第6話
驚く程、普通の公園だ。
滑り台がありブランコがあり、奥には砂場が広がっている。絵に描いたような遊び場だ。
「何かわかりました?」
「……。」
驚く程、公園だ
「何も感じない。」「えー!?」
懐かしさはある、だがそれだけだ。
「あのジャングルジム、憧れだったなぁ..。」
その他にも、名前の分からない遊具が複数ある。誰しもが一度は見た事があるが名称のわからないそれらが土から生えている。
「懐かしいですね、あの丸型のやつ!
ぐるぐる回してる人よく見かけました。」
「あれ一人だとつまんないんだよね。」
ジャングルジムと丸型の奴は徒党を組んだ連中が常に占拠していた為使うことを許されなかった。と、思い出したいのはそんな苦い思い出ではない。
「..取り敢えず、ブランコ乗ろう。」「え?」
亜里香を誘ってブランコに腰を掛ける。
公園の代名詞である彼を漕いでみれば少しは頭が回るのではないかと安易に行動する。
「なんか、恥ずかしいです..。
大人になって、ブランコ乗るの。」
「まぁ、先ず乗らないよね普通」
健太の冷静な顔が何よりもカオスを感じた。
恥じらいを見せる事なく平然とブランコを漕いでいる。これも記憶を呼び覚ます為の第一歩かと、亜里香も真剣な面持ちで漕ぎ始める。
「……」
「……」
久々に漕ぐと中々楽しい。
いや、ブランコは常に楽しいのだ。ただ長らく遊んでいない事で忘れてしまっているだけだ。
「……」
「……」
やはり楽しい。
忘れていた感覚がここまで楽しいものだとは、その感覚すらも忘れていた。しかし苦しくも記憶は思い出せない、楽しいという刺激が先行して発生している為か。その分本意が鈍ってしまっているのだろうか?
「……。」
「………。」
『「ダメだっ...!!」』
二人同時にブランコを止める。靴で作ったブレーキ痕が、砂を抉り地面に減り込む。
「帰ろう。」「そうですね、それがいいです」
ブランコを降り、入り口付近に止めてある白い車の鍵穴に鍵を差し込む。すると辺りの景色が黒く輝き反射して二人を包み込む。
「ここでかよっ!」「タイミング悪い..」
風も草木も静止され音すら響かない。見える景色は変わっておらず、ただいつものネガのような加工が全体に掛けられている。
「今度は部屋じゃない。」
「人もいないですね、私たち以外には...」
亜里香が辺りを見渡してみると、やはり人は一人も歩いておらず街には何も無いように見えた。ならばと少し視点を変えて公園の方へ目をやると、色彩の変化ではっきりとは見えなかったが砂場の中で、何かが小刻みに蠢いているように見えた気がした。
「‥あれ、何ですかね?」 「え?」
指を指す方を見ると確かに何かが揺れている。直ぐに駆け寄り確認すると、それは小さな茶色の獣。ネガで反射していても、はっきりとわかる茶色をした犬だった。
「砂とじゃれてる。」
「..いや、これは砂と戯れているというよりはなんというか...砂に、溺れていますね。」
「…そう?」「はい、溺れてます。」
見る人間によって見解が変化するようだ、健太の目にはどう見ても遊んでいるようにしか見えない。砂を玩具にしてはしゃいでいる犬が楽しそうに吠えている、そう見える。
『ハフハフハフ..クウゥ〜ンッ..』
ほら、やっぱり遊んでるんだよ。」
「..そう、ですかね?」
「多分そうだよ、だってほら..!」
『ギャフンッ..‼︎』 「……え?」
犬が触れていた周囲の砂が捻れ鋭く尖り、針のようになったさなの塊が一斉に犬の腹を貫いていく。
「きゃっ..‼︎」
舌を出しだらりと項垂れた子犬の姿を見て思わず顔を覆って声を上げる亜里香。そんな余裕を持ち合わせる事も出来ずにただ呆然と見下ろす健太。
『……ヴェ..。』
辛うじて微かな声を上げる程に衰弱した子犬の身体は、酷く傷付き大量の血を流して瀕死を体現していた。穴だらけに出血する痛々しい身体が、何とも事の凄惨味を物語る。
「…あっ!」
悲惨な身体の犬は逆立つ砂に包み覆われ砂場の中へ引きずり込まれていった。
「砂に、食べられちゃいました。」
「埋められたのか。
..あの犬は、〝埋葬〟されたのか?」
犬を呑み込んだ砂場は平地を保ちつつ、体積を表す事もなく存在自体を消してしまう。
「中にはもういないのか?」
「砂は盛り上がっていません。
..中に生きていれば、膨らんだ砂の中で動いたりしますよね?」
「..何なんだよ一体、何が伝えたいんだよ⁉︎」
誰かのイタズラであれば手が混みすぎる。
それ以前に、悪意が余りにも強い。
「…私たちも消しちゃいましょう。」
「え?」
砂場に向かって、ポケットから取り出したペットボトルをキャップを外して逆さまに振る。
大量に溢れる水が、砂場の砂を次々と溶かしては消滅させていく。
「砂が、消えてく..」
「やっぱり犬はいないみたいですね。」
「何がいないみたいだって?」
『「えっ?」』
振り返ると傍には見知らぬ二人組の男が立っていた。タイミングは分からないが、元の景色に戻されていたようだ。
「仕事帰りにお砂遊びか、余程溜まってんな。
..まぁ人の趣味に口出しするつもりは無いが」
長いコートを着た二人。
一人は表情の薄い細く暗めの男、もう一人は眼鏡を掛けた身体の大きな丸みを帯びた男。
