1-1 そして運命が動く
アリキート国は、東大陸と西大陸に挟まれた小さな島である。
島のほとんどはチェレステ山であり、山は遠くから眺めると三段の階段状になっていた。
この変わった形をしたチェレスタ山、
精霊は、風、地、水、緑を操り、人々に恵みを与えると言われていた。
だから山に住む者達は、星神とともに精霊を祭り、敬ってきた。
そして今日は、十月一日――アーリアの誕生日、精霊祭が始まる日だ。
ひゅぅ、と耳に風の鳴き声が入る。
秋の乾いた風がアーリアの身を叩き、白色のエプロンの裾をばたばたとはためかせた。
彼女が身につけているもので可愛らしいと言えるのは、その半円のエプロンだけだった。
長いスカートはねずみ色、たぼたぼした上着は紺色。この二つの服に装飾は一切ない。
エプロンは叔父が買ってくれたもので、裾には《アウラート酒造》という刺繍がある。
これは彼女が経営している店でつけるものだった。
それでも、この服装はましな方である。
タンスに入っている他の服は、もっともっと地味だし着古されていた。
「はぁ……天姫のイルマ、綺麗」
己の身なりなど完璧に無視し、アーリアは屋根に座って着飾った従姉に見入っていた。
同じ屋根の下で暮らす従姉のイルマを見守ることが、彼女の趣味の一つである。
今、神殿の端にある祭場で、イルマはアウラート酒造のレモン酒を丸い器に注いでいる。
天姫になる儀式が行われる祭場は、神官と天姫のイルマしか入られない。
でも、どうしてもイルマの晴れ姿が見たいアーリアは、親族控え室からこっそりと抜け出して、神殿の屋根に登り、祭場の上まで来てしまった。
丸くふくらんだ祭場の上には明かり取りの天窓が並んでいて、そこからイルマの後頭部を眺めることができる。
ほとんど茶色い頭しか確認できないのに、アーリアはうっとりとしていた。
イルマが少し動くと天姫用の淡い紅色のドレスが揺れる。
そんな些細な動きで、胸に喜びが広がっていくのだった。
(――なんて幸せなんだろう)
少女社長として経営している会社のレモン酒が今年の祭りの酒に選ばれ、しかも天姫に大好きなイルマが選ばれた。
それによって、長い間沈んでいた心が一気に救われ、気分はとても高揚していた。
(今日から、良い日々が続くのかもしれないな。きっと、そうだ。一生懸命頑張ったから、天国のお父さんとお母さんが力を貸してくれたんだ)
「原初の神が眠る泥の上で、北極星と南極星が夫婦となったこの日、我らは星神の加護を祈る。そして天姫を捧げて、星神に仕える精霊達と再び契約をする」
大神官が四角い紅色の宝石を掴んで天へ掲げながら、祈りの言葉を唱える。
精霊祭は、豊漁祭、豊作祭とも言われる有名なお祭りだ。
その年の恵みを感謝し、翌年の豊漁と豊作を祈るのだ。
「契約を前に、星神よ、精霊を従えてください。そして精霊に命令をしてください。精霊が災いを起こしませんように、精霊が我らの良き友となりますように。星神よ、お願いいたします」
(あれれ、豊作祭なのに、こんな祈りなの?)
アーリアは聞こえてくる言葉に疑問を感じた。
もっと収穫などの感謝をするものだと思っていたのに、精霊がどうのこうのという言葉ばかり聞こえてくる。
「精霊よ、この者はイルマ・アウラート。今年の天姫です。彼女によってお心を鎮めてください」
大神官が持っていた宝石をイルマの額に付けた。
(よく分からないけど、これでイルマが天姫ね)
「――何をしている」
後ろからかすかに声が聞こえた。
びくっとして振り返ると、屋根の上、自分の真後ろに、裾の長い服を着た長身の青年がいる。
背に届く柔らかそうな銀色の髪、涼やかな目元、神秘的に輝く瞳。
思わず見とれてしまい、一時、呼吸すら忘れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます