第31話


 アルフレッドは正直に魔女の家に来て良かったと思い出していた。


 大量の氷の花の採取に2日に渡り駆り出され、途中に白熊の魔物の討伐にも付き合いヘトヘトになったが魔女は仲間意識の強いエルフで話し込めば、その知識を授けてくれる得難(えがた)い存在であった。


 暖炉前で採取した花を処理しながら話をしていると、彼女は100を超える年齢でありエルフの里から異端者として破門された英才である事が分かった。

 マルクス主義のエルフにとって、富める魔法の才能を持つ魔女は邪魔だったのだろう。1


 里を去り人と暮らすと自分は此方こちらでも異端だと知る事になる。王政の世界に社会主のようなの思想が根底にある魔女が馴染むのは難しかった。

 彼女が凡夫(ぼんぶ)であれば文化と文明の流れに乗り人間に馴染めたかも知れないが下手に知力があるので自分が異端であるという事が余計に強く感じられた。

 それでもと彼女は人と触れ合いながら暮らしていたが…… 我慢の出来ない事も彼女にはある。


 そうして、北へ北へと逃げるように住居を変え、この山の家に落ち着いた。


 そんな彼女の生活で魔法は日常であり、長く使い続けているので魔法技量は熟練に達して魔力は強く特殊な個体でと成(な)っていた。


 そんな昔話を聞いてアルフレッドは死なない強さを得る為に、夜中に【未来視】を魔女の家で起動してハンモックに包まれて暖炉の前でぐっすりと寝る魔女を剣で貫き殺した。


 魔女の結界は家の外には張られているが、家の中では自由気ままにしたいと防衛魔法を自身にかけていなかったのだ。

 花の処理をしている時にナイフで指を切った魔女を見てアルフレッドはそれに気付いた……


 彼女の寝る時に読んでいた本がハンモックから床に落ち、それが血で真っ赤に染まるまでアルフレッドは魔女の胸を切り刻んだ。


 「…… やっぱりあったか」

 エルフから異端とされる程の才能に、100を超える年齢と日々に培われた魔法の力。

 

 アルフレッドの予想通りに存在していた緑色に光る魔法の宝石を魔女の胸から取り出してそれを握り込むと魔力を込めて吸収した。

 【死霊魔術ネクロマンシー】を得て、その危険な副作用を知ったアルフレッドは魔法の宝石集めを辞めると思われたが(毒を食らわば皿までも)と彼女の力を得たのだ。


 「…… そうか、魔女は空を飛ぶものだものな」

 アルフレッドが魔女から得た魔法は【魔女の飛行術】だったが、それよりも薬のレシピ有り難かった。

 飛行術には軟膏が必要で、その軟膏を作るには…… という風に必要な知識の情報が数珠形(じゅずなり)に繋(つな)がっていたのだ。


 まるでバグにより無限にシンタックスエラーを吐き続けるパソコン画面のようにアルフレッドの脳内に強制的に連続して薬学と飛行術の知識が流れ込む。

 「2つの魔法の宝石を吸収した時よりマシだけど…… 流石に辛いな…… 」

 アルフレッドは頭を抑えながら【未来視】を解除すると充てがわれたベッドに倒れ込み朝まで気絶をした。


*****


 朝、やはり外はまだ猛吹雪であり曇天空。

 そんな薄暗い中でアルフレッドは食事の匂いで目を覚ました。

 「いい朝だね、アルフレッドいいから座って、ご飯を食べなさい…… いいね?」

 「…… はい魔女様」

 「アル!おはよう!…… オマエ顔色が酷いな大丈夫か!?」

 「キース…… 声でかいよ…… 頭が痛い。」

 アルフレッドはまだ【魔女の飛行術】と薬学のレシピの知識増加で頭痛に悩まされていた。

 ただ、世界の見え方は前日とは全く変わっていたので好奇心が勝ちこうして起きてきたのだ。


 (あれも…… あれも、まるで灯りがつくように魔法薬に使える物が見えるようになったな)アルフレッドは魔女のリビングダイニングをぐるりと見回すと魔女の優秀さに心の中で感嘆する。


