第122話 破滅した男

 翌日の午後、俺は黒月さんのもとを訪ねていた。


「昨日は本当にありがとう。おかげで栗栖さんに会えたよ」

「先輩のご様子はいかがでしたか?」

「最初はかなり落ち込んでたけど、もう大丈夫だと思う」

「そうですか。それはよかったです」


 じつは俺も、サクセスバイオで損しちゃってね……。打ち明けようとしたその時、背後でざわめきが聞こえた。

 なんの騒ぎだ? 振り返ると、歌舞斗町を行き交う人たちが全員なにかに注目している。つられて俺も視線を向ける。その先にいたのは、異様な姿をしたひとりの男だった。


 その男は、汚れにまみれてボロボロになった白いスーツを身に着け、片足を引きずりながらフラフラと歩いていた。

 金色に染めた髪はグシャグシャに乱れ、その表情は虚ろ。だらしなく緩んだ口元からはよだれが垂れている。

 彼が一歩進むたびに、不審者を避けるために街行く人々が左右に分かれていった。


「あれは……」

 見覚えがあった。歌舞斗町の交差点で後輩たちとウェイウェイ騒いでたヤツじゃないか。

「お知り合いですか?」

「いや。ただ、昔ちょっと見かけたことがあって」


「彼の名前は熊尾井翔さん。わたしの顧客だった方です」

「え? 顧客!?」

「はい」


 ああなった原因は、サクセスバイオか……。


「ってことは、あの人もサクセスバイオの暴落に巻き込まれて、大損したってことか……」

「いいえ、違います。熊尾井さんはサクセスバイオを信用取引で売っていました」

「え? 売り?」

「そうです。彼は株価が下落する方に賭けていました」


 どういうことだ? 儲けすぎて頭がおかしくなったのか?


「じゃあ、今回の暴落では、かなり儲けたよね?」

「大きな利益を上げた人間が、あんな姿になると思いますか?」

「いいや。どう見てもあれは、破滅したようにしか見えない」

「そのとおりです。過度なリスクを取った熊尾井さんは、暴落前の急騰に巻き込まれて、すべてを失ったんです」


 そうだ。ひどい目にあったからすっかり忘れていたけど、決算でストップ安してからの切り返しは強烈だった。あれに巻き込まれたのか……。

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