戦いは終わった。

 ファリアの勝利を確認してすぐ、張り詰めていた糸が切れたようにフィリヤは倒れる。


「フィリヤ!」


 急いで駆けつけるが心配はない。

 ただ疲れてしまっているだけのようだ。


 チラリと、鎧の騎士へ目を向ける。

 ここでトドメを刺すこともできるが、この後のことを考えると少しでも情報が欲しい。


「まだ…始まりですらないのよね…」


 深く息を吐いて壁にもたれかかる。

 それから、少しの時間が経った。


 最初に目を覚ましたのはベリトロームだった。

「勝ったんだな」と、ファリアの顔を見るなり言う。

 それから、少しの会話があった。


 話の内容など、一日経てばどれも忘れてしまうようなものばかりだった。


「フィリヤのことを、どう思ってる?」


 ファリアは、「相棒だ」と答えた。


「なら…何故、真実を教えてやらない?」


 ファリアに膝枕をされ、スヤスヤと寝入っているフィリヤに視線を落として言う。


 ファリアは少し考えた後に


「真実を言っていないわけではない。…まぁ、単にそんなことを言っている暇がなかっただけだよ」

「結果、フィリヤを騙すことになっても…同じことが言えるのか?」

「嫌な言い方をするな…だがまぁ、そういうことになるな」


 照れ隠しをする様に頬をかいて、ヘラっと笑う。

 まるで他愛のないことかのように。


 それからまたいくつかの会話があった。

 一通り些細な疑問を解消して、ベリトロームは満足する。


 次に目を覚ましたのはフィリヤだった。


「ん…あれ…?ここは…」


 少しの沈黙の後、ファリア達の顔を見て思い出す。

 あぁ…戦いは終わったのだと。


 勝利を噛み締めていると、ベリトロームが「一つだけ、質問いいか?」と


「フィリヤ、お前はなんで、?」


 一呼吸おいて、ベリトロームは続ける。


「結果的に、あの場で俺はお前から槍を受け取り、それでやつを倒した。だが、あの場面でお前は…ファリアに槍を渡すべきだったんじゃないか?」


「お前は、俺がどんな技を使うかも分からなかったはずだ。ならば何故、でなくだったんだ?」


 キョトンとして、フィリヤは答える。


「だって…ベリトロームを信用してたから。ファリアだって、私がそうする、って思ってたんでしょ?」


「ええ、そうね」と優しく微笑む。

 それを聞いて、納得したようにベリトロームも笑う。


「あぁ…お前らは本当に似た者同士だよ」


 呆れ果てた様にベリトロームは言った。

 どこか、嘲笑のように取れる笑いとともに。




 鎧の騎士は目を覚ました。

 目を覚まして直ぐ、現状を理解した。


「失敗した…」


 身体は思うように動かない。

 それでも、剣を支えにして起き上がる。

 それに最初に気づいたのは、フィリヤだった。

 だからこそ、騎士はフィリヤに語りかける。


「こんなことを言える立場ではないのは重々承知だ、それでも…力を貸してくれないか!」



 突如として塔が揺れた。

 正確には塔だけでなく、まるで世界そのものが揺れているかのようだった。


「不味い…!気づかれたか!」


 鎧の騎士は走り出す。

 そんな体力が残っていないことは分かっていたが、責任を果たすため命を削って走り出した。


「悪いが付いてきてくれ!説明は走りながら…」


 息は荒く、腕は震えている。

 それでも、後ろを振り向かずフィリヤ達に叫ぶ。


「…ともかく、ここにいては危ない。フィリヤ、掴まって!」


 フィリヤは鎧の騎士を訝しみながらも、強く頷いた。


「ベリトローム、行こう!」


 そう言おうとした時だった。


「悪ぃ、ここでお別れだ…」


 ベリトロームは立ち上がらない…元より、直ぐに治るような負傷じゃなかった。

 フィリヤは何も言えない。

 ただ、強く唇を噛んで言葉を飲み込む。


「お前らといれて楽しかった…」


「別れの言葉くらい、しっかり言っとかなきゃな」と、笑顔でフィリヤ達を見送る。


「また、どこかで!」


 フィリヤはそう叫ぶ、ファリアはそう小さく呟く。

 別れは悲しいことじゃないと自分に言い聞かせるように。




 喋る余裕なんかないだろうに、それでも騎士は語り始める。

 償いをするかのように。


「私は…あなたと同じ、この世界の代替者です…」


「呼ばれて直ぐ、私は悪魔に敗北した。言い訳になりますが、世界が不安定だった影響で上手く力が出せなかった。」


「その後、操られた様にただあの塔にいました。貴方達に切りかかったのは私の防衛本能です。私を倒した悪魔はもうこの世界にいません。恐らくですが…同じように他の世界を滅ぼしに行ったのでしょう。」


 事務的に、ただ事実だけを述べる。


「恥ずかしい話、私は何もできなかった…!"神"と呼ばれながら、世界を守れなかった…!だからこそ、の発動だけは止めなくちゃならない。貴方達に、助力を請いたいのです…」


