第32話


 アルフレッドの頭痛が治るのは夜になってからだった。

 夕食は備蓄していたハムと支援物資として持って来ていた鶏肉を煮込んだもので、支援物資なのに食べたら悪いとアルフレッドとキースが固辞しようとしたが『氷の花の採取依頼の報酬の一部』だと押し切られて夕食を食べた。


 「いいね、やはり乾燥肉より美味しいものだね」

 「猟師村の冬の初めの備蓄だからちょっと悪くなってる部分もあったけど…… 悪い部分をトリミングしたら全然イケるな」

 「いいねアル、男子たるものしっかり食べるんだよ?」

 

 (…… 何でこの2人はこんな仲良くなってるんだ?)とキースは2人の親密度が増した事に疑問を浮かべたが(まあ、いつものイケメンさで何かあったんだろな)と思考を放棄した。


 「しかし、マリは料理が上手いな」

 「いい問いかけだね、調理者が喜ぶいい声かけだ加点してあげようアル…… と言っても調合と製剤で薬を作る魔女からしてみると、いいかね?料理は再現にすぎないのだよ」

 「再現?っていうと?」

 「いいね知識を深めるのは正しい。これでも私は長くの時を旅しているのだよ、各地で食べた物を記録して調剤をするように調味料を使い熱温度の調節をして味付けをしているに過ぎない」


 料理を目を凝らして、レシピを意識して見てみるといいと言われアルフレッドは料理に目を凝らす。

 「たしかに…… 」

 「いいね、ホントにアルは最高だ」

 魔女マリスカは自分と同じ事が出来るアルフレッドにとても好感をもつようになっていた。

 

 そうなると更なる知識を授けたいと思うのが魔女マリスカであるようで、夕食後に木の板にズラリと文字の書かれた表を用意してきた。


 「いいかい?2人とも、授業計画(シラバス)を用意した。」

 「「授業計画…… ?」」

 「いいよ、いい反応だ。2人には暫(しばら)くここで勉強をしてもらおうと思う。いいね?」

 ニッコリ笑う魔女マリスカに一瞬、男子2人は呆けるがアルフレッドはハッと気が付き慌てて拒否する。


 「いやいやいや…… 悪いケド帰らないと…… 冒険者ギルドに生存確認の報告をしないといけないし…… な?キースもそう思うよな?」


 アルフレッドに話を振られて急いでキースは首を縦に振る。 

 勉強なんてキースからしたら真平御免(まっぴらゴメン)なのだ。

 

 「いいね、勉強嫌いに教育するのは腕が鳴る。大丈夫だよ昼の内に王都ギルドへの手紙を飛ばしたから2人は暫(しばら)くここに滞在して大丈夫だよ」

 「手紙を?どうやって?」

 アルフレッドは話の意味が分からなかった。

 ふと窓を見ると、やはり外は吹雪で短時間で手紙を送るなどは不可能だと思われた。


 その疑問は魔法の使用を持って魔女マリスカは2人に回答した。王都ギルドへは魔法の使い魔である魔法の鳥をリビングに呼び出したのだ。


 至便(しべん)1のものである使い魔の魔法はまるで光の球のようであったが、しっかりと嘴(くちばし)に破棄しようとしていた手紙を咥(くわ)えて皆の頭の上を一周し、暖炉の中にその身を投げて粒子になり消えた。


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 流石に王都までの魔法継続は無理だが山の下にある猟師村の宿屋にまでなら手紙を飛ばす事が可能で、そこから経由して王都ギルドに届くように魔女マリスカは事前契約をしているのだと彼女は言う。

 「これは…… 便利だ…… 」

 思わず口に出したアルフレッドの言葉に魔法マリスカはニヤリと笑う。


 「いいかね?どうせ王都に帰還しても冬は外に出ないでしょう?ならここで学ぶべきだ、いいかい?」

 「アルぅ俺は勉強は嫌だぜ?帰ろうぜ?な?」

 「いいかねキース、私の勉強は土魔法の底上げにもなるのだよ?」

 「…… マジっすか?」

 「いいね、反応が実に良い!では氷の花の依頼料は勉強のお代金で無料(ロハ)としてもらおう。」


 実はキースは冒険者か建築家か進むべき人生を心の中で迷っていたのだ。どちらを選ぶにしても土魔法の更なる品質の向上ブラッシュアップが必要なので魔女マリスカの提案はありがたい事だった。

