第29話
雪山に住んでいて、連絡がないという事は死んでいる可能性がとても高い。
なぜなら極寒で生きる為にはそこそこの備蓄が必要で、魔女は物資を補充していない可能性があるからだ。
雪が高く積もるこの地では薪(まき)や魔法を使い暖をとり、風雪が厳しいならジッと家に籠っていなければならない。
アルフレッド達は魔女の家を訪ね前に、裾野(すその)にある猟師村で一泊している。食事の後に宿屋の施設である喫茶室(カフェルーム)でアルフレッドの美貌に見惚(みと)れる宿屋の看板娘に話を聞くと「魔女様は秋口から村に降りてきていません」との証言を得ていた。
魔女は冬の食材や燃料を猟師村で買うのがここ数十年の定例となっており、村に降りてきていない冬は初めてと看板娘と話に加わった地元猟師は魔女の事を心配しながら話をしていた。
もしも悪い予想が当たり食料の備蓄が無く、生活する備品が足りないならばこの極寒なら生きれないだろう。
吹雪で家に閉じ込められて凍死している可能性も十分にある。
アルフレッドは(魔女の生死の可能性の割合は半々といったところか?)と思いながら登山していたが、魔女の家に近づくと室内から光が漏れているので「生きているっぽいな」とキースと安堵で笑い合い魔女の家に急いだ。
冒険者の生存確認依頼では対象の生死が賃金に大きく関わる。
生きているなら魔女本人に文(ふみ)を認(したた)めて貰えれば情報料金として報酬が
アルフレッドは金は必要ないが名誉が手に入る。冒険者ギルドでの名声は自分を守れる社会的立場を作る事になるのだから。
魔女の家は木造、一部石造りの平家(ひらや)であった。
王都で貧民家屋の修繕活動をする建築物に
「アル、この家…… 」
「ああ、随分と面倒で凄い事をしているな」
日が陰りだし余映が雪雲に遮られる薄暮の中、魔女の家は屋根・壁の全ての表面にほんのり薄く光る魔法の結界の膜が張られていた。
「間違いなく結界が張られているな」
「アル、魔女は生きてるっぽい?」
「おそらくな」
遠目では雪明かりに埋れてしまう程の薄明かりだったが魔法をこうして維持しているという事は術者がいるという事だろう。
アルフレッドが(さて魔女とどうやって接触しようか?やっぱり普通でいいのか?)と考えていると、キースが物珍しく思いながら手袋を外し素手でペタリと壁に触れ出した。
「あ、ばか!キース!」
「ほんのりと暖かい…… 」キースの呟(つぶや)きの通り、魔女の家は外気とは隔絶された空間を維持しているようだ。
(やれやれ、好奇心でパッと物を触れるのもキースの凄さであり愚かな所だな)アルフレッドはキースが無事で安堵する。
彼は結界は人や物を弾く物であり、場合によっては攻撃をしてくるものだと【未来視】の中の人生で冒険者をしていた頃の知識として知っていた。
「キース、結界や魔法が付与された物を『まず触れてみる』という行為は一番ダメな事だぞ」
「お…… おう?そうなの?」
「はぁ…… 後で教えるから勉強しような?」
「え〜っ…… やだ。」
「やだって…… 命に関わるんだぞ?」
なんでこんな寒い所でこんな話をしているんだ?とアルフレッドは頭を抱えてしまう。
(キースに文字を教えた時も大変だったな)とアルフレッドはフォニックスソング
[補足]
魔女の仕事は様々なものがある。
地球では予知能力を磨き人に伝える者
ウェールズの妖精bendith y mamau(ベンディス
フィンランドで船乗り達が買ったという『風の結び』を売る者などなど、魔女と言えば魔女狩り!とばかりにクローズアップテーマとされるが魔女は多種多様な仕事をしていた。
この異世界は魔法があるので魔女の仕事は地球に比べると誇張しても足りない程に重要で、彼女達は下位の貴族家より優遇される場合がある。
「…… いいね、いい、若いねいらっしゃい」
「あ…… の、冒険者ギルドから来まし…… た」
結界内の室温の暖かい魔女の家には冒険者ギルドで事前通知されていた通りエルフの魔女がいた。
エルフとは、長命で人と時間の感覚が全く違う…… 見た目も人とは違うのだが、やはり信頼と実績を得ているのだからとアルフレッドとキースの2人は勝手に魔女は見た目も高貴であると思い込んでいた。
「魔女様は、見た目は幼いがお前らより何倍も長く生きているからな粗相(そそう)はするなよ?」
ギルドの受付で聞いた注意の通り魔女は少女の姿をしていたが…… アルフレッドとキースは予想よりさらに幼く衣服も解(ほつ)れや汚れがあり、所々に木の葉や花が引っ付いていて…… その姿に驚き膝をつくタイミングを遅らせてしまった。
