1-5 物知りなダニエレ博士

 神殿の林の中を迂回うかいし、塀をよじ登ったり、岩を飛び降りたりしながら、アーリアは必死になって天姫の親族控え室へ戻った。

 ただでさえ良くない身なりがボロボロである。


「アーリア!」


 白い法衣を着た小柄の眼鏡少年が、真っ青な顔をして近づいてきた。


「さっき、祭場の屋根に人影があったって……」


 幼なじみの少年は声を潜めてアーリアの瞳をのぞき込む。


「ダニエレ。人影は、わたしじゃないわ」


 言うと、ダニエレは両肩をすとんと落として明るい表情になった。


「だよねー。アーリアはトイレに行っていただけだよね」

「わたしの横にいた男の人が見つかったの」

「……横に、いた?」

「神官のあんたにイルマを見に行くって言ったら、止められるでしょ」

「当たり前じゃん!」


 大きな声を出してから、ダニエレは慌てて口を手で押さえた。


「天姫の親族は、神殿には入られるけど儀式に参加したらいけないんだって、何回も言ったでしょ」


 小声で彼はアーリアを責める。


「でも、去年だって、一昨年だって、その前の前の年だって、親族は儀式に出られたのに、今年だけ駄目だなんて変よ。わたし、これを見られなかったら後悔で寝られなくなるわ」

「……今年は例外。だって百番目の天姫だもの」

「前も聞いたけど、百番目の天姫ってなによ。アリキート国で精霊祭を開始してから今年で千五百年でしょ。戦中でも毎年開かれているから、千五百番目になるんじゃないの?」


 むーとした表情でダニエレに聞くと、彼は眼鏡のふちをくいっと指で上げてポーズをとった。


「なかなか良い質問ですね、お嬢さん」


 きらーんと瞳を輝かせて、ダニエレは畏まった博士の顔になる。

 小柄で可愛らしい顔立ちをしていてそそっかしいが、彼は民俗学博士の顔も持っている。


「天姫は、百番まできたら0番に戻るのでごじゃりますぞ。拙者が調べたところ、千五百年間の間に十五人の百番目の天姫がいたでごわす」

「何人だが分からなくなるような言葉遣いの説明ありがとう。とりあえず、0番まで戻って、また百番目になったわけね」

「そうでありまするです」

「もう、変な言葉遣いやめて」


 へんてこ博士になった幼なじみの指を眼鏡の縁からたたき落とし、アーリアは少し前の儀式を思い出す。


「……百番目だから、あんな妙な儀式だったのかしら」

「今年の儀式は、いつもと違うって聞いたよ。本来は百番目の天姫の年は、祭りがなかったんだけど、五百年ぐらい前から変わったんだよ」


 ダニエレは答えてから「それより」と話を変える。


「屋根の上でアーリアの隣にいた男って誰? レオン?」

「レオンが付いて来てくれるはずないわ」

「うん。あいつはアーリアの暴走を止めるよね」


 レオンが憎らしいほど端正な顔で「やめろ、バカ」と言うのはわかりきっている。

 出会った時は、少女のような容貌だったのに、今では都で一番の美丈夫びじょうぶだ。

 女の子からきゃーきゃー言われて追いかけられる日々を送っている。


(小さい頃は、女の子達もそっぽを向いていたのに)


 レオンが女の子にちやほやされるのは、なんとなく気に入らない。


「ねぇねぇ、アーリア。誰が側にいたんだよー。君みたいに屋根に登れるのってレオンぐらいしか思いつかないよ」

「宝石泥棒だったわ」

「へ?」

「知らないの? 今、宝石泥棒が出没しているでしょう。宝石を盗みに来て、なぜか盗まないで、窓に金貨を一枚置いていくっていう人」


 宝石泥棒といわれているが、宝石を探していると言うだけで盗んでいるという話を聞かない。

 金貨一枚もくれるなら宝石泥棒に入ってきて欲しいという輩もいたり、金貨のために泥棒に入られた事情を説明しない被害者もいて、警察も困惑しているという。

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