1-2 神事と宝石泥棒
「あなた……神殿の、人?」
うわずった小声で問うと、青年はくっと喉を鳴らして笑った。
「貴様、神王の顔でも観に来たのか」
神王とは、アリキート国王の呼び名である。
星神の子供が初代の神王で、今は三代目だ。神王は信じられないほど寿命が長い。今の神王にいたっては五百年も生きているという話だ。
「わたしは、神王じゃなくて天姫になった従姉を見に来たのよ」
アーリアは青年を見ながらも、すっと足を伸ばし、爪先で屋根の様子を探った。
「……あなたこそ、何をしているの?」
普通の者は、高すぎる神殿の屋根には登れない。
昔からやたらと身軽で、風のように動くことができるアーリアが特別なのだ。
こんな高い屋根に上って平然としていられるとしたら……あのレオンしか思いつかないが、相手はレオンじゃない。
「こんな時に、こんな場所に来るなんて……何が目的なの?」
「祭場にいる少女に用がある」
絶対に答えないと思っていたのに、相手は余裕の態度で目的を口に出した。
(イルマに?)
心に問いかけた瞬時、アーリアは、イルマの額についた宝石を思い浮かべた。
都に宝石泥棒が出没しているという噂があった。
高い塀でも窓でもひらりと上ってきては、宝石を探すという。
『紅い宝石はないか? 碧い宝石はないか?』と、泥棒が
イルマの額で輝いているのは、紅い宝石だ。
「えーと……まさか、宝石泥棒……さん?」
掠れ声で呟くと、青年は微笑んで小さく頷く。
「そうだ」
「……へ、へぇ」
アーリアは立ち上がり、じりじりと青年から身を離していった。
「もう、従姉は良いのか?」
「あなた、逃げた方が良いわよ。逃げなきゃ、わたしが――みんなに言いに行っちゃうから」
青年が腕をこちらに伸ばしたとき、彼女はわざと天窓を強めに蹴ってから、たんっと跳ね上がって後方へ飛んだ。
「危ないっ」
青年の声が強く響く。
しかし、彼の驚きの表情が目に入ったのは、一瞬だけ……。
屋根から飛び降りたアーリアの体は、秋風に包まれて急降下する。
彼女はくるんと宙で一回転してから、猫みたいに軽やかに着地する。
そして祭場の騒ぎを聞きながら、屋根を仰ぎ見た。
青年が
アーリアはニッと笑いかけた。
追えるものなら、追えばいい。
身軽な自分を捕まえられる者などいないはずだ。
「おい、祭場の上に人影があるぞっ」
神殿の戸があちこちで開く音が聞こえて、青年は屋根からすっと姿を消した。
「屋根に誰かいた!」
神兵らしき男の声が響く。
直ぐに駆ける足音が近づいてきて、アーリアは敏捷に林の中へ逃げ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます