第110話 大暴落
部屋には誰もいなかった。
風呂、トイレ、念のために収納も調べたが、栗栖さんはいなかった。いったいどこに行ったんだろうか?
疑問に思いつつ少し安心する。とりあえず最悪の事態は起きていなかった。
電話で課長に状況を報告し会社に向かう。
東葛西の駅で電車に乗ると車内はガラガラだった。適当なシートを選んで腰を下ろすと、疲れがドッと押し寄せてくる。
今日はいろいろ起こり過ぎだ。まだ午前中だっていうのに……。
駅にある立ち食いそば屋で軽く昼食をすませて会社に戻る。
時刻は12時半。昼休みの真っ最中なので、オフィスにはあまり人がいない。もちろん栗栖さんもいない。
そう言えば、サクセスバイオはどうなってるだろうか。通勤電車で売り注文を出してからは一度も株価をチェックしていなかった。
トイレの個室に入ってスマホを取り出す。待てよ? 昼休みなんだから堂々と自分の席で見てもよかったな。いつもの癖で、ついトイレに駆け込んでしまった。
4542。サクセスバイオの銘柄コードを入力する。注文状況をまとめた板画面はすぐに表示された。
え? なにこれ……。
一瞬で頭が真っ白になり、その直後にハンマーで殴られたような衝撃が脳内を駆け巡る。全身が瞬く間に悪寒に包まれ、強烈な吐き気がこみ上げてきた。
とっさに便器にかがみこんで胃の内容物を吐き出す。けれど、吐いても吐いても吐き気が治まらない。涙と鼻水もあふれて止まらない。
しばらくうずくまっているうちに、少し気持ちが落ち着いてきた。床に落としてしまったスマホを拾って、もう一度サクセスバイオの株価を確認してみる。
ディスプレイには絶望的な状況が表示されていた。
5700円のストップ安。売り900万株に対し買いは5万株。
こんなストップ安、見たことない……。
売りが圧倒的なのはもちろんのこと、昨日から1000円も値下がりしてるのに買いがほとんど入ってない。売りと買いの株数が一致しなければ値はつかない。
これ、どこまで下がるんだ……。
サクセスバイオが審査をパスできず株価が急落した場合、最悪でも半値ぐらいでリバウンド狙いの買いが入ると思っていた。実際に、ここ数年でストップ安した銘柄はみんなそんな感じだった。
けれど、今のサクセスバイオの注文状況を見れば、昨日の終値6700円の半値で逃げられるとは思えない。株価がもっともっと下がるのは間違いない。
だとしたら、俺はいくら損するんだ。信用取引で買った分もあるのに……。
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