 観賞用と思われた花や、干し芋のように窓辺に並べて干される薬草…… 全てが高純度の薬の素材だった。


 ( なるほど、冒険家ギルドが贔屓(ひいき)にする訳だ)と考えながら席に着く。

 「いいね?いいかね?アルフレッド、調子が悪いのであれば寝ておきなさい」

 「いえ…… はい、食事が終わったら少し休ませてもらいます」

 エルフは集団生活をする種族で、仲間が病気であればそれを放置しない。労働力の喪失は結果、種族の衰退となるからだ。


 アルフレッドは魔女から差し出されたポーションを開けて黙って飲み干し、ふと手にある瓶の封印の見事さに目が行き(後で勉強をしよう)とポケットに仕舞(しま)う。

 「…… いいね、よし、アルフレッド食事はパンで良いかな?いいだろ?保存用の固パンしかないがね」


 ありがとうございますと言いながらアルフレッドは固いパンを齧り、薬草が使われた匂い良いスープで無理矢理に飲み込むと、キースに滞在が延びるのを詫びて宿泊を許されている部屋に戻った。


 …… ややあって、アルフレッドが横になる部屋に魔女が訪れる。


 「いい具合かね?アルフレッド、いい、立たなくていいよベッドに座っていなさい、いいね?」

 「はい、すみません」

 アルフレッドは自分に気を遣ってくれる魔女に詫びて改めて彼女を見る。

 初めて対面した時は花や草を身に纏(まと)っているので変人かと思ったが、魔女が身に付けている植物は全てレア素材で失くさぬように手元に置いていると分かる。


 (ポケットに入れたら湿度が上がり悪くなるから身につけて乾燥させているのか)アルフレッドは魔女に習うべき事は多いと改めて思う。


 「いいかい?アルフレッド…… 一つ確認をしないといけない事がある」

 「はい、何でしょうか?」


 魔女はジッとアルフレッドの目を見て口を開いた。


 「今の、キミの世界は、現実かい?未来視の中かい?」

 そんな魔女の問いかけにアルフレッドは目を剥いて驚いた。



[補足]

 魔女はエルフであり、エルフは独自の文化を持って生活をしている。

 言語もその一つでエルフの言語は地球で言うならエスペラント語2のように合理的で、エルフ同士で話すには扱い易い物である。


 しかし人種族国家の公用語に通訳して言葉にすると『いい』という単語が連続してしまう。

 文法も少し違うので幼く感じる事もある。


 そしてエルフは重要な言葉は聞き逃さないようにするのが美徳とする文化があるので、発言者は真剣な話をする時は単語と単語を繋ぐように要点を分けて話をする為に濁点や間がとても多い。



 「アルフレッド、私は怒ってはいない、害を加える気もない、私は未来視のドゥームと過去に旅をした仲間である」

 「…… ドゥームの?」

 ドゥームとは【未来視】魔法をアルフレッドの前に所持していた魔法使いの名前だ。


 「そう、私はドゥームの仲間であり、ドゥームに魔法を取られた者でもある」

 魔女は面白そうにアルフレッドに微笑む。


 「アルフレッド、キミは、私を、未来視の中で殺したね?」

 「…… っ!!!どうして…… そう思うんですか?」

 「経験が、あるからだよ」

 「…… 経験?」

 「ドゥームに魔法を取られた、と、言ったじゃないか…… 彼も未来視で、私を殺して魔法を習得したのだよ」


 アルフレッドは自分の脳を高速に回転させて、どの言葉を紡げば言い訳が上手く通るかを必死に考えるが魔女は考える時間も与えずに更(さら)に話を続ける。


 「ドゥームも、未来視を得た後に、薬学の知識を得ていたよ。前日とは全く違う視線の導線を描いていた。アルフレッド、キミは起きてスグに私の薬草や保存方法に気がついたね?」

