第120話 長期投資
ウイスキーを数口飲んで、お互いに少し落ち着いたタイミングで、栗栖さんが口を開いた。
「じつは、会社をやめることになってな……」
「え? やめるんですか?」
どういうことだ? 株の借金と会社は、関係ないはずなのに。
「前にも話したが、俺が今の会社に入れたのはオヤジのコネだ。そのオヤジに株で借金作ったことがバレちまった」
栗栖さんの口元に、自嘲の笑みが浮かぶ。
「おまえは栗栖家の恥だって、こっぴどく叱られてな。借金を立て替えてもらう代わりに勘当されたよ」
「じゃあ、お父さんの縁で入ったうちの会社も……」
「そうだ。勘当された時点でもう栗栖家の人間じゃない。だから、そのコネで入った会社もやめろってな」
「そんな……」
「来週には社内で発表されると思う。手続きは栗栖家の方でやってくれるから、俺は出社する必要もないらしい。まったくありがたいもんだ」
栗栖さんは肩をすくめて笑ったが、その目は冷めていた。
「これから、どうするんですか?」
「あ、ああ、ちょっと関西の方に知り合いがいてな。そこで働くことになってる」
ウソだと思った。黒月さんが口にした最後の晩餐という言葉。それが真実なら、きっとこの後……。
「じつは今夜には出発する予定でな。東京最後の一杯ってことで、マスターには特別に店を開けてもらってたんだ」
「絶対に元気でいてくださいね。投資は自己責任ですけど、今回の件の心労で栗栖さんが体調を崩したら、やっぱり責任を感じますから……」
俺の視線の先で、栗栖さんは固まっていた。やっぱり死ぬ気だったんだな。
「これ、使ってください」
俺は懐から取り出した封筒を3枚差し出した。
「20万円ずつ。合わせて60万円入ってます。足りないかもしれませんが、これで生活を立て直してください」
「やめてくれ牛上。これは受け取れねえ。情けない話だが、今の俺には、返す、あてが、ないんだ……」
肩を震わせて涙を流しながら、栗栖さんは封筒を突き返した。
「返さなくていいです。これは長期投資ですから」
「長期投資?」
「はい。どんな業種でもいいですから、将来は起業してください。そして、会社を設立したら60万円分の株券を俺にください」
栗栖さんはキツネにつままれたような顔をしているが、俺はかまわず続ける。
「栗栖さんの会社が成功して上場までこぎつければ、俺の株券の価値も跳ね上がります。倒産すれば紙くずになる。そういうことです!」
俺が一気にまくし立てると、栗栖さんは泣き顔のまま大声で笑った。
「牛上、おまえバカだろ!」
「株で借金作って、親に勘当された人に言われたくないですよ!」
今度は二人で声を合わせて笑った。
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