「ハンドボール」

この中学校では野球部よりも、サッカー部よりも、ハンドボール部が人気があります。

それには理由があるのです。

二年先輩に、シロ-さんという、顔良し、頭良し、姿良し、そして何よりハンドボールが抜群にうまいスーパースターがいたのです。

女子生徒のほとんどがシロ-さんのファン、男子生徒にとっても憧れの存在でした。

校庭で対外試合があると、コートの周りは人でいっぱい。二階建て木造校舎の窓やベランダも鈴なりで、試合を見ています。

その中でシロ-さんが、ジャンプシュートやダイビングシュート、華麗なフェイントで相手を躱す。

もう学校中、大騒ぎでした。

シロ-さんは今、兄貴が通っている高校のライバル校でもある、地元で二番目に優秀と言われている高校に進み、ハンドボールをやっています。国体の選手にだって選ばれちゃうほどの人なのです。

そして、自分で言うのも何だけど、その後継者が実はボク。

入学後はナガシマ選手みたいなプロになりたくて野球部に入ったけれど、ボウズになるのがいやなのと、不公平な選手起用が頭に来たりして、一年でやめました。でもそれは人に説明する時の話で、自分で認めたくはないけれど、本当はプロになるのは無理だとわかってしまったからなのです。

そこに現れたのがシロ-さん。近所でばったり会った時、

「おまえ、野球部やめたんだって。じゃあハンド部に入れよ。」

実は自分も憧れていた先輩の一言に思わず、

「ハイ。」


ハンドボールはひたすら動き続けるスポーツ。通常はキ-パー以外全員攻撃全員防御、とにかくよく走る。

それがボクには合った。

相手がシュート。

ボクは結果も見ず飛び出す。

相手のシュートをキ-パーがキャッチしようものなら、すぐに走っているボクに合わせて少し前方にロングパスを送る。

サッカーみたいにオフサイドなんてないから上手くボールをキャッチしたら、もうキ-パーと一対一。半径六メートルのゴールラインぎりぎりでジャンプ、空中からゴールネットにボールを突き刺す。快感!

これを初練習からやってみせることができました。体育の授業でもやっていたので自分としては割とたやすい事だったけれど、周りはビックリ。すぐに仲間に迎え入れられて、やがてレギュラーにもなれました。


シロ-さんの時代は強かったけれど、僕達だってなかなかのもの。

大砲のオオシマとエイちゃんの四十五度からの豪快なシュート。

器用なマッシャンのポストプレー。

サイドのシュウジとナオトもよく走って守る。

時々コーチをしてくれるシロ-さんに徹底的に鍛え上げられた鉄壁のキ-パー、シミズ。

控えのマナブもいいシュートを放つ。

とにかく対外試合が楽しみでした。

シロ-さんの時のように、沢山の人が見ている中でプレーする。

拍手。

喝采。

きっと気になるあの子も見ている。本当に快感なのです。

試合当日の朝、雨だったりすると小学校の遠足の時のようにがっかりしたものでした。

そして入部してから半年後、三年生が引退し、ボクが主将に指名されました。

しかもこの時、生徒会長にもなっていたのです。

シロ-さんもハンドボール部主将で生徒会長でした。

生徒会長は、体育祭の入場行進の先頭で、専用の太いベルトを腰に巻き、そこに大きな校旗の棹を固定させ、両手でしっかり支えながら、校庭に白線で引かれた二百メートルのコースを行進し、本部テント前に置かれた朝礼台に上がって開会宣言をします。

そんなシロ-さんを見て、自分もあの旗を持ちたい、先頭で歩きたいと強く思い、立候補してなんとか当選したのです。

だからボクが、シロ-さんの後継者と言ってもおかしくはないのです。



シロ-さんが死んだ。


あの、みんなの憧れの、シロ-さんが、死んだ。

高校のハンドボール全国大会に出場した帰りの高速道路で、バスがスリップ、前から二番目の窓際に座っていたシロ-さんと、その後ろの席のやはり窓際に座っていた女子マネージャーの部分が側壁の出っ張りにぶつかり、他の人も怪我はしたけれど、二人だけが死んだのです。

一緒に乗っていた部員の人によると、試合の疲れで皆ぐっすりと眠っていた。シロ-は、何が起きたのか知らないで逝ってしまったのではないかと、真っ赤な目をして話してくれました。

泣いた。

ものすごく泣いた。

今まで経験したことがないほど泣いた。

不謹慎かも知れないけれど、人はあまりにも泣き続けると、何だか少し気持ちが良くなるということも感じてしまいました。

葬式は、ト営住宅群の真ん中にあるアオヤギ会館という、住民の為の集会所で行われました。

当日、会館の周りは学生服で溢れかえりました。大袈裟ではなく、百人をはるかに越える人たち。中学生、高校生、他校からも相当来ているようです。

ボクたち生徒は、外に置かれた焼香台でのお焼香で、シロ-さんのそばには行けませんでした。残念な気持ちと、そばに行ったら死んだという事実を突き付けられるようで怖い、という気持ちが入り交じっていて、もう何だかわかりません。

お焼香を待つあいだも、済んだ後も泣きました。周りも泣いています。抱き合って泣いています。しゃがみ込んで泣いています。

ポストプレーが得意で、整った顔立ちの普段クールなマッシャンも、ボクにしがみつくようにして泣いています。よくこんなにも涙が出るものです。

ひどいよ。

何で、あの、シロ-さんが、死んじゃうんだ。

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