第13話
「初めて薫を見た時、モテそうなやつだなあって思った」
岩岡直己は、放課後の掃除当番を放棄して、教室の後方に集められた机の上に座って窓を見ながら言った。
「どうして?」
薫は、床を見てはいるものの、何の意味もなく延々と同じ箇所のタイルを箒で掃き続けながら尋ねた。
「なんでって、ほら、オーラっつーかさ。よくわかんねえけど」
「オーラだったら、直己のほうが出てるだろ」
校則違反の長い前髪の隙間から覗く鋭い目と、細く高い鼻と、薄い唇。直己の顔を見ただけで好意を抱いてしまう女子は多いだろう。それに加え、学校に対する挑発的とも言える気だるそうな態度と、物怖じしない友好的な性格を兼ね備えた直己は、薫からすると何もかもを持っているように見えた。
「そりゃあ俺もモテるけど、みんなは俺のことを憧れとしか思ってない。女の行動を引き出すには、薫みたいなのが丁度いいんだよ」
直己は、両手を窓に向けて差し出し、右の手首をくいっと曲げた。バスケットボールのシュートのフォームを確認しているらしい。そういえば、直己はバスケ部に所属していたな、と薫はぼんやりと思った。
「直己が高級フレンチだとしたら、俺は町中華だな」
「フレンチ? 町中華? よくわかんねえけど、薫が言うならそういうことだ」
「高級料理で舌が肥えてるやつは、俺のところには寄りつかない。商店街にあるボロい中華料理屋で飯を食うやつは、祝い事なんかには高級料理を食べに行く」
直己は顔を天井に向けて、口を大きく開けながら快活に笑った。この男は、あどけなさも持っているのか、と薫は感心してしまった。
「じゃあ、このクラスの女子の高級フレンチって誰だと思う?」
直己に問われて、薫の頭に真っ先に思い浮かんだのは秋谷碧だった。「やっぱり、秋谷かな?」と、直己が首を傾げながら呟く。
「だな。秋谷はなんかエロいもんな」
直己が目を見開いて薫を指差して、そうそうそうそう、と声を大きくした。
「小動物っぽい顔してんのに、身長が高くて人に懐かない。ギャップだよな、ギャップ」
「しかも、体操服になった時にわかるあの胸の膨らみ。Dはあるぞ」
薫は直己の秋谷碧に対するイメージに補足する。直己は大きく何度か頷き、秋谷碧の体操服姿を想像しているのか、遠い目をした。
「秋谷って、誰かと話してるところ見たことないんだよなあ。どんな性格なんだろう」
「俺、昨日話したけど」
直己の目線が遠い国から帰ってくる。薫を見つめたまま、数秒間、石にでもなってしまったかのように固まった。
「……マジで?」
「俺の友達が
直己は、少し悔しそうに眉を顰めながら、薫の話の続きを促した。「で、どんなこと話したの?」
「大した話はしてないよ」
「さてはお前、独り占めにするつもりだな? 見とけよ、俺も秋谷に話しかけてみるから」
その翌日、直己は放課後に吹奏楽部の部室に訪れ、秋谷碧と話をしたと後日薫に報告した。ついでに千尋とも打ち解け、夏休みに薫を含めた4人で秋谷碧の家で遊ぼうという話にまで発展したらしい。
夏休みに入る前の最後の日曜日。薫と純太郎はスナックではなく、カラオケに行った。日曜日ということもあり、昼間のカラオケは混みあっており、学生と思しき団体客や、カップルが和気藹々と廊下を行き来していた。
薫と純太郎はフリータイムで入り、部屋に行く前に薫はジンジャーエール、純太郎はコーラをグラスに注いだ。
純太郎の歌は上手いとは言えなかった。声は低く、通らないために聞き取り辛い。ボーカリストとしては最低だった。それでも純太郎は歌った。自分の才能を確認するかのように、首に筋を浮かび上がらせながら、叫ぶようにして何曲も歌った。
「友達ってなんだと思う?」
純太郎が歌い終えたのを見計らって、薫は尋ねた。
「難しいな」
純太郎は、表情を変えずに答えた。コーラを一口飲んで、まあ別に、と続ける。
「無理に定義づける必要もないと思うぞ。こいつは友達で、あいつは友達じゃないっていちいち区別してるやつなんて、嫌な人間だろ?」
純太郎は目の前の真っ白い壁をぼんやりと見つめまま言ったあと、画面をちらりと見て、歌っていい?と薫に尋ねた。
「いいよ。じゃあ、恋人ってなんだと思う?」
薫が尋ねると、純太郎は相変わらず不愛想な表情で選曲しながら唸った。
「結局は友達と似たようなものなんじゃないか? 意味も理由も分からないけど、そうすることが普通だと思って皆そうする。こうやって捻くれてるやつらも、心のどこかでは疎外感を覚えるし、友達も恋人も、いるに越したことはない」
言い終えると同時に、純太郎は曲を送信した。爆音でイントロが流れ始めたので、薫は小さく何度か頷いただけだった。
機械仕掛けの華 結城ヒカル @hikaru_yuuki
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