「少し、話を聞かせて貰ってもいいか?」
「話?」「私たちに..ですか。」
「他に誰がいるんだよ、いないだろ?」
不思議と並べて見ると怖いのは丸い方だ。厳格そうな方は良くも悪くもイメージ通りだが、大きな方は得体が知れない。
「あんたら何者だよ?」
「失敬、名乗り忘れていた。
私たちの素性はこれでわかる筈だ」
胸のポケットから取り出した証明書は、直ぐに彼らの存在を二人に知らしめた。
「警察..⁉︎」 「何で警察の方が私達を。」
「それを言う義理は無い、たが答えてくれ。君たちには情報提供の義務がある」
「その前に聞いておきたい事がある。
あなた方は過去に、僕と関係した事が一度でもありますか?」
「…何故そんな事を聞く。
あろうとなかろうと関係は無い、あったところで一々覚えてもいない」
「そうですか...」
さっきまでの景色で見た出来事は、この状況を暗示していたのか?
だとすればもっと明確な筈、あくまでも過去の暗示だと言うならばそれはそれで心当たりが無い。前に進んでも、後ろに遡っても、頭を休める暇がない。むしろよりグルグルと思考を回さなければ身体が焼き切れてしまう。
「刑事の徳元だ」「己上です」
「..で、私たちに聞きたい事というのは?」
亜里香が再度聞き直すと、徳元と名乗る細身の刑事が呼吸を整え真剣な眼差しで口を開く。
「単刀直入に言う。
最近、何かおかしな事が起きなかったか?」
『「え?」』
二人は顔を見合わせて疑念を浮かべた。
思わず健太が口を開きそうになったが亜里香がそれを必死に静止し、考える。
「…おかしな事というのは、具体的にどういった事でしょうか?」
「.,結局言うことになるのか。
これは捜査段階の明確なものでは無い為他言は控えて頂きたいのだが、最近この辺で惨殺事件が多発して起きている。」
「惨殺、事件..?」
「とはいってもまぁ想定の範囲内だけどね。同じ人がやったとも、そもそも事件かどうかも完全に決まった訳ではないんだけどさ」
話を聞けばこの街中で様々な者が死んでいるのがよく発見されるようになったそうだ。
犬や猫、そういった小さな生き物に始まり子供や老人に至る幅広い年齢層の人間まで。死因や場所、時間帯や状態が全て異なる為に単純なる現象としてとらえられている。
「しかしその件数がかなり多い、だから私達が事件の可能性を踏まえて捜査をしている」
「何か、わかったんですか?」
「わかってないから聞いているんだよ。
死んだ場所や時間、年齢層に至るまで関連性が無いからゲリラ的な通り魔の可能性だってあるからね。誰か怪しい人、見なかった?」
「……」
最近から〝怪しいモノ〟は常に見ているが、それを説明したところで変な目で見られるのはこちらの方だ。
「‥例えばですけど、一番最近は何処で何が死んでいたんですかね?」
「...本来は簡単に話せる事では無いが、捜査に協力してくれた手前少しだけ話そう。」
「有難う御座います..。」
相変わらずの無愛想な顔つきで再度呼吸を整えながら、健太の背後を指差した。
「そこの砂場で、犬が死んでいた」
「……え?」
「犬の、犬の死因は..⁉︎」
「窒息死だ。
喉に目一杯砂を呑み込んでな」
二人は顔が青冷めた。
まさか己らが見ていた〝怪しいモノ〟が、街の異変に加担をしていたとは。
「色は茶色ですか」
「..ああ、何故それを知ってる?」
「……。」
「何か、知っているのか?」
鋭い眼光で問い詰められたが、それ以上は何も言う事が出来なかった。刑事は暫くじっとこちらを見つめていたが、立ち尽くし何も言わない健太に根が尽きたのか視線を逸らし鋭利な気迫を自ら下げた。
「..もういい、協力助かった。
何か有ればここに連絡して欲しい」
手渡されたのは雑に数字の羅列が書かれた紙切れ、刑事の携帯番号だ。
「行くぞ、
「はい。ご協力、有難う御座います」
深々と頭を下げて先行する刑事に着いていく。
二人は刑事が去っていく様子を目で追いながら、伝えられた事柄を整理する。
「大喜寺さん、これってもしかして..」
「..ああ、多分そうだよ。」
おかしな世界で見えるものは〝過去の事件〟をフラッシュバックさせて見せている。
「これからも多分、嫌なものが見える。」
「なんで私たちに見えるんでしょうか?」
「わからない、だけどもう一つ疑問がある。」
過去の凄惨な出来事を二人に見せる意味はわからない。だがそれ以前に健太が気になるのは、それを引き起こす〝トリガー〟となる所
「この〝鍵〟は、一体なんなんだ?」
「……確かに。」
権田が渡した車の鍵は、意図してかせずか嫌な風景への入り口を開ける用途を含む。誰かに譲って貰ったものか、はたまた...。
「直ぐに権田さんに連絡して、この鍵の事を詳しく聞いてみよう。」
スマホを取り出し権田に電話を掛ける
呼び出し音は鳴っているが声が聞こえない。
「‥ダメだ、出ないなぁ。なんでこんなときに出ないんだよ、タイミング悪いなぁ!」
眉間にシワを寄せ機器を握る圧力も増えていく。忙しいと根を詰める程窮屈な生活を送っていない為応対出来ないという状態には無い筈なのだがおそらく単純にきづいていないのだろう、また大きなパーティでも開いているのだろうか?
