1-8 目覚めた神王
「……あ、大神官様」
控え室を出て行こうとしたダニエレが声を上げる。
神王の代わりにアリキート国の政治まで取り仕切る大神官が、ドアの前に立っていた。
「天姫を呼びに来たのだが、お腹が減っているのだろうか?」
イルマはクッキーを囓りながら林檎に手を伸ばしている。
アーリアは慌てて首を振った。
「気にしないでください、いつものことです」
「いやしかし……儀式が長かったから」
「イルマは、お腹がすくとヘナヘナになってしまうの。だから食欲の固まりになっちゃうんです」
笑って言ってから、イルマを呼んだ。
イルマは林檎をテーブルにおいて、ふくらんだ頬を両手で押さえる。
「天姫、神王との謁見は取りやめとなった」
大神官がそんな彼女に話しかける。
イルマは頷いてから、ごっくんと口の中のものを飲み込んだ。
「一昨日も、昨日も、取りやめで、またですか?」
彼女は片眉を上げて不審げに訊ねる。
「寝込んでいてね……」
「大神官様、神王はずっと寝込んでいるから、毎年、寝たままで謁見という話ではありませんでしたか?」
新米のダニエレが言うと、大神官は少しだけ嫌そうな顔をした。
「君は……ああ、思い出した。面接で、アリキート国のあらゆる伝承を知っていると豪語した少年だな」
「覚えていてくださって光栄です!」
「君の情報は少し間違っている。神王は、精霊祭が始まる前に目覚めたのだよ。五百四十五年の永き眠りから――」
――五百四十五年……。
年月の長さに、一瞬ぼぉとしてしまう。
神王や大神官は星神の子孫だから、永く生きるとは知っていた。
そして神王は眠りについているとも知っていた。
しかし、五百年以上眠ったままだったとは。
「きっと、美しい百番目の天姫に会いたくて起きたんですね」
ダニエレが、きらきらと目を輝かせて愛しき人を自慢する。
「……」
大神官は無言で頷いてから、暫しイルマへ眼差しを注いだ。彼の左目が緑で、右目が青だとアーリアは気がつく。青い瞳は不思議な輝きを見せていた。
「誰もが……精霊までもが納得する素晴らしい天姫だからな」
大神官の言葉に少しだけ濁りを感じて、アーリアは眉をひそめた。
(そりゃ、精霊祭だけど、収穫祭でもあるのに、精霊精霊ってそればっかりじゃない?)
アーリアが疑問を口にだそうとした時、
「――ぶほっ」
クッキーを豪快に食べていたイルマが噎せ始めた。
「もぉっ。天姫なんだから、おしとやかに食べないさいよっ」
アーリアは、ぶほっぶほっと変な声を上げるイルマの背を強めに叩く。
そうこうしている内に、大神官は部屋を出て行って、ダニエレも笑いながら叔父さんを呼びにいって、アーリアの疑問を解決してくれる人はいなくなってしまった。
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