第28話


 「雪の多さにも限度がある」

 アルフレッドは先日の自身の言葉を批判した。


 山から吹き下ろす風は凍るように寒く、睫毛(まつげ)にも雪が乗るような樹海の入り口にアルフレッドとキースは立っていた。


 今回の冒険者ギルドの仕事を受けての遠出であったのだが、仕事のオファーを受諾しなければ良かったと何度も思ったが…… 回数が多すぎて2人はそれすら倦(うん)ざりする程だ。


 「さみぃーよぉーアルー」

 「もういいよ!俺も寒いっての!抱きつくなキース!」

 親友である2人は身を寄せ合いながら何とか前進を続ける。


 アルフレッドが【ファイヤーボール】を発動し空中停止ホバリングさせて熱輻射(ねつふくしゃ)で暖を取れていなければ2人は酷い凍傷になっていたかもしれないぐらいに極寒である。


 この場より南下した気候が穏やかな王都でも寒さは厳しく、噂話で冬の精霊カリアハ・ヴェーラが怒っていると街中に広がる程だ。1


 「なぁ〜アルぅ帰ろうぜぇ〜?」

 「いや、さすがにダメだよキース」

 「死ぬよりマシだぜぇ〜…… ハーっクション!」

 「…… 鼻水…… こっちに飛んだんだけど?」


 今回の依頼は冒険者ギルド王都ミッドランド本部からの依頼で、依頼内容は生存確認。


 確認対象となる人物は毎年、秋の終わりに王都へと魔法のアイテムを卸売に来るエルフの魔女。彼女が今年は待てど暮らせど王都に来駕(らいが)されなかったのだ。

 来駕(らいが)とは貴人が訪問してくるという言葉であり、その言葉通りに生存確認をする対象である魔女は冒険者ギルドにとって重要な人物なのである。


 極寒の中で働きたくは無かったが…… ワイトがいた古城が崩壊した事に関係しているのではないか?と疑われているので冒険者ギルドからの依頼を断りにくい現状がある。

 仕事の依頼者には高位のアンデットの暴走による魔法災害と報告したのだが疑念はもたれている。


 …… まぁ、実際に【神罰の魔法】で古城を破壊したのはアルフレッドなのだから後ろめたい気持ちも彼にはあった。

 「アル、古城を破壊したのオマエだよな?」

 「…… さあな?」

 「オマエ1人で依頼を受けたら良かったじゃん」

 「…… 親友だろ?」

 「うぐ…… あぁ、親友だけども!」


 リリィとロンは今回は来なかった。

 リリィは月経が近く、ホルモンバランスが変動しているので寒さには極めて弱い時期2にあるので、アルフレッドとキースは同行を拒否した。

 女性冒険者がパーティーにいると身体の周期を報告するのがこの世界の常識なのであるが、リリィは自分の下の話が続き顔を真っ赤にしながらもアルフレッドと一緒にいれないのが不服の様子だった。


ロンは女に金を使い過ぎた…… アルフレッドのおかげで美味しい仕事をしているのに特級娼婦(ヘタイラ)を買ったりしたので当然だ。

 しまいには窮乏(きゅうぼう)したのに更(さら)に女を買い漁り、最終的に昼飯3回分ぐらいで買える街娼たちんぼ3にまで手を出して性病に侵され救護院に入院したのだ。

 本人曰く「冬の寒さが耐えられずに、人肌が恋しくなったのさ!へへへ!」である。

 

 もちろん金が無いのでアルフレッドに借りての入院である。バカであるが、アルフレッドはワイト戦の時に自分を殺して助けてくれた恩があるので(これでチャラ清算!)と心が軽くなり借りを返せて良かったと思っている。


 「あー寒い寒い…… アル、オマエのマントの中に入れてくれよ」

 「嫌だよキモい」

 「…… あー…… 寒いわ、心まで寒いわ親友にキモい言われたわ」4

 そんな愚痴を言い合いながら、2人は枯れ果てた樹海から魔女の住み家へと山を登り始めた。



*****


 登山の苦労は荷物の重量がその一つとして挙げられる。

 今回は動き辛い雪山なので転倒時に手を使えるようにしたいから背嚢(リュック)を背負っている。


 そこに魔女の為の支援物資の食料や酒(昔は寒さを凌ぐのに酒を入れた)それに水筒に水を入れ、着替えで壊れないように包みその上に冒険者ギルドから貸与されたビバーク用の火魔法が付与された寝袋を積んでの歩行である。


 ビニールなど石油製品も無いので背嚢の作りは革製品であり、これだけでも大変に重い。


 これだけの重量を持ち2人だけで猛吹雪の中で雪山登山などとはあり得ないのだが、ここは魔法がある世界である。

 頼りなく見えるが1人ずつにスノーモービル以上の馬力があると思えばいい。

 アルフレッドは桁外れの魔力量があり、キースも土魔法をよく使うので修練し熟練度が増しているので人より数段も魔力量があるのだから。


 魔法の力はその個人がもつ量数により身体的に強く影響を与える。

 地球の人間でさえ、血流が良いだけ・・で身体的の優劣が生じる。

 筋