
やはり、気のせいでは無い。
入ってきたときから感じていた違和感、景観は同じだが雰囲気がまるで違う。初めは大勢の警官がいるためかと思っていたがそれも違う、確実にここは以前とは違う部屋だ。
「青年、君はどうする?」
警官の声は耳に入らない、聞いているのは部屋の音。それ以外は雑音に聞こえる。
「……先に行ってるぞ、後からついてこい。」
待つほどの間柄じゃない。
しかしそちらの方が都合がいい
「……」
一人になった部屋で静かに壁や床に触れる。
時折耳を押し当ててみては音を聞く。
「..何処かにある筈だ、入り口が」
権田がよく言っていた。
〝目に見えるものだけが真実だと思うな〟
警戒心の強い彼は常に誰かを疑っては探りを入れていた。例えそれが信用を置いている己の右腕と呼ばれる存在であったとしてもだ。
「……ここ何か変だ。」
壁に耳を押し当てよく澄ますと、僅かだが空調などの音がする。しかし一部の壁からは途端にその音がしなくなる。そもそも空調の音がする理由もよくは分からないが、違和感を感じるとすればそこではない。
「権田さんは逆だ、変な事が常識の人。
変な事の中に更に変な事を見つけたら、それは普通の事より非常識な事」
壁に爪を立てる、何処かに食い込みさえすれば後はこちらの土壌に転がる。
「..ここ、なんか剥がれそうだ」
天井に近い壁との境目、一枚板のように張り付いている壁紙の隅の辺りが少し開いている。そこに無理矢理爪を引っ掛け更に隙間を拡張させると....。
『バリバリッ‼︎』 「開いたっ!」
唯の紙か何かで出来た壁紙だと思いきや壁に張り付いた薄い木の壁、あからさまに壁に直接木の板がくっ付いていたようだ。
「…成程ね、ここから嫌な気が漏れてたのか」
板を剥がすとそこには一つの扉
何処へ繋がっているかは直ぐに分かった。
「車の鍵、早めに返してもらってよかったな」
ノブの上にある鍵穴に鍵を挿れ、回す。
開いた扉の先へ進むと景色の異なる黒い世界
「..またここに来ちゃったか。」
一人で来るのはハワイ以来か、久々であっても消して嬉しくはない。本来無くてもいい場所だ、だが今回は自ら求めて探し辿り着いた
「ここは..この部屋か?」
隠し扉の向こう側には色を赤暗く変えた同じ部屋。色味が異なるだけでここまで印象が変わるとは、さっきまで何も無い殺風景だった部屋が〝早く出たい不快な部屋〟となった。
「…ん、何か見えてきた」
部屋の中央に黒いモヤが掛かり、それは徐々に人型を模した動く風景に変わる。
「あれは、宮舘さんか?」
何度か見た顔の女性が、楽しそうな笑顔を浮かべて笑っている。視線の先には椅子に括り付けられ苦しそうな顔を浮かべている派手な髪の男。長い髪ごとロープで結ばれ、下着一丁のみっともない醜態を晒している。
「尾野崎正哉が縛られている?
それを見て何で宮舘さんが笑っているんだ?」
『アハ、アハハハ、アハハハハハッ!!』
狂気の顔が指差し涙を流しては腹を抱えて笑っている。心から、嘘の無い表情で。
「なんだよ、なんだよこれ..!?」
『キキーッ!』
そこに車が突っ込み、二人を轢き潰した。
盛大に飛び散る血飛沫は、無惨にも車を赤く染め上げる。車に轢かれ潰されても尚宮舘の笑い声は響き続ける。
「何でだよ、どういう事だ..?
どうして宮舘さんまで一緒に惹かれてる...⁉︎
やめろ、笑うな..やめてくれ...」
『アハ、アハハハハ! アハハハハハハ!』
「笑うなぁっ..!!」
景色が元の部屋へと変わる。
剥がされた壁に扉は無く、挿した鍵は健太の手元にゆったりと寝そべっていた。
「……」
『もしもし、なんだ?』
「徳元さん、直ぐに宮舘さんを追って下さい。早く見つけてどうにかしないと、次の被害者になるかもしれません」
『....分かった、力を尽くそう』
「有難う御座います..。」
要件をただ呑み込み、頷いてくれた
それでいい、詳しい事は己でもわからない。
「今度こそ、ゆっくり休もう」
流石に体力が保たない。精神的にも肉体的にも限界が来ている、朝だというのにこれから眠りに入るのだ。あとは警察に任せる。
「権田さん、あんたオレに何を求めてる?」
度重なる数々の凄惨な景色を見せているのが彼なのだとしたから、一体なにを伝えようとしているのか。信頼を置いているからこその注意喚起か、だとすればもっと他に方法を見い出せる筈。少なくともこんな方法を取らなくてもいいに決まっている。
「最後まで付き合ってやるよ、苦しかろうが疲れようが..全部しっかり見届けてやる。」
雨には既に打たれてる
槍はもう突き刺さっている。
それでも祭りを開くというのなら、見せたいものがあるというのなら幾らでも扉を開いて受け入れてやる。たとえそれにより心が身体が原型を歪ませ潰れる事になってもだ。
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