 「…… 。」

 「無言は美しくない、私は怒っていないと言ったはずだ」

 「いえ…… あの…… 」

 「次に、キミは私の差し出した『薬』を躊躇なく飲んだ、前日の安全を守るキミではあり得ない事だ。」

 「いえ、ポーションと聞いていたので」

 「私は、今朝は、ポーションとは言っていないよ?」

 「…… そうでしたっけ?」


 事実、魔女はポーションと発言していない。アルフレッドが魔女から得たその観察眼で一目でポーションと判断したから言われるままに服用したのだ。


 ふう…… と魔女は息を吐く。

 自分が殺されたのに、その顔は笑顔ですらある。


 「次に、キミは薬の蓋(キャップ)をポッケに入れた、薬剤を扱う者のクセだよ。必要な物をとりあえず集めてしまうのは。」

 「…… それだけで分かったんですか?何てこった…… 全く…… 」

 アルフレッドは観念したのか、俯(うつむ)きながら小声で答える。


 「いいね、いいよ、よしよし勘だったんだよ」

 「…… え!!!?」

 「いいかね?普通は相手がどんな魔法を得たなんてスグには分からない。今朝のアルフレッドの視線導線も体調不良のせいの可能性もあったのだよ」

 「…… ちっ」

 「いいね!舌打ちかい?と言うかだね将来が有望な若者には必ず「キミは未来視を持っているか?」と聞くようにしているのだよ、いいかい?言葉は慎重にだよ?」


 タネを明かせば簡単な事で、魔女は誰彼構わずに未来視の所持者かと問いかけていたのだ。

 アルフレッドは頭痛と寝不足、それに魔女の詰問に頭が正常に働かなかったのだ。


 「いいかい?本当に私は怒っていないし情報を流布する気もない」

 「ホントに?」

 「いいよ、感情に正直なのはいい安心したかね?私は旅仲間・・のドゥームが殺された時に怒りで一杯だったのだよ、あとキミは性格的にドゥームより悪漢になるとは思えないしね危険人物ならば通報もしただろうが安心したまえ。」

 「…… 分かった」

 憮然として答えアルフレッドに魔女はニマーッと笑う。

 もちろん、魔女が勘で話をしたというのは嘘が多く含まれている。

 【未来視】探しに鎌(カマ)をかけまくっていたのは本当だが、今回は確信があった。


 エルフは魔法の匂いが分かる。

 『臭(くさ)い』とか『良い匂い』などの嗅覚の話ではなく種族的な匂いだ。

 エルフが集団生活をするのは、エルフがもつ魔法の波長のような匂いに安心を感じるからだ。


 前日と違い、今朝からいきなりアルフレッドから自分と同じ魔力の匂いがするのだから、気付いてくれと言っているようなものだ。


 魔女はその判断材料(カード)は敢えてアルフレッドに伏せた。

 このカードは次回(・・)に使えるかもしれないからだ。


 片やアルフレッドは【未来視】の中ではない現実での殺人は止めておきたかったので秘密にしてくれると言う言葉に疑心暗鬼になりながらも頷(うなず)いた。


 なぜなら国から指名手配される人生というのは長くはもたないのだから。


 (いいね、いいね!よしよしアルフレッド、私はエルフの里を追放されてエルフとの関わりが薄い。ドゥームの時もそうだったが私(エルフ)と同じ匂いがするキミに肩入れしよう!)魔女はやはりエルフであり再び同族との生活を夢見ていた。


 アルフレッドとドゥームは自分と同じ匂いがするので同じ空間にいるだけで魔女は尚更(なおさら)にとても落ち着くのだ。


 「いいよ、アルフレッド、私の名前を教えようマリスカMariskaだ。マリと呼ぶがいい」

 「…… えっと、呼び捨てな感じですか?」

 「いいに決まっているだろう?仲間じゃないか?いいね、普通に話すのだよ?」

 「分かっ…… た…… 」

 魔女マリスカはアルフレッドの返答に満足すると、アルフレッドの頭を撫でて退室した。


 部屋に残されたアルフレッドは未だに困惑から抜け出せずに固まったままだった。



*1

 社会主義(共産主義)において人民の統制が取れない事は許されるべきではない。

 ポルポトが武力組織クメールルージュを動かして人々を惨殺した歴史や、毛沢東が文化大革命の中で妻と一緒に国民を弾圧した地球の歴史を見てみても、反対勢力など個人であっても粛清される。

 魔女は里から追い出されただけなので処罰としては緩い方であろう。


 ただ、思想は合理的な部分もあり2021年現在の世界では中国とロシアの世界での発言権は強い。究極の上意下達(トップダウン)は混沌する世の中で強い力を持つ。


 魔女マリスカが「仲間」と執拗(しつこ)く言うのは、同志(タヴァーリシ)!とUSSRで使われた言葉の意味より緩いしエルフよく発言する常套句(じょうとうく)。仲間意識の強さゆえだろう。



*2

 エスペラント語

 天才のユダヤ人が考えた人工の言語である。人種を先に書いたのは、この天才がユダヤ人というだけでトップを降りたという理不尽な歴史があるからだ。


 エスペラント語は優れた言語で、習得が容易で言語として完成している。

 今もこのエスペラント語は使用されていて誕生の歴史がもう少し早ければ世界中で英語に代わり国際共通語になっていたかもしれない。

 この異世界のエルフの言語はエスペラント語より拙(つたな)いものであるが、古代の天才エルフ姉妹が2人だけで人工で作り出した。人工という部分と汎用性が高いと言う部分は似ている。

 

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