第123話 バブル
「彼にサクセスバイオを勧めたのは、黒月さんなんだね?」
「はい。近いうちにドカンと下がる株を教えてほしい。それが、熊尾井さんのリクエストだったんです」
俺とは真逆のリクエストだ。
「わたしを二枚舌だと思いますか?」
「いいや。サクセスバイオはドカーンと上がって、ドカンと下げたんだ。黒月さんに非はないよ」
悪いのは、リスクを取り過ぎた俺とあの男だ。リスクをしっかり管理していれば、二人とも手堅く利益を残せたに違いない。
「じつは俺も、調子に乗って信用取引に手を出して、暴落のおかげで資金の大半を失ってね……」
黒月さんが静かに俺を見つめる。
「暴落前の急騰を見て、審査をパスすると思い込んだんだ。それで、負けたら280万円のマイナスだけど、勝てば2800万円のプラスなら勝負だ。と考えて、利食いの売りをひっこめて信用取引で買い増した」
思わず自嘲の笑みがこぼれる。本当にどうかしてたな。あの時は。
「牛上さんは、あの急騰の理由はなんだったと思いますか?」
そうだ。あれはいったいなんだったんだ……。審査の結果が漏れている。ヘッジファンドが買っている。いろんな噂はあったけど、実際に誰かが買ってたからあんなに上がったんだよな。
「わからない。審査の結果を知った誰かが買ってるって噂はあったけど、審査に落ちたわけだから、それはデマだろうし……」
「そうですね。あの噂はただのデマです。けれど牛上さんは、急騰の理由を知っているはずですよ」
「え? 俺が?」
「はい。ついさっき、わたしに聞かせてくれたじゃないですか」
俺が、黒月さんに――?
――ああ、そうか。
「審査に通るらしい、負けたら半分だが勝てれば10倍。みんながみんな、俺と同じことを考えてたってことか……」
「そのとおりです。そのような状況になれば、売りは出なくなり買いは殺到する。株価はどうなりますか?」
「暴騰するね。買いたい人が多ければ株価は上がる。いつか教えてもらったとおりの展開だ」
はあー……。思わずため息が漏れる。あのとき、都合のいい妄想で舞い上がっていたのは、俺と栗栖さんだけじゃなかった。
サクセスバイオに群がった無数の投資家たちが、みんなで同じ妄想を抱いて、同じ行動を取ったからあんなことになったんだ。
そうか。これが、バブルってやつか……。
誤った認識のもとに行動した大勢の人々が、知らず知らずのうちに破滅にむかって突き進んでいく。現実にそんなことが起こり、自分もその一員だった事実に、俺は底知れぬ恐怖を覚えた。
自分もこの世界も、自身で思っているよりもずっと、脆くて壊れやすくできているのかもしれない。
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