「……くう、出ない。なんで..!」
イライラと余裕を無くす健太の肩に掌を置き、優しい表情で微笑む亜里香。
「亜里香‥さん?」
「帰りましょ、送ってくれます?
連絡はまた後日でもいいですよ。」
「あ、うん‥そうだね。」
疲れてしまっているのか、早く帰って休みたいといった具合だ。今考えるべきなのは、鍵の真相ではなく彼女の体調だ。
「行こうか」「はい。」
鍵は取り敢えず、車を動かすのに使用する。
何も起きなければいいが、そう一日に何度も見るものでもない。というより、見たくない。
「‥知り合って長いんですか、権田さんと」
「うん、もう7、8年になるかな?」
車をゆるりと走らせながら、過去にふける。
権田とは、健太がまだ高校生のときに店を手伝った事がきっかけで現在も関係性が続いている。当時から権田はかなりの金持ちだった。
「亜里香さんは、どこで権田さんと?」
「お店..かな。」
「お店!?」
「あ、いや..普通のご飯屋さんだよ?」
一瞬耳を疑った。確かに見た目は派手だが流石にと、勘違いで本当に良かった。
「仕事の人間関係で悩んでて、友達に相談してたら隣の席で聞かれてて。」
「成程ね。」(それであのパーティに)
転職を考えていた所、友達と人数分のハワイ旅行券を貰ったらしい。
「オレには金払ってたけど..」
「それだけ信頼されているって事ですよ。
仲良さそうでしたもんね、二人共。」
「まぁ、仲は良かったと思うけど。」
〝利益の為常にストックしておいた〟とは言えなかった。だが言われてみれば権田のツテで数々の富豪の連絡先を貰ったが、実際に連絡を取ったのは彼のみだ。
「こんなにあるけど..権田さん以外履歴ないもんな、確かに信用はしてたかも。」
電話帳と履歴を照合し、確認しても同じ名前のみが連なり表示されている。他の名前は、うっすらとくらいは覚えているが何をしている人かは殆ど覚えていない。
「…あの人達、また来ますかね」
「さぁ、どうだろうね。
ここらへん嗅ぎ回ってるみたいだけど、色々な人に声掛けてるっぽいからわざわざ会いに来るって事は無いんじゃないかな?」
目に付いた人に捜査だと声掛けしているのであれば、ピンポイントで狙われるという訳では無さそうだ。
「そういえば
何であんな質問してしたんですか?」
過去に接点があるかどうか、どこか不自然な問いかけに感じた。
「うん..まぁ単純に一つは過去に会ってたとすれば関連性を見出しやすいと思ったから、それはあの変な空間の事含めてね。あともう一つは、なんか昔に会った事ある気がするんだよねあの人たち。」
顔と見た目を見て、なんとなくそう思った。
よくいる顔には見えなかったが、初めてでは無い気がした。その感覚は亜里香を見たときとは少し違う、確実に見た事があるというような〝はっきりとした感触〟があった。
「まぁ、気のせいかも知れないけど。
相手も知らないようなこと言ってたしね」
「出来ればもう、会いたくないですよね。」
「そうだね、なんか顔恐いし」
ホテルまでの道が長く感じる。疲労による時間錯誤か、窓の外は綺麗な色が流れているので異常は無さそうだが。
『リロリロリロ...』「あれ、鳴ってる」
しかし最も怖しいのは現実である。
「私出ますよ、運転中危ないですから。」
折り返しの電話だろうと画面を確認せずに電話に繋げ、助手席に座る亜里香へ渡した。
「もしもし....はい..えっ...!?」
「どうした?」
驚嘆する声に問いかけると、亜里香の口から衝撃的な言葉が返答される。
「権田さんが....亡くなられたそうです..。」
「‥はっ?」
走らせていた車を、急停車させた。
車の鍵は、しっかりと鍵穴に刺さっている。
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