第30話


 この異世界のエルフは部族ごとに分かれて暮らしているがどの部族も各地で自治区のような物を作り纏(まとま)って生活をしている。


 そこでの生活は絶対であり、他に交わるのは異端だと思われている。


 アルフレッドと対面する魔女のように人里に出て来て生活をし、さらに住居を持つ様なエルフは変人とされている。

 こういう変人は人種族との婚姻を好む傾向にある。


 この異世界のエルフは長命なので考え方が人間と違い、種族が共に繁栄をするという思想信念で生活をしている。

 外交に必要となるので上位のエルフ王と大臣は存在するが、それ以外のエルフは個別の共有財産は破棄して『エルフ聖寿主義』を言葉に人を従える富ブルジョワジーを分配し、金銭での貧困プロレタリアートを排除した。


 自分達の主義に聖寿(せいじゅ)という言葉を使う辺りで他の種族に対してエルフが特権階級思想をもっていると分かるだろう。

 聖寿とは天子の寿命の事で、天子とは神に仕えて人々を支配する者の事なのだから。1


 地球で言うならエルフはマルクス主義者に近い。

 社会主義国を各地で勝手に展開する人間からしたら厄介な存在なのである。


 しかもエルフは魔法や様々な知識に長けているので下手に武力衝突をすると悲惨な戦争に発展してしまい手がつけられない。

 エルフの思想や時間感覚から、とある人種族の国家と長期の戦争へと移った歴史があるが、その戦争は実に400年も続いた…… と言っても年月だけを見るなら地球の人々も335年間2も戦争をしている過去があるのだから人間も愚かである。


 さて、つまりエルフはマイペースではあるものの集団への帰属意識が高いめんどくさい奴らなのだ。


 「魔女様ぁぁ〜寒いっす」

 「いや、いや、いいかね?これでもマシなのだよ?」

 キースの泣き言にえっへん!という具合に魔女が答える。

 なぜかアルフレッドとキースは魔女に連れられて、夜の雪山を歩いていた。


 魔女の家に辿り着いて2時間もしない内に魔女は自己解決したように仕事の提案(オファー)を2人に言い出した。

 その依頼は極寒への採取作業だったのでキースは「また寒いのヤダ」と顔を青褪(あおざ)め、アルフレッドは死にたくはないので流石(さすが)に眉を顰(ひそ)めた。

 「凍死するからムリです」

 「いや、いや、いいかね?私は魔女だよ?寒さなんて保温魔法の軟膏(なんこう)を塗れば全然大丈夫だよ」

 という会話の後に手渡された軟膏(なんこう)は確かに魔法が浸透しており極めて寒さへの耐性が上がる物だったのだが。


 (なんで、こんな目に…… )とアルフレッドは雪に八つ当たりするように地面を蹴りながら歩いていた。

 「いいね、久しぶりの仕事を共にするのだから仲間だよ!いいね仲間、いいよ、いい。」

 ヘッドスカーフに革のぶかぶかのコートといった格好の魔女はまさにか弱い少女といった見た目で猛烈な吹雪の中をスイスイと歩く。


 「…… 魔女様ぁぁ…… まだ寒いっす軟膏をもっと塗ってくだせぇ…… 」

 「いいよ、いい、寒いのだね?よし仕事仲間の私が塗ってやろうホレ背中を向けなさい」

 「あ…… ああ…… あったけぇ…… 」


 何故か変に芝居がかったノリになり田舎の訛りになるキース。彼は元々、面倒見が良いし支配者階級に歯向かうようなバカではないので幼い姿の魔女に良いように引致(いんち)3されている。


 今も服を捲られて背中にゴシゴシと軟膏を塗られているのだが…… (家に入ってスグに薬を飲ませようとするエルフの軟膏なんて厚塗りできないよ)キースに尊敬のような目を向けながらアルフレッドはため息を吐いた。


 アルフレッドは魔女が軟膏を使って安全を確かめてから自分も使ったのだがやはり軟膏の成分が何なのか気になる。

 (確かに軟膏のおかげで寒さは殆(ほとん)ど感じないケド…… 余計にどんな薬なのか…… あぁ怖い…… )体は軟膏のおかげでポカポカとしてきているのに肝は冷えたままだった。

 

[魔女の補足]

 地球の物語で魔女が箒(ほうき)に乗り空を飛ぶ話はよくあるが、魔女は空を飛ぶ補助薬である『魔女の軟膏』というアイテムを使い飛翔していたという。4


 軟膏の材料は蝙蝠(コウモリ)の血・赤子の脂肪・マンドレーク・毒人参それらに加えて魔女一人一人のオリジナルレシピがあった。毒草であるベラドンナや黒ミサに使う道具など追加のレシピは様々。


 それを腋(わき)と内股などに塗りこみ箒(ほうき)に跨(またが)り呪文を唱えると空を飛べる。


 魔女は軟膏を作るエキスパートなのだ。


 「魔女様ぁ、目的地はまだですか?」

 「いいね、疑問を口にするのは正しいよキース、いいよ、もう少しだからしっかり歩くんだよ」

 「はぁーい」

 帰りたいなぁ〜と思いながらアルフレッドは嫌々と後に続いた。


 魔女が外に出てきたのは、雪山に生える氷の花を摘む為であった。この氷の花は常温で置いていてもヒヤリと冷たい不思議な花で魔女の軟膏の材料に欠かせないらしい。


 「まあ、これは私のレシピなんだけどね、いいでしょう?いい?レシピはこれ以上教えないよ」

 「…… はい、えっと何で氷の花が必要なんですか?」

 「いいね、レシピを聞いていないけど内容を引き出そうとするのはいいアルフレッド加点ね」

 (一気に馴れ馴れしくなるなこの魔女は…… )とアルフレッドは顔を引き攣(つ)らせる。


 「いい、いいよ教えよう。乙女の私の秘密なのだがね」

 「…… 乙女の…… ?」

 「…… いい事ないね、それはいいかいアルフレッド私は乙女だ復唱しないと減点だよ?」

 さんはい!と魔女が乗せるので「「魔女様は乙女!」」と何故かキースまで復唱する。


 よしよし、機嫌良く頷(うなず)く魔女は氷の花が必要な理由を告げる。

 「いいかい、軟膏はネバネバする」

 チョイチョイとアルフレッド呼び寄せて魔女が耳打ちナイショ話する。

 キースに聞かれるのも問題なぐらいレシピに関わる事かとアルフレッドも真剣にそれを聞く。


 「…… はい、そうですね」

 「いいよ、物分かりがいい…… ネバネバを体に塗ると夏場に蒸れる…… 私はスッとしたいんだよ」

 「え!?軟膏の付(つ)け心地(ごこち)の話で雪山を歩かされてるの!?」

 「いいよ、いい、アルフレッド。仲間なんだから直截的な物言いタメ口でいいよ。」


 まだ魔女がどれ程の人物か知れないので(いや、こんな振り回され方するなら仲間じゃない方がいいです!)とアルフレッドは声に出さなかったのは褒めるべきだろう。

 

 「魔女様〜アルぅ〜早く行こうぜ疲れちまったよ」

 「…… そうだな精神的にも疲れたよ。早く終わらせてしまおう」

 アルフレッドはキースにそう答えると目線で魔女に先導を促して一行は氷の花を採取する為に雪山を再び歩き出した。




*1

 天子とは天皇や皇帝の事。

 集団で暮らすエルフにとって人間は思想を持って支配する愚物だと考えるエルフも多く存在している。



*2

 イングランドの内戦から始まる戦争で、335年戦争と呼ばれる。

 地球での335年戦争では初期に片方(国王側)の軍が降伏してしまい、振り上げた拳を下ろすに降ろせないグダグダとした期間が伸びに伸びてこの335年というバカげた戦争期間になっている。

 異世界でのエルフと人種族の戦争は偶発的に各地で起こり終戦の宣言がされるまで死者が双方に出ている。


*3

 引致

 無理矢理に連れて行く事。


*4

 魔女が箒(ほうき)に乗るという事を証言したのはフランスのパリ近郊にあるサン=ジェルマン=アン=レー出身の司祭だった。

 司祭は1450年代に逮捕され、拷問の末に終身刑となった。


 司祭が証言する前から魔女は箒を使うと口伝や挿絵などがあったが、この証言から歴史に刻まれる事になる。

 昔のアメリカアニメで魔女がヘッドスカーフを着けているのはローマカトリック教会から異端として迫害されたワルドー派のモチーフであった物がそのまま現代まで魔女の衣装の一つとして伝わっているからだ。

 

 魔女の軟膏は1324年、アイルランドで魔女裁判にかけられた裕福な未亡人アリス・キテラ(アリス・キテラーとも)の家に存在したとされている。おそらく教会の難癖であろう。

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