1-6 幼い頃の決意


「ああ、確か宝石泥棒って紅い宝石と碧い宝石を探しているんだよね」


 ダニエレが噂を思い出して言った。


「イルマの額に付けられた宝石って、紅色だったわ」

「じゃ……泥棒は、天姫の星を盗みに来たの?」


 天姫の額にある宝石を『星』と呼ぶ。

 星は南で輝く南極星を表しているという。


「かも、しれないけど……これって他の神官に話したら、わたしがやったことバレちゃうわよねぇ」

「――さいてーですね」


 冷たい響きが背を打ち、アーリアはびくりとして振り返った。

 薄紅うすべに色のドレスをまとったイルマがドアの前に立っている。


「イルマ、いつからそこに……」

「ダニエレが、『君みたいに屋根に登れるのって――』て、言ったところから、ずっと聞いています」

「……は、はははは」

「笑って誤魔化ごまかして良いことと、悪いことがありますよ」


 氷の精のような微笑をして、イルマはアーリアを睨め付けた。

 彼女は悪いことが大嫌いな性分である。


「だ、だって。イルマの綺麗きれいな姿が見たかったから……」

「今朝、このドレスを着せたの、あなたでしょうに」

儀式ぎしきで星を付けられるところが見たかったの!」

「禁止された行為をすると、あとで酷い罰がありますよ。たとえば畑のレモンが全滅してしまうとか、倉にある酒瓶がすべて割れてしまうとか」

「ならない、ならない。儀式ぎしきなんて、そんなに怖いことじゃないし。それに――」


 アーリアは苦笑する。


「――神様なんていなかったんだもの」


 言ってしまってから、はっとしてダニエレを見た。

心の中でそう思っていても、神官のダニエレの前で言うべきじゃない。


「……ダニエレ、ごめん」


 ダニエレは緩く首を振った。


「アーリアが、そんな風に思っちゃうのは仕方ないよ」


 ダニエレはため息を落とし、親族控え室に視線を走らせる。

 三人以外、誰もいない。

 天姫に選ばれることは名誉なことなのに……誰もいない。

 アーリアとイルマにも親戚はたくさんいる。

 だけれど、彼らは来られないのだ。


 ――…四年前、アウラート酒造に悲劇が起きた。


 当時のアウラート酒造は、レモン酒の工場を三つも持ち、神殿用のレモン酒を特別に作るほど大きな酒造だったのだが、ある日、原因不明の火災が発生した。

 あっという間に工場は炎に包まれ、畑の大部分は燃えて、アーリアの父と母と、イルマの母が、火に飲み込まれて亡くなった。

 残ったのは離れにある小さな工場と小さな店舗と小さな畑のみだった。


 毎日、星神に祈りを捧げているのに、みんな亡くなってしまった……。

 それがアーリアの心に、冷たく濡れる漆黒しっこくの影を落とした。


 泣きくれる子供達を無視して、親戚達は「会社を他社に譲るべきだ」「土地は売って、みんなで平等に分け合おう」「今なら工場が一つ残っているから高値で売れるだろう」と騒いだ。


 イルマの父だけがそれに反対していた。

 他の親戚は目先の金に心を奪われている。


 会社が所有している広いレモン畑は、アーリアの両親と親族達の名義になっていた。

 レモンの木が焼けてしまった今、そこに金を生む仕掛けはない。

 だから、皆、売ってしまえと言うのだ。


 アーリアは涙を拭いて、ダンッとテーブルの上に飛び乗り、大人達を睨み付けた。


『会社は、わたしが継ぐわ!』


 彼女の言葉に誰もが息をのんだ。


『畑が焼けたけど、畑を担保にして銀行からお金を借りるわ。酒用に改良したレモンの木が焼け残っているから、木をきちんと増やすわ。規模を縮小することで人手は足りなくても味は守れるはず。絶対、アウラート酒造は、再建できるんだから!』


 アーリアは社長令嬢の気概を見せて、びしっと言い放った。

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