第109話 栗栖さんの部屋

 東葛西の駅で電車を降りた俺は、課長の指示どおりに駅前の不動産屋を訪ねた。


 どうやって事情を説明しようか……。頭の中であれこれ考えていたが、その必要はなかった。

 会社から事前に連絡があったらしく、担当の女性社員はすぐに栗栖さんの住むマンションに案内してくれた。


 駅から歩いて5分ほどのところにあるワンルームマンション。その402号室が栗栖さんの部屋だった。

 ドアの前に立ってインターホンを押してみる。一回、二回、少し間を置いて強めにもう一回。


 応答はない。


 インターホンが故障してる可能性もあるので、今度はドアをノックしてみた。最初は軽めに、次は少し強めに。拳が金属を打ちつける音が周囲に響く。


 しかし、応答はない。


 栗栖さんは部屋にいないのだろうか。それとも……。

 状況が状況なだけに、最悪なイメージが再び浮かび上がる。意識を失って倒れてるのかもしれない。あるいは首を吊って……。


「カギ、お開けしますか?」

 担当者の声で我に返る。彼女の表情も緊張で強張っていた。きっと考えていることは同じだろう。

「はい。お願いします」

 開錠された金属製のドアを、俺はそっと開いた。


「栗栖さん、牛上です」

 ドアから顔をのぞかせて部屋の奥に向かって声をかける。


 応答はない。


「栗栖さん、部屋、入りますよ」

 玄関で靴を脱いで部屋に上がる。驚くほど静かだ。自分の心臓の高鳴りが体の内側から響いてくる。


 キッチンが設置された小さな廊下を、震える足で一歩一歩確かめるように進む。額に脂汗が浮かぶ。シャツの背中もいつのまにかじっとりと湿っていた。

 数歩先に広がる光景を想像すると足がすくんでしまうが、このまま帰るわけにもいかない。


 覚悟を決めた俺は、部屋に向かって一歩踏み出した。

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