 (冒険者であればアルフレッドに付いて行かないと皆を養うほどに稼げない…… でも王都で建築家になれたのならば工房で仲間を部下として雇って生活ができる)キースはこのように仲間の事を気にしていたのだから。


 次の日から、魔法の授業は横道に逸(そ)れすぎながらも淡々と続いていく……

 エルフは一つの事に集中すると時間を忘れてしまう話があったが、魔女マリスカもその傾向があり話の途中で横道に逸れ、関係の無い知識の深淵に向かうのでアルフレッドが止めようとするが……

 「いやしかし、いや…… いや、もう少しで真理に辿り着くかも…… 」と粘る魔女マリスカに呆れる事も数度とあった。


 「しっかし、魔女様とアルって兄妹(けいまい)みたいだなぁ…… 」

 「!!!いい!よし!キース、キミにしては天才的な意見ジーニアスなオピニオンだ!点数をたくさんあげよう!」

 「…… お…… おっす」

 「いいね、いい、兄か…… 成(な)る程(ほど)それはいい!これからはアル兄さんと呼ぼう!家族が出来て私も嬉しいよ!」

 「ちょっ!ちょっと待て!マリ!」


 ふんす!ふんす!と鼻息の荒い魔女マリスカはアルフレッドの制止など聞く気もないようで、この時から魔女マリスカはアルフレッドを兄と呼ぶようになった。


 人里に降りたエルフで婚姻をした者の相手はハーフかまたは4分の1かまたはもっと少ない割合にエルフの血が入っているのかもしれない…… それほどにエルフの魔力の匂いというのは焦がれるものなのだ。


 魔女マリスカはアルフレッドへ望郷の念を感じているのかもしれない。


 彼女のアルフレッドを見つめる時の目は同種族であるだけのエルフより近い…… そう、亡き両親が遺愛いあい2していたキセルとマグカップを見つめる時のような柔らかな心がアルフレッドを見つめる魔女マリスカの中に沸き上がっていた。

 それに気付いた魔女マリスカはアルフレッドを手放してしまうのがたまらなく惜しく感じてしまったのだ。


 (せめて呼称だけでも…… )魔女マリスカはそれ程までにアルフレッドに親愛を感じ出していた。


 …… 魔法の勉強は続き、暫(しばら)くして王都ギルドからの手紙を魔法の使い魔である鳥が咥えて帰ってきた。猟師村の宿屋に一匹、滞在させていたのだ。


 アルフレッドとキースは今回の報酬を拠点の皆で分けて2人を待つ事を送付の際に魔女マリスカの文(ふみ)に添えて伝えて貰っていた、返信の手紙には2人の意向に応じるとのギルドから回答があったので2人は胸を撫で下ろした。

 これで仲間は冬場に飢える事はないだろう。


 「アル、隅っこの方に…… ほら」

 「…… ははっ、リリィすげぇ」

 一応はギルド発行の重要文書3なのだが、リリィはどうして頼み込んだのだろう?手紙の端に『アルフレッドさん待ってます!リリィより愛を込めて』と一文(いちぶん)を捻じ込んでいた。


 「いいかい、アル兄さん、このリリィとは、何者だい?」

 「…… マリ何でいきなり真剣モードなの?」

 「いいかね?重要な事だよ?」


 ──────魔女マリスカとの生活はまだ続く……



*1

 至便(しべん)

 とても便利である事。


*2

 遺愛(いあい)

 故人が積み立てた功績や、遺した愛用の品物や子供の事。



*3

 高貴なまたは権力のある者からの封のされた手紙は改編されないように封蝋(ふうろう)をして送られた。

 封蝋に押し当てる印璽(スタンプ)や指輪印章(シグネットリング)などは有名なところだろう。


 中世に限らず、現代の日本でも勝手に他人の封書を開封すると罪になる。

 信書開封罪

 第133条 正当な理由がないのに、封をしてある信書を開けた者は、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。

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