1-7 幼なじみ達の恋事情

 しかし彼女の無謀な言葉に、親戚連中は罵倒のような声で反論した。

 だが、彼女は自分の未来と権利を主張して譲らなかった。

 焼けた土地の一部を売って遺産を分けると、親戚達はどこかにいなくなり姿を現さなくなった。


 そしてアーリアは社長になり、小さくなったアウラート酒造を経営している。

イルマの父だけが、側に残って力を貸してくれる状態だ。

 ……そんなことがあって、彼女は星神の存在を信じられなくなったのだ。


「結局、お父さんは来なかったのですね」


 イルマが呆れた口調で言ってから、ため息をついた。

 彼女の父は、レモン酒が命の人だ。毎日毎日、レモン酒のことばかり考え、レモン酒を研究し、レモン酒を製造している。

彼のような人が会社に残ってくれたから、アウラート酒造はつぶれなかったのだ。


「皆勤賞の叔父さんには、いつか旅行でもプレゼントしなきゃ」


 姿を現さない星神なんかより、叔父さん方が神様に思える。

 よくよく考えてみれば……誕生日の祈りの時でさえ、星神の耳に願いが届くということだけだった。

祈りを叶えてくれるという話ではない。


「困りましたね。お父さんに会いたかったのに」

「イルマがそんなこと言うの珍しいわね。どうしたの?」


 アーリアが言うと、イルマが細い指で己の唇を押さえた。


「……どうしたのかしら。なんとなく、今、会わないと会えないような気がしたから」


 自分のことなのに不思議そうに彼女は話した。

 普段は素っ気ないイルマでも、天姫となった姿を父に見せたいのだろう。


「あ、そうだわ。ダニエレ、ちょっとうちの工場まで馬で行って叔父さんを連れてきてよ」

「……」

「わたしはこの後、まっすぐ店に戻らなきゃならないし、ダニエレって本当は非番なんでしょ?」

「……」

「ダニエレ?」


 ダニエレを見やると、彼の視線は前方の一点に留まっていた。

一点とは、いつもより眩しいイルマである。

見惚れて呆然としているのだ。


「……ちょ、ちょっと」


 アーリアは、いつのまにかソファーに座っているイルマをちらりと確認してから、ダニエレの耳に手を当てて囁く。


「……このままじゃ変な人だって思われるから、正気になって」

「……」

「――ふられるわよ」


 低く毒を含んだ声で言ってやると、ダニエレはぱちぱちと瞬きしてから口を開く。


「……な、なんか、今――すごく怖いことを言われた気がする」


 まったく、とアーリアは苦笑してイルマに目をくれた。

 イルマはこちらのことなど無視して、すごい早さで葡萄をもりもりと頬張っていた。彼女は、アーリアと父親と食べ物以外には全く興味がないのである。


「ダニエレは叔父さんを連れてきて。イルマが会いたいんだって」

「あ、うんうん。イルマがそう言うなら!」


 ダニエレは大きな声で言った。


「イルマのためなら!」


 しかしイルマは、葡萄に夢中でダニエレの方へ目を向けもしない。

彼女は満腹になるまで、いつもこの調子だ。


「ダニエレ、行っておいで。あとでちゃんとイルマに言い聞かせるから」

「……うん」


(この初恋、実るのは険しいかも)


 ダニエレは物心ついたときからイルマに恋をしていた。

 幼い頃はイルマも彼に笑顔を向けていたが……母が亡くなってからこのような状態になっている。

 ダニエレの想いを叶えてあげたかったが、イルマの心の傷は深い……。


(わたしが何とかしなきゃいけないのに)


 イルマを救ってあげたいのに、救う方法が分からない。

それどころか彼女に心配かけてばかりいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る