第111話 後悔
おぼつかない足取りでトイレから戻ると、向かいの席の同期が心配そうに声をかけてきた。
「おい、牛上。大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」
「ああ、大丈夫……」
なんとか笑顔を作って言葉を返す。
「いや、牛上さん。大丈夫には見えませんよ。熱でもあるんじゃないですか?」
隣に座っている後輩も声をかけてきた。
俺、そんなにヤバい顔してるのかな……。
「牛上、戻ってたか。すまなかったな。東葛西まで行ってもらって」
後ろから声をかけてきたのは、オフィスに戻ってきた課長だった。
「いえ、大丈夫です。南陽町からはすぐ近くでしたから」
振り返って答えた瞬間、彼の顔がひきつったのがわかった。
「おい、牛上。顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
そのまま課長は俺に近づき、耳元でささやく。
「電話では何もないって言ってたが、なんかヤバいことでもあったのか?」
俺が、栗栖さんの死体を発見してショックを受けている。なんて思ってるのかもしれない。
「いえ、電話で伝えたとおりです。部屋に栗栖さんはいませんでした」
「そうか。それにしても大丈夫か? 顔から血の気が引いてるぞ」
「じつは昨日から体調を崩してまして、今もかなり寒気がするんです。申し訳ないんですが、今日は早退してもいいですか?」
ウソをついた。ただ、今の精神状態でまともに午後の仕事ができるとは思えない。
今日はもう帰りたい。
俺の顔色が相当ヤバかったのもあって、課長はすぐに早退を許可してくれた。
とりあえず帰って寝よう。今は何も考えたくない。そう思いながら自宅へ向かったが、サクセスバイオのことが頭から離れてくれない。
株価はどこまで下がるのか。損失はいくらまで膨らむのか……。
そして後悔の念がドッと押し寄せる。
なんで暴落前に売らなかったんだ。なんで信用取引に手を出したんだ。黒月さんの言うとおりに売買していれば、こんなことにはならなかった。
そもそも前提がおかしかったんだ。
たしかに普通の株は、ストップ安が続いても半分程度でいったん値がついた。けれど、サクセスバイオは思惑だけで400円から6000円オーバーまで上がった銘柄だ。この時点で普通じゃない。他の銘柄のデータなんて参考になるわけがない。
冷静に考えればわかることなのに、浮かれてそれに気づけなかった。俺はいつから、おかしくなってたんだろう……。
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