第10話

 「島倉 明未です。」 

 クールな雰囲気でさっぱりとした印象の彼女はまたもや社長で権田の古い知り合いだという。訃報には驚きが隠せなかったようで仕事にも差し支える程だったというが、何せ冷静な態度の為精神の慌てようが察し難い。


「知り合いがお手数を掛けさせているようで申し訳ありません。話せる事は何でも話したいと思っております、奴の事は周囲より知っているという自負がありますので..。」


「御協力、有難う御座います。

刑事の徳元です、こちらこそ部下の己上が世話になりました。ではお聞かせ頂きます」


「……」

〝嫌に丁寧だ〟そう思った。

大概こういったときは直前に何かあった、癇癪を起こす代わりに振る舞いが丁寧になる。いつか一気に弾けるんじゃないかと横で毎回心配をしている、今じゃなければいいが..。


「先程、権田さんの訃報に物凄く驚いたと言っていましたが、何か最近彼についておかしな点などは感じませんでしたか?」


「おかしな点、特には無かったと思います。

..ですが最近余りにも、出掛ける事が多かった気がしますね。元々派手好きで、人とパーティなどを開くのが好きだったと思いますが余りにも数が多い気がしました。」


「パーティの数が多いか..」

 人を信用しない割には集まるのが好きだった、孤独を感じるのが怖かったのだろう。その回数が極端に増えたという事は、何がしかの寂しさを急激に埋める必要があった。もしかすれば迫り来る己の死期をなんとなく察していたのかもしれない。


「そこに参加させたからかな..。」


「何がです?」

俯いて、後悔した様子で何かを思い返している。何か要因となるものか、はたまた単なる憶測の範囲内か。


「..実は、人間関係で悩み転職を考えているという部下を彼のパーティに招いたんです。元々は私が誘われたものだけど、余り得意ではなくて。彼なら良い転職先を知ってるだろうし、知らなかったとしても気分転換になるかもしれないなと思って。」


「その部下の名前、お教え願えますか?」


「まぁ、部下といっても〝元部下〟ですけど。

名前はえっと..薄井亜里香、今は別の会社に勤めていると思います」


「亜里香って..」「あの女の子、ですよね?」

漸く知り合いに辿り着いた。それもかなり近しい人物、しかもそれが権田の知り合いで健太から貰った連絡先に入っていた。


「あら、知り合いなのね。」


「参加させたというのは、あなたが旅行に彼女を誘ったという事ですよね、しかしそれが何故後悔する理由になるのです?」

開けた道を更に走る。

視野は随分と広がった、これから更に拡げる


「それは、少し言い難いのですが..死期を狭める要因になり得ってしまったかもしれないと思うからです。その、直接的ではありませんし

憶測の、範囲内ですが..」

話がグッと確信に近付いた、下手をすればあと一歩で結論に至るかもしれない。


「彼には気に入っている人がいたようなんです。詳しくは教えてくれなかったのでどんな人物かは性別に至るまでわからないのですが。その人に、とあるプレゼントをしようと思うと話してくれました。」


「プレゼントとは..?」


「車です、白い高級車。

海外の物らしいのですがそれをどうしても渡したいと。その為に、協力をしてくれないかと。ですが、私はその旅行を断った」


「だから、亜里香さんがその役を担った」


「……可能性は高いです..。」

結果それが死に繋がっているとしたら、確実に部下を巻き込んだことになる。そうなれば責任というものは何処に行くのだろうか?


