第2話 

 「……はっ!」

 気が付けばベッドの上にいた。視界は灰色の天井、船内の医務室に運ばれたようだ。医務室といっても数本の包帯と一台のベッドが置かれた小さな部屋だが、権田はこの部屋を〝船内病院〟と言い張っている。


「オレ..どうなったんだ?」


「起きました!?」「うわっ‼︎」

灰色の視界に突如派手な色が顔を出す。

甲板で見た、静かに咲く花の色だ。


「あれ君..オレなんか迷惑かけたっ!?」


「突然倒れたんです、お酒飲んでからいきなり...目の前でばったーんて....。」


「ばったーん..」(か、かわいい..。)

平静を装いながら状況を把握しながら流れ込む反省の感情をどう彼女に伝えるかを考える。


「ごめんね、迷惑かけて。

なんか変な事とか、して..ないよね?」


「私は、何も。

それよりも...体調は、平気ですか?」


「あっ..」「‥?」

覗き込んで様子を伺う薄井亜里香の顔はやはり綺麗で咄嗟に目を背けてしまう程だ、しかしやはり見覚えがあるように思える。


(どこかで会ったか?)

名前は知らない、顔も....知らない。


「‥あ、そういえばこれ。」


「え?」「倒れたときに持っていた物です。」

運ばれる途中で落としたのだろう、亜里香が車の鍵を預かってくれていた。


「ありがとう。

ごめんね、ずっと持たせてて....うっ!」

ベッドから身体を起こし鍵を受け取った瞬間、酷い頭痛に襲われる。


「..大喜寺さん? 大丈夫ですかっ⁉︎」


「う..あっ...うあぁぁっ!!」

景色が歪む

青も灰色も混同し、黒く渦巻き形を変える。


「はっ!」

頭痛が弱まり視界が冴える。

見えた景色はフィルムカメラのネガのように反射した黒くよどんだ世界。


「なんだこれ...畳?」

健太が寝ていた医務室は、畳の敷き詰められた一室の四角い部屋に変わっていた。


「うっ..あぁっ‼︎」

再び強い頭痛が生じ、痛みに目を瞑る

開くと再び元の部屋へと戻っていた。


「…なんだ今の....」 「大丈夫ですか?」

亜香里に影響は無さそうだ。

一瞬見えた景色、不気味な色の古ぼけた畳の一室は船内の一部だろうか?

いや、いくら権田といえど畳を敷き詰めるような真似はしないだろう。


「もう少し、寝ていた方がいいかもしれません。無理をしないでくださいね..?」


「うん、ありがとう。」

歪んだ意識の最中では、彼女の優しさが物凄く心地がよかった。しかしハワイでのバカンスは無理そうだ、元々乗り気ではないが。


「..私、行きますね? お大事に。

今船はホテルに向かってますから、着いたらまた起こしにきますね。」


「……色々ありがとう。」「いえいえ」

頼んでくれたのだろうか?

客船ともいえるクルーザーで海に繰り出したのだ、少しでは陸に戻るつもりは無かっただろう。正直有難い、だがホテルに戻っても気が休まるとは思えなかった。


「..先に、帰らせてもらおう」

得るモノも余り無い

むしろ失うものがありそうだ、それならば余暇など意味をなさない。損得主義に限っては利益を生まない休日は残業に過ぎない。


「..何て言おうかな、権田さんに。」

その後、陸に上がりホテルに着くと直ぐに権田に訳を話し帰国させてもらった。嫌な顔をされたり文句が飛び出すかと思いきや素直に受け入れられ心配までしてくれた。

その上、日本への飛行機代まで手渡された。


「……まさかこんなに簡単に済むとは..」

 いつもならばしつこい程に文句を言われるのだが、やはりハワイという場所が気を大きく寛大にさせるのだろうか。健太は顎に手を当て機内の席に座り考えていた。

それよりも、飛行機に乗る直前に彼が言っていた〝サプライズ〟という言葉が気になる。


「‥どういう意味だ?」


 〝帰ったら後楽しみに〟

満面の笑みを浮かべ、それだけ言っていた。


「……オレ殺されるのかな?」

日本という地に再び足を踏み入れるのが物凄くこわい。というより踏み入れるのだろうか?


「あの人やっぱり怒ってたのか..⁉︎」

現地を離れても気が休まらない。機内でも、下手をすれば部屋のベッドの中でも。


心持ちなど関係なく時間が経てば飛行機は地上へと降りる。嫌が応にも足は再び地面へと踏み出す事になる。


「……平気だ、生きてる...」

空港に踏み込んでも心臓は止まらない。

誰かに狙われているような気配も無さそうだ


「嫌な事じゃないか。

...一応、連絡入れとくか」

辺りを警戒しながらスマホを起動し電話を掛ける。数回鳴ったあと、声が聞こえた。


『おう、どうした? まだ具合悪いか?』


「権田さん、無事日本に着きました。

それよりも権田さん、怒ってますか?」


『はぁ? 怒ってる⁉︎ 何で、俺が?』

声が裏返る程こちらへの意外性を宿した反応。どうやら思っていた感情とは違っていたようで、周囲へ持っていた過剰な警戒も自然に解けていた。


『はぁ、お前やっぱり疲れてんだよ。

ウチ帰ってゆっくり休め、今日の事は気にすんな。何を気にしてるかわかんねぇけどな』


「権田さん..!!」

(なんだよ、メチャメチャいい人じゃん..‼︎)

疑って悪かった、素直にそう感じた。


『それじゃ、また今度遊ぼうな。』


「…はい!」(また新たな人脈を下さい!)

心の安寧を確保し、緩やかに帰路に着く。


「無駄遣いだけど、家でゆっくりしておくか」

長引くかもしれないと有休を多めに取っておいた、あとの2日は巣篭もりだ。得もなければ損もない、利益を生まない正に不毛な休日だ。


「……それにしても、なんだったんだろうな」

環境が余程合わなかったのか。派手な場所は昔から苦手ではあるが、頭痛などした事は今まで一度もない。


その後家に帰り、ベッドに寝るとやはり安心感を得た。「やっぱり家が一番だ」などと分かりやすくベタな言葉を今更言いたくは無いが、本当にその通りの状態を誇っている。


「はぁ〜、やっぱり家が一番だ..!!」

ついに口にすら出してしまった。

そこからぐっすりと意識が落ちるのには、そう時間は掛からなかった。帰宅し、風呂に入った時点で寝落ちしなかっただけ優秀である。


しかし大概の安寧は一時のものに過ぎない


「……。」


2日後の未来、朝には既に衝撃が動く。



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