第8話
ビルの最上階に一同が集い、黙祷に近い静寂を広げて消えたテレビ画面を見つめている
「この画面から君たちに最後のメッセージを残した訳か。再度見る事は?」
「出来ません」
スーツを着た細身の女が一言、そう答える。
「あなたは?」
「この会社で、社長代理を務めていた宮舘さん。権田さんがいない間は、彼女が会社を回していたらしいです」
「宮舘 春恵です。」
改めて名を名乗り、頭を下げた
普段は副社長、といっても権田は殆ど顔を見せなかったようで大概は彼女が社長業をこなしていたようだ。
「見る事が出来ないというのは?」
「元々、そういった仕様なんです。
大喜寺様方がいらっしゃった際に一度だけ見せるようにと、それ以降は自動的に削除されるように施してあります。」
「捜査の重要な資料になるかもしれないのにそんな事を馬鹿正直に行ったんですか?」
「社長の意向です、逆らう意味はありません」
証拠隠滅、というよりは遺品整理か。後味悪く何かを残すのが嫌だったのだろう、それが何らかの大きな飛躍要素になったとしても。
「何か、権田さんが残したものはありますか?
大事にしていた物だったり..。」
「ない。病院にもそんな物は一つも無かった」
「……一つあります。」「..何?」
健太の手元に、肩身とも言えるものが一つ。そしてそれは今後の大きなヒントになり得る
「行こう、亜里香さん。
刑事さんは他の情報を探って下さい」
「他の情報?」
「今から全部転送します。」
徳元のスマホに大量の連絡先を送る
それはかつて権田の傍で必死に集めた人脈であり金銭の種。
「……信用していい連中か?」
「はい、みんな権田さんの知り合いです。
中には嫌な奴もいるかもしれないけど、そこは刑事さんにお任せます。」
「..わかった、あたってみよう」
連絡先を確認しその中の一つに電話を掛ける。
「己上か、今連絡先をスマホに送る。
端から順に調べてみてくれ」
『連絡先? 誰の何処の事ですか?』
部下に協力を煽りながらエレベーターに乗り込んで姿を消した。本人の事は彼らに任そう、こちらはこちらでやる事がある。
「宮舘さん、以前権田さんに頂いたもので不可思議なものがあるんですが..」
「不可思議なもの、ですか?」
「これです」
ポケットから取り出し指に絡みつきぶら下がっているのは、小さな金属の棒。
「車の鍵..ですか?」
権田から最後に貰った車の鍵、実質遺品ともいえる大き過ぎるプレゼントだが警察には言わなかった。これだけは、どうしても自分で調べたかったのだ。
「僕が乗っている権田さんか頂いた車の鍵です、見覚えはありますか」
「うーん..鍵だけではどうにも、乗っている車の車種を確認できますでしょうか?」
「行きましょう。
近くの駐車場に停めてあります」
直ぐに車の在り処へ移動する。急いでいるとやはりビルの高さが億劫だが仕方ない、エレベーターがあるだけ良しとしよう。
「……」「どうした、亜里香さん?」
「ん、いや..何でもないです。」「そう?」
切り替えが早過ぎる、仮にも人が死んでいるのだ。もう少し落ち沈む時間があっていい筈なのに既に次の行動を起こしている。その俊敏な変化に着いていけず黙りこくってしまった。エレベーターがさっきより速く感じる
「..落ち込まないで、まだ止まれないから。」
「……はい、わかっています..。」
健太の振る舞いは前向きというより狂気を帯びているように感じる。だからこそ止める事が出来ない。落ち込む暇すら、与えられない
「着きました、参りましょう」
エレベーターが下に着き、ロビーから外へ出る。少し歩いた先の駐車場に、健太の車は停車されている。
「..ありました、これです。」
きっちりと停められた白い車、宮舘がそのまわりをぐるりと回り見渡して最後に距離を取り改めて確認してする。
「うん、これは間違い無い。
権田社長の〝寵愛の証〟ですね」
「寵愛?」
