「セイジ」
中学一年、三学期の初日、正月ボケで弛んだ顔つきをしているボクたちの前に、妙に引き締まった顔の転校生がやって来ました。
そうだ、社会の教科書で見た西郷隆盛をうんと痩せさせた顔。眉が太く、何しろ目がデカい。そのくせ体はずいぶんと細いのです。
これが、セイジでした。
「ぼくは、ケセンヌマから来ました。魚のことなら何でも聞いてください。」
何?ケセンヌマ?何だそれ?
みんなザワザワしました。
クスクス笑いも起きました。
のちに全国的にも有名になる地名ですが、この頃はまだ知らない人が多かったのです。この時はただ、ケセンヌマという語感が面白いと妙に受けたのでした。
狙ったのかどうかわからないけれど、これで転校生セイジのアピールは大成功。『ケセンヌマのセイジ』はボクのクラスのみならず、「どいつがケセンヌマだ?」と、上級生まで見物に来るぐらいでした。
すぐにボクの友達のマナブが親しくなり、セイジの家にも行っているらしい。
父親が水産会社のエライ人で、カニの缶詰とか、カラスミとかいうもの、数の子なんかが食べ放題というのです。
そのことを聞いたボクは、マナブとセイジが話をしている時になんとなく近づいて行き、セイジとも会話するようになりました。
「ケセンヌマは、とにかく魚介類が豊富で旨いものがいっぱいあるんだ。」
と、あんまりものをいっぱい食べていないような体いっぱい使って、ケセンヌマ自慢をします。
家にも遊びに行くようになりました。肝っ玉母さんのような元気のいい、セイジとは正反対によく太ったオフクロさんが、本当に美味しいものをご馳走してくれたのです。
「これはお酒飲みの人が好きなの。」
と、少しだけ食べさせてくれたコノワタというものはやけにしょっぱかったけれど、カニも、数の子も、昆布巻きも、昆布に数の子がくっついた子持ち昆布というもの、ホタテ貝柱を干したもの、みんなめちゃくちゃ美味しい。正月がまた来たみたい。もっとも家では見たこともないものばかりだけれど。
ボクが旨い旨いと食べている時、オフクロさんは、
「裏の家の兄弟が、よくギターを弾きながら歌ったりしてうるさいのよ。」
って、こぼしている時がありました。
数年後の話になりますが、この兄弟のブランコの唄がヒットして有名になると、
「やっぱりね、この子たちはモノになると思っていたのよ。」
と、今度は得意気に話してくれました。
中学も二年生になっているある日、中間テストの前日に、セイジの家に泊まりで一緒に一夜漬け勉強をしようということになりました。一夜漬けなので徹夜が基本です。
親には兄貴の勉強の邪魔にならないし、とかなんとか外泊の許しをもらったのです。
さすが会社のエライ人の息子、セイジは自分だけの部屋を持っています。そして、そのオヤジさんはあまり家に帰って来ないし、オフクロさんは食事の仕度など以外は、デンとソファーに座ってテレビを見ているか寝ているかだし、とても居心地がいい家なのです。
ボクは、訪問した時、食事の時、帰る時、家ではやらないくせに、外の人に対してはちゃんと挨拶をするので大人のウケはいい。
それにたまたま、部屋にオフクロさんがお茶とお菓子を持って来てくれた時、セイジは居眠りをしていてボクは漢字の書き取りをしていました。それで、
「アナタはエライわね。それに引き換え、ウチのセイジは、」
ということになりました。
滅多に会わないオヤジさんが帰って来た時も、
「君はちゃんと挨拶もして、勉強もやる。エライぞ。」
そう言ってカニ缶をおみやげにくれました。本当はサンデーやマガジンばかり読んでいたので、ちょっと後ろめたさを感じました。
何回目かの泊まりの時、さすがのボクも居眠りをしてしまったことがあります。
どのくらい眠っていたのだろう。眠りの中に居ながらも何だか気持ちが悪い。
たまらず目を覚ますと、セイジが声を殺して笑い転げています。
口の中が変な味でいっぱい。
セイジは、たっぷりのアジノモトにちょっとの水を垂らしてドロドロにし、眠って開いていたボクの口の中に、スプーンで掬ってタラタラと入れていたのです。
お新香なんかにちょっとだけ振りかけるとあんなに美味しいものが、大量に口に入るとものすごく気持ちが悪い。うがいをしても、水を飲んでも、ものすごい濃い味が消えはしません。
とうとう試験を受けている最中も、ずっと気持ちが悪いままでした。
ボクはその時から報復の機会を窺っていました。
期末試験中にその時は来た。
深夜、セイジが口を開けて眠っている。
勝手知ったる他人の家、オフクロさんはイビキをかいている。
台所に行き、まず小さな器にハチミツを入れる。
そこに大量の唐辛子。
洋辛子、わさびの粉を足し、仕上げにタバスコをたっぷり振りかけてスプーンで混ぜ合わす。
もうボクは悪魔の笑いが口元から溢れ出そうです。
それを持って部屋に戻ると、セイジは特製ハチミツを早く入れて貰いたそうに、口を開けて眠っています。
さあ、スプーンでその特製のヤツをたっぷりと掬い、セイジの口の中にドロリ。
「ウ-ン、」
口がゆっくりと動いています。
味わっているようです。
ひと間あって、
「ギャア-」
一メートルは飛び上がったように見えました。
そして、
「ヒェ-」
呻きながら流しに走って行って、いつまでも口を蛇口に当てている。
そんな中、騒ぎには一切動ぜず、オフクロさんのイビキは家中に響き渡っていました。
セイジその二
退屈な社会科の授業、しかも昼食後の五時限目、とにかく眠くてたまりません。
ボクの席の後ろ、セイジの隣の席で、大きな黒ブチ眼鏡をかけ少しませた感じの女の子、キマチがクスクス笑っています。
あぁ、またセイジがやっている。
ピクピク遊びをやっているのです。
大人の男になりかけのボクたちは、弁当を食べた後の気だるい午後の授業、眠気と共に下半身にも変化が起こる。
セイジはその固くなったヤツを、黒い学生ズボンの中でピクピク動かして、キマチに見せているのです。
セイジによると、一度イタズラでキマチに見せたら、今度はキマチから、
「ピクピク見せて。」
と、せがんでくるらしい。
くだらないって思ったけれど、女の子とそんなことをするなんてちょっとうらやましい。
ボクもピクピクやってみた。誰も見てはいなかったけれど、恥ずかしくなってすぐ止めました。
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