 奥歯を噛み締めて、心の奥底から叫ぶように言った。


 先程まで殺し合いをしていた相手が助けを求めてきている。

 そんな特異な状況に、フィリヤは混乱していた。


「『改変』…とは?」


 ファリアは冷静に状況を分析していた。

 その中で、改変とは彼女の聞き慣れない単語だった。


「世界の滅亡後、生まれ落つる物体です。もう一度世界をやり直すため、を改変する装置、通称アルテマ」


「アルテマは、願ったを、現実にする力を与える装置。実態は、使用者の頭に存在する空想を、無理矢理現実に変換するもの。」


「あぁ…理想アルテマ、ね…頭の中からスッポリと消えていたピースがハマったみたい。」


 フィリヤには付いていけない。

 話が複雑過ぎて口を挟むことができない。

 二人の緊迫感から、事態が大変なことになっていることくらいしか分からなかった。


 瞬間、強大な魔力の圧が、三人を包む。


 景色が、変わった。

 既に滅んだ後だった廃墟の群れは、燃え盛り、崩れ落ち、滅んでいる途中の景色に切り替わった。

 加えて、フィリヤ達は巨大な敵に取り囲まれる。

 決まった形のないゆらゆらと影のような化け物が、ズシンと足音を立てて近づいてくる。


「クソっ…!」


 ファリアはすぐさま臨戦態勢をとるが、鎧の騎士がそれを呼び止める。


「こいつらは見ての通り影だ!攻撃が効いたかどうかも判断できない!無視して突っ走るぞ!」


 先程魔力の渦に包み込まれた直後から、フィリヤ達の目前に不思議な物体が鎮座していた。


「あれが…アルテマ…」


 フィリヤが感じ取った通り、それこそがアルテマだった。

 化け物の群れをかき分け、アルテマに近づくフィリヤ達は、こちらを見下ろす男に気がついた。


「やぁ、ご機嫌よう少女たち。名前のない騎士も目を覚ましたようだね。」


「貴様は…!」


 男は手をかざす。

 手のひらに魔法陣が広がり、問答無用の光線がフィリヤたちを襲う。

 咄嗟にファリアが二人を庇うが、二度目はないだろう。


「すま…ない、フィリヤ…」


 全身から血を流していても関係なく、フィリヤを守れないことだけを悔やむ。


「あぁ…あぁ…!!」


 フィリヤは途端に目の前が暗くなる。

 唯一の支えであったファリアが、自分を守るために倒れてしまった。


(息が、苦しい…全身が痛い…ファリアが…いなくなる…)


 忘れていた痛みが襲いかかる。

 絶望という名の牢獄の奥底に、フィリヤは閉じ込められてしまった。


 鎧の騎士は剣を構えるも、男に斬りかかることはできない。

 今、一歩でもここを動いたら、後ろの化け物がフィリヤを殺す。

 それだけは避けなくてはならないという思いとともに、打開の策を考え続ける。


 だが、いくら考えても答えは出ない。

 どう転んでも敗北、始めから終わっていたのだ。


 何かあるか、と三人を観察していた男だったが、トドメを刺そうと空に手を掲げる。


 それを見て鎧の騎士は剣を強く握りしめるが、できることは何もない。

 ファリアのように防ぐことはできないし、仮にできたとしてもすぐさま全滅だ。

 光線の攻撃が追加発動に時間がかかるものと願うが、淡い期待でしかない。

 敗北を…覚悟する。



 フィリヤが絶望の底に落ちる姿を、ファリアはじっと見ていた。

 今にも事切れそうな彼女を、じっと見ていた。


 ファリアには、牢の鍵を開けることはできない。

 できるのは、牢の鍵の場所を教えるだけ。

 手を伸ばせば届く位置にあるが、それに手をかけるのはとてつもなく覚悟のいること。


「フィリヤ…、願っ…て…」


 細い細い糸の様な声で言う。

 聞こえているかも分からない声で言う。


「アルテマに…願って…」


 声は届いていた。

 でも、フィリヤはもう諦めている。

 罪を受け入れ、牢獄で一生を過ごそうとしている。

 誰も彼女を変えられない。

 願いは、届かない。



 何故だろうか、彼女は立ち上がり歩き出した。

 目に光はない。

 それどころか、意思すらないように見える。


 そこにいるのは、フィリヤではない誰か。

 ほんの一瞬だが、残り香のような力で彼女を前に進ませた。

 わずか数cmの命を使い果たして彼女を助けた。


 フィリヤは目を覚ました。

 もう二度と立ち上がろうとしなかった彼女だが、動き出してしまったからには走り出す。

 まだ、戦っていていいんだ、と

 まだ、抗ってみてもいいんだと


 横たわる相棒の最初で最後の願いを聞き入れ、フィリヤは走り出す。

 目の前の理想アルテマに向かって。



 フィリヤが動き出したのを見て、男はトドメを刺そうと天に手を掲げる。


 その時、敗北を覚悟した鎧の騎士が男に斬りかかる。

 諦めることなんて、しなかった。


「せめて貴様ごと、その!砕いてみせようぞ!」


 男の意識は、一瞬鎧の騎士へと移される。

「チッ」と舌打ちをして、攻撃をへと集中させる。

 集中砲火、男への攻撃は届かず鎧の騎士は倒れる。

 だが、


 起き上がったファリアが剣を受け取る。


「見様見真似だが…これで…十分だ…!」


 空中に放り投げられた剣を掴み、最高の一撃を叩き込む!


