第118話 最後の晩餐

 黒月さんからメールの返信があったのは、ちょうど東葛西の駅に着いたタイミングだった。今日は午後から、いつもの場所で店を開いているらしい。

 ホームに入ってきた電車に乗り込み、俺は歌舞斗町へ向かった。


 車内は空いていたが、念のため周囲を確認する。今日は会社をサボってるわけだから、外回りしている同僚に見つかったら大変だ。

 いや、この際どうでもいいか。


 人探しのために占い師を頼る。冷静に考えればバカげた判断だと思うが、黒月さんなら栗栖さんの居場所を教えてくれる気がした。

 彼女には、普通の人間にはないなにかがある。それに、今の俺には他に頼れるすべがない。



 歌舞斗町のいつもの場所に黒月さんはいた。

 この時間帯に会うのは初めてだったが、彼女の周囲だけが夜の気配に包まれているのは気のせいだろか。

 いや、今はそれどころじゃない。栗栖さんの居場所を占ってもらわないと!


「黒月さん!」

 駆け寄って声をかけると、黒づくめの美少女が顔を上げる。

「こんにちは牛上さん。メールありがとうございました。どうされましたか? そんなに慌てて」

「大至急、占ってほしいことがあるんだ!」

「わかりました。とりあえずお掛けになってください。それと、少し落ち着いてください」


 黒月さんの言葉に従い、イスに座って乱れた呼吸を整える。そんな俺の様子を、彼女は静かに見つめていた。


「ごめん。取り乱して……」

「いえ、大丈夫ですよ。よっぽどお急ぎのようですね」

「うん。今すぐに占ってほしいんだ。先輩がどこにいるのかを!」

「以前お聞きした、サクセスバイオのトレードで大きなリスクを取っている会社の先輩ですね?」

「そう。その人」

「わかりました」


 最初に会った時と同じように、黒月さんが手をかざすと水晶玉が紫色に輝き始める。その光景は、まるで彼女の瞳の色が水晶玉を侵食しているかのようだった。


 いつのまにか全身に鳥肌が立っている。


 梅雨時の歌舞斗町にはじっとりとした空気が流れているはずなのに、この空間だけは別な何かに包まれているような気がした。


「牛上さん」

「は、はい!」

 突然呼びかけられて体がビクンと反応する。


「牛上さんは、最後の晩餐ばんさんは何をお召し上がりになりたいですか?」

「最後の晩餐?」

 死ぬ前に何が食べたいかってことだよな。ステーキ、寿司、すき焼き……。

「ごめん。好物がたくさんあって、今すぐ一つには絞れない」


「では、牛上さんの先輩の好物はなんですか?」


 ウイスキーだ!


「ありがとう黒月さん!」

 財布から取り出した1200円を彼女に渡し、俺はすぐさま駆け出した。

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