文字通り気に入られているという事だろうがそんな事を一目車を見て判るだろうか。
「社長がよく人に車を差し上げていた事は親しければご存知であったかと思いますが、実は色によって感情のグレードが異なります。」
優劣を付ける訳では無いが、個人的な思い入れの深さを色で区分けしていたようだ。
「通常は緑、その上が青、更にその上が赤。
...そして更にその上、心からの信頼を込めた場合は真っさらな白。」
「ということは、大喜寺さんは権田さんに物凄く信頼されていた..という事ですか。」
人望の多い男ではあったが同時に人を大切にする人間でもあった。そうでなければ、見るからに高級で価値のある車を資産家でも無い若造に仲良しだからといった理由で簡単に唯渡す筈もないだろう。
「..唯、これ少しおかしいですね。」
「何がですか?」
宮舘がフロントの隅を指差して際立たせる。
「ここ、傷のように見えますけどこれは上から塗料を塗った後です。」
「つまり..これは意図的に塗り替えられた?」
初めは異なる色だった、もしくは新たに上から塗り足した。
「それだけならいいのですが、もしかすれば元々他の方へ渡す予定であった車種の可能性があるかもしれません。」
「最初から、オレ宛てにプレゼントしようとしたものでは無かったという事ですか?」
「はい..定かではありませんが、確認します」
プレゼント用の車の代金を支払うのは当然のこと権田本人ではあるのだが手続きや仕様を面倒がり会社の経費として表示算出する事が多くあった。故にデータを確認すれば、購入履歴として粗方は調査出来る。
「……ありました、これですね。」
慣れた手つきでタブレットを滑らせ画面を表示する。映っている車は同じ形、だが色は白ではなく赤色をしている。
「これは完全に塗ってますね..」
「ですが意味合いは同じです。
赤色を白に塗り替えたという事は感情の段階は上がっていますので、ご安心ください。確かに滅法自分勝手な方ではありましたが、他人に嘘を付く事だけはしない筈なので」
やはり周囲の信頼は厚い、それだけ本人が周りを大事にしていたのだろう。
「元々あげる筈だった人がいて、その車を白に塗り替えて大喜寺さんにプレゼントした」
「そういう事になりますかね」
「..だとしたら、わかりませんか?
オレの前にこれを貰う筈だった人の事。」
「少し難しいですが、やってみましょう。
購入履歴の日付と照らし合わせて近くで関わりのあった人を絞り込めば....」
車を購入、納車した日付とその近々で連絡や取引などのやり取りをした関係者、友人を洗う事で何となくの足掛かりを掴めるかもしれないと、宮舘が画面を滑らせ奮闘する。
「わかりますか?」
「権田さんはああ見えて実は人を信頼するのに時間を掛ける人だ。その中でオレが信頼に足る存在になってたのは驚きだけど、モノをあげる人もきちんと選んでるんじゃないかな」
「ありました、あくまで恐らくですが。
履歴と照合し車を渡す可能性のある人物..」
〝尾ノ崎 正哉〟
「権田が死んだか。
それで私のところに来たって事は何かよからぬ疑いでもかけられてるって訳ですよね?」
「……。」
金色に近い派手な長髪を椅子に垂れ掛けカップに注がれた紅茶を優雅に啜る男。
「なんとか言ったらどうです?
僕に用があって来たんでしょ、刑事さん。」
「..あんた、よくテレビ出てる人か?」
「よくって訳では無いけれど、呼ばれればね。
本当は余り得意では無いのですがね」
〝ONO.cp〟
尾ノ崎が代表を務める企業の名であり彼が立ち上げた事業。美容品や整髪料、日用品などを幅広く手掛けるかなりの大手でCMや広告などで目にする事も多い。
「色々、話を聞かせて貰うぞ」
「お好きに根掘り葉掘りとなさって下さい、インタビューには慣れているもので。」
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