神跋のウィグレイド!!!」


 完全に意識外からの攻撃、倒せはしていないだろうが、男は大ダメージを受ける。


 フィリヤは走る、きっと彼女らならそうするだろうと信じて。

 背後から飛んだ剣が男を貫いたのを見て、

「自分もやるべき事を…」と脚に力を入れる。




 アルテマに彼女は触れた。

 突如空間が真っ白になり、目を瞬く。

 一瞬、死んでしまったかと思ったが、どこからともなく声が聞こえる。


「お前は…私に何を願う?」


 ファリアのことが頭に過ぎった。

 あの時の質問が頭に過ぎったが、今は忘れる。

 代わりに、騎士が言っていたことを思いだす。

「アルテマは、使用者の空想を現実にするもの」だと


「私の理想…」


 願いならある。

 ファリアや騎士を助けて、世界をもとに戻して、ベリトロームともう一度会って…



 ファリアは、私の願いを聞いてくれた。

 私に、力をくれた。

 それでも足りなかった。

 もっと…もっと強くないと、大切な人を失ってしまう。


「力が…欲しい!」


 願う。

 力強く、貪欲に。

 思い描いたのはファリアの姿、弱きを助ける強さ。


「幼稚かもしれない、けれど、世界一の力が欲しい。私がNo.1で、皆を守れる。そんな世界を創れる力が欲しい!」


 叫ぶ。

 悲鳴の様に叫ぶ。

 喉は今にも崩れ去りそう、それでも叫ぶ。

 願いを。


「…分かった、お前に力を与えよう。」


 この声が、フィリヤを認めたのかは分からない。

 ただ、願いは聞き入れられた。




「あぁ…彼女は成し遂げたんだな…」


 鎧の騎士は死ぬ間際にそう感じる。

 地面が揺れる。

 この世界はもうじきが、フィリヤは無事この世界から脱出できるだろう。


 アルテマが光を失う。

 世界とともに、消滅するのだ。


「悲しきかな、ここでお仲間と滅ぶことこそが幸せであったのに…正しく終われることの素晴らしさに、いずれ気づくのでしょう。その時はせいぜい悔やむといい!愚かにも身勝手に願ったことを!」


 男は世界の崩壊を、最後まで見届けていた。


 ファリアは動けない。

 怪我は段々と治ってきているが、連戦による疲労から動けない。


 世界の崩壊に釣られ、化け物達が暴れる。

 無闇矢鱈に破壊を繰り返し、末端では仲間同士の殺し合いも起きている。

 そしてその牙は、ファリアにも向いた。

 彼女は彼らの暴虐に、為す術もなく倒れていくのだろう。





 フィリヤは吸い込まれるようにして、空間の狭間へと放り出された。

 浮かんでいるのか落ちているのか、何も分からぬままフィリヤは漂う。


「ファリア…」


 頭にあるのはファリアのことだけ。

 彼女には祈り続けることしかできなかった。

 彼女との間に結ばれた小さな縁を信じて。




(ここが潮時か…)


 迫りくる化け物の大群を見て、ファリアは覚悟を決める。


「楽しい旅だった」と、小さくつぶやく。


(残念だが間に合わない。フィリヤが転移に成功すれば、契約者たる私も助かる道はあったかもしれないが、時間が足りない。すまない、フィリヤ…本当は…最後まで…)


 目を瞑る。

「ごめんなさい」と相棒に謝って。




 誰かが、戦う音が聞こえる。

 それはとても見知った声で、この世界で会った初めての仲間。


「よう!ファリア!無事みてぇだな!」


「ベリト…ローム!」


 ボロボロに為りながらも、化け物達の猛攻を阻止する。

 自分がいくら傷ついても気にしない、ファリアがこの世界を離れるまで守り続ける。

 そう、固く決心して槍を振るい続ける。


「どう…して…」


「お喋りの余裕なんてねぇが、まぁいい。アンタの相棒が言ってたろ?って。俺も信じてるのさ。お前らなら、勝てるって。俺の…希望を託す!勝ってこい!」


 強い激励、これがベリトロームとの最後の会話だった。


 十数分経った後、ファリアの体が光りに包まれる。

 間に合ったのだ。


「…ありがとう…!ありがとう、ベリトローム!」


 返答はない。

 ファリアの無事を確認して、役目を終えたのだろう。

 そこにもう、戦士ベリトロームの姿はなかった。


「あぁ、またいつか…会えるときまで」


 誰かがそう、呟いた。

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