「安心してください。あなたは旅行を断っただけ、彼女はそれに参加しただけです」


「……。」

やはり直前に何かあった。しかしその怒りの矛先は、最早どこに向いているのかがわからない。点在する感情が、怒りであるかどうかすらも定かでは無いかもしれない。


「私が知っているのはここまでです。彼の古い話を聞きたいのであれば、もう少しお話しする事が出来ますけれど。」


「..いえ、捜査に関係が無いのであればそれはまた後日お伺いします。行くぞ、己上」


「はい。御協力、有難う御座います!」

軽く頭を下げその場を後にする。

大量に連絡先を渡されたが、初めの幾つかで充分有力な情報を得る事が出来た。


「一旦署に戻るぞ

情報を練り直してからまた出発だ」


「はい!」

捜査はまだまだ終わらない

身体を休めるのはもう少し先になりそうだ。



「ふぅーっ...。」

ベッドに横たわり、天井を見上げる。


「今日は色々な事があり過ぎたな..」

車と鍵は、宮舘に預かってもらった。暫く通勤は不便だか仕方ない。受け入れた方が、気分はずっとラクだ。


「‥かなり疲れた、もうダメだ..。」

意識がうすれうとうとした後、直ぐに眠りについた。ここまで疲労したのはいつ振りだろうか、随分前に忘れた感覚だ。


(鍵がなければ嫌なものも見なくて済む)

幻想的な風景よりも、今は現実が怖い。

人の死など普遍的なもので、いつでも誰にでも平等に簡単に起きてしまうと知ったから。


「おやすみ..」

せめて今は、ゆっくりと眠りたい。しかし静かな安らぎの時間もまた、簡単な要因で崩されてしまう事がある。



(……。)


「よっ! 健太、元気か?」


(権田さん? 何でこんな所に...)

笑顔の権田が朗らかに挨拶をする。いつもと同じ、あの優しい笑顔で。


「権田さん、何でいるんだよ!?」


「はぁ? なんでってそりゃお前、ん..?」


『ププーッ!』「え?」(何の音だ。)

突発的な間抜けな音が鳴り響き、数秒後にそれが車のクラクション音だと気が付いた。


「ハハッ! じゃあな、健太。」 「..え?」


『パパーッ!! グシャリ。』

横から飛び出した車に潰され権田の身体が生々しい音を立てて潰される。衝撃から、健太の癒しは阻害され、トラウマに近い絶望の刺激を受けながら叩き起こされた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ...!!」

冷や汗がおびただしく垂れる。死人に口なしとは言うが、これは流石にやり過ぎだ。死因は撲殺と聞いていた。


「..何でだよ、権田さん...」

夢で権田を潰した車は、健太の白い車だった


「……返して貰わなきゃ、あの鍵..。」

やっと解放されると思っていた

しかし逃れてはいけない、これは運命だ。辛くとも、苦しくとも最後まで見なければならない。権田はその為に、あのとき車の鍵を渡したのかもしれない。


「どうなっても知らないからな、何が起こるかもわからないけど別にいいよな?」

ビルの中で聞いた最後の言葉を思い出す。


「オレは好きなようにやるよ。

文句を言っても聞かないからな、権田さん」

夜が明けたら、預けた鍵を取りに行く。

その後は....また新しく考える。


「おやすみ」



 静寂の闇、黒に染まり再び朝が来る。

朝になれば全てが始まる。夜になれば、全てが終わる。理は覆らない、納得がいかなくともその中で生きている限り足掻くしかない。


「そうでしょ〜う? ヨシハル〜?

嫌なコトがあってもさ? 耐えるしかない?」


「…!……‼︎」

椅子に括り付けられた金髪の男、長髪がロープに絡み全裸の肉体にもきつく跡がついている。悲鳴を上げても声は届かない、テープ一枚で封殺されてしまう脆い音量だ。


「なぁに喋ってんだテメぇコラァっ!!」

酔っているのか上手く呂律が回っていない。

力任せに椅子を蹴飛ばすと縛られた男も衝撃を受け、寝転びながら怯えている。


「..行くぞ、椅子から離してやる。

但しロープは解かないけどな、暴れたら殺す」

八階のビルの屋上から、男を連れてエレベーターに乗り下へ降りる。


「ありがとうヨシハル! 私ガンバルよっ!」


次の日の朝、一人の男が死亡しているのが発見された。ボンネットに括り付けられた男は木っ端微塵に形を残さず見事に潰され、白い車のボディは鮮血で真っ赤に染まっていた。


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