高貴なる者との会話は、平民側が目線を見下ろしにしたら殺されてしまう場合があるのだから彼等は額に汗をかき急いで魔女に膝をついた。
「いいよ、いい、いい、そんな事しなくていい。」
魔女はそう気さくに笑いながらアルフレッドとキースに椅子に座るのを勧めた。
魔女の勧めで丸太椅子に座ると「お茶でも一杯いかが?」と言うぐらい気軽に液体の入っている封(・)のされた瓶(ビン)を2人に差し出して来る。
「いいよ、外は寒かっただろうに飲んじゃって、いいから、いいよ?」
魔女は小さな手で、どーぞどーぞとジェスチャーをして飲む事を勧めるのだが…… 。
「アル…… 」
「…… すみませんこれ…… 何ですか?」
アルフレッドの問いに魔女は笑顔になりながら2人の頭をガシガシと乱暴に撫でる。
「いいね、いい、教養があるね、バレたか」
「そりゃ…… 一応は冒険者ですから…… これ何かの薬ですよね?」
「いい、若いのにいい、勉強熱心だね」
魔女の渡した瓶(ビン)の蓋(キャップ)にはヘルメスの刻印がされていた。
これは錬金術師が調合薬を密封した時に行う刻印である。教養がなくても2人は見た事があるので飲むのを止めたが…… (これは…… かなり危ない人の所に来てしまったのかもしれない、早く帰りたい)とアルフレッドは早くもホームシックに陥っていた。
「いいかい?レディーの家に押しかけたんだ眠らせられても文句は言えまい?」
「睡眠薬だったんですか!?」
やっぱりヤバイ人(エルフ)だとアルフレッドとキースは目で確認をし合った。
「あの、生存確認に来ただけなので…… その…… 物資を置いたら帰りますね?」
「いや、いや、いい、いいよゆっくりしていきなさい焦る事はないよ、そうか生存確認か…… はて?今年の冬は王都に行かないと言っておいたような気がする」
(いや、気がするって…… 確認しときなよ)とアルフレッドは心の中で苦笑した。
(さてどうして逃げたものか、今外に出ると夕暮れ過ぎだから完璧に凍死するだろう…… でもここで、この魔女と一夜をと思うと正直こわいな…… )
アルフレッドがチラッとキースを見ると、彼は寒暖差の影響で血流が良くなったのだろう。暖炉の炎を見ながら呆けている。
(キースは寝かせないと動けなくなるな。これは、どうにか安全に寝床を借りるしかない…… けど…… ホントどうしようか?)
アルフレッドは不気味にブツブツと早口で独り言を言う魔女に目を戻すと、彼女は自分の手をポンと叩き崇高な答えでも出たような清々しい笑顔を2人に向けて口を開いた。
「いや、いやいやいやしかし、そうだな有難(ありがた)い、折角(せっかく)だから手伝え」
「「いきなりの命令!?」」
どうも魔女のノリにリズムが合わずに思わずアルフレッドとキースは声に出してツッコんでしまった。
*1
この魔女の山の裾野にある猟師村は北海道程の陸別町程の寒さであるが人が暮らしていけるだけの食料・森林の資源が存在している。
北海道より寒いロシアの極寒の地オイミャコンは世界で一番寒い場所だが、人々は野苺や魚等の食べ物をとり生活をしている。しかも平均寿命が長い。人々は寒さに向き合うだけの力が確かにある。
*2
フォニックスソング(Phonics Song)
地球では英語を幼児が覚える時に聴く歌と思えばいい。
ABCDEFG♪とメロディーに合わせて歌い、文字と読み方を合致させながら記憶させるという物だ。
それを同年代の親友に歌って聴かせたアルフレッドの心情は辛く恥ずかしいものだった。ちなみにキースは異世界での文字は覚えたが単語はあまり覚えられなかった。徒労であるアルフレッド、ドンマイ。
異世界なので少し事情は違うが、地球の中世での識字率はとてつもなく低かった。
しかし、文化と文明は確かに存在していたので文字が分からなくても生活をする事ができて、酒場では酔いどれが哲学じみた言葉を話し大笑いしていた。
*3
HRハガード著作のソロモン王の宝物庫の話に出てくる魔女ガグールなどがある。著作だけではなく民間の昔話の中には雄鶏を使った占いなど、魔女が予知能力を得ようとする物語がのこされている。
*4
エジプトの神トートをギリシアではヘルメスと言い、発明の神として崇められていた。
錬金術師は調合した成果物にヘルメスの刻印を押して密封してヘルメス神へと感謝をした。現代でもhermetically《ヘルメティカリー》
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