第9話
彼にジャーナリズム精神などない。
真実を追い求め、話を聞くのは単純に事件を解決に導く為。それ以外に理由は無い
「先ず、権田善春との関係を知りたい」
「そんな事でいいのか?
もっと話したい事あるけどなぁ僕は。」
「黙れ、聞かれた事に答えろ」
眼光は人を選ばない。地位や肩書きを区別せず疑念を持った人間を平等に貫く。
「愛想無いなぁ刑事さん、友達少ないでしょ?
人との接し方は考えないとさ」
「……」
人が怒るとき、それは求めている事とは別に相手が余分な要素を勝手に加えた瞬間だ。
「私がお前の事を何も知らないと思うか?
汚い事も随分とやっている筈だ、告発しようとすればいつでも出来る。分かっているな」
「…ほう?」
おちゃらけた様子が一変し、眉間にしわを寄せた険しい表情へ
「出来れば実力行使はしたくない」
「実力じゃなくて権力だろ?
..いいだろう、答えてあげるよ。彼と僕は唯の取り引き関係だ。商品を扱うか提供するか、たまに話し合うくらいの企業間のね。」
「普段の交友関係はなかったのか」
「無いね、彼は元々警戒心が強い方だし。
僕もあまり人とつるむのは好きではなくてね」
態度は軽いが嘘は付いていないだろう。
腹から信用は出来ないが疑う余地は然程ない
「最後に権田と関わったのはいつだ?」
「去年の..6月かな?
ちょっとした打ち合わせで会社にお邪魔した。内容は企業的な事だから言ってもわからないと思いますよ、聞いてもつまらないだろうし」
「そんな事に興味は無い。
他に隠している事は何もないのか?」
最早取調べ室の尋問に近いがお構いは無い。彼にとって疑った人間は全て犯人予備軍、聞き方や振る舞いなどを取り繕うつもりはない
「僕の隠してる事はみんな知ってるでしょ?
それ以外には何もありませんよ。」
「本当に無いのか?
例えば〝何かをプレゼントされた〟とか」
「……ちっ..」
明らかに態度が変わった。罰が悪いといった訳では無く点を突かれ焦る訳でも無い。過去の何かを思い出して、落ち着き無く怒り不機嫌となっているような荒々しく粗暴な振る舞いを見せている。
「知ってるなら初めにそういえよ。..あいつにやられたんだ、僕はまんまと騙されたんだ!」
「..詳しく教えてくれ」
尾野崎はその後軽快に、我が身に起きた事の詳細を丁寧に説明した。
「奴は車の輸入業もやっていてな、海外から輸入した車を取り寄せては販売してたんだ。中々良い車ばかりでね、僕も欲しい車を見つけたから権田に問い合わせたのさ」
高級思考の資産家がこぞって欲しがる外車を売っては利益としていた。アコギな商売では無く単純な事業、車の性能は高いし値段も相応で申し分は無い。だが問題はそこではない
「あいつは僕が400万で購入した車を渡さず、勝手に受取人を変更して他に譲ったのさ」
名義を変えて他への贈り物となった品物はまわりまわってこうして未来での疑念となる、安易に人にモノなど与えたくないものだ。
「つまりそれがあの男に渡ったという訳か」
「男? 違うな、受取人は女の筈だぜ。」
「..なんだと?」
当然の如く覆してくる、明確な確信を持った言葉のようでしっかりとした自信を感じる。
「あいつは受け取りを会社名義にしてあるはすだ、それは本当の持ち主を隠す為の面倒を装った策略だ。本当の受取人は...」
〝宮舘春恵〟
「……あの女か..‼︎」
「何だ、遭った事あるんじゃないか刑事さん。それで関係性に気が付かなかったのか?」
節穴だ、とでも言いたげか。
しかしその通り疑ってすらいなかった、寧ろ身内を失った遺族の一人くらいに何の対象でもない被害者側の存在にまで捉えていた。
「奴らはズブズブの関係よ、なんたって社長とその代理。あの男がそこまでに信頼を置く役割を担わせる女だからな、そうそう右腕なんて作らない警戒心の強い男が会社を任せてるなんて不自然だろう?」
不足した疑念を問い掛けているように見えて足りない視野だと煽っているに過ぎない。
到底理解が出来ないのだろう、分かりやすい違和感を刑事と名乗る人物が把握出来ていないという事が。その無様な失態を、心の底から嘲笑っているのだろう。
「知っていますか、刑事さん?
自分自身の小さな視野の範疇で誰かの事を判断して理解しているつもりでいる人間の事をね、世間では〝馬鹿〟と呼ぶのですよ。」
「..成程、勉強になるな」「アハッ!」
余裕のある行動とはこういった事を指すのだろうか、だとすれば余り印象が良くない。
人の生き方をとやかく言うつもりは毛頭無いが、己の範疇で人を理解したつもりで判断したくはないものだ。
「最後に聞こう」 「なんですか?」
これ以上目新しい情報は無さそうだ。有意義だったとは言えないが、参考にはなった。
「権田善春が亡くなって、どう感じた?」
「どうって、そんなの決まってますよ..。」
「……」
「清々してますよ! いなくなってくれて‼︎」
一息置いて、笑顔で言った。
「そうか、わかった」 「失礼します。」
紅茶を飲み干し、席を立つ。
一仕事終えたと何かを成し遂げたような顔をして何処かへ颯爽と消えていった。
「…ろくでなしめ。」『リリリリ..』
対話が終わって直ぐに携帯が鳴る、受信したのは部下からの電話だった。
「己上か、どうした?」
『先輩、新たな事実がわかりました。』
「..詳しく教えろ」
軽く思考を休める暇も無い、刑事徳元は視野を拡げて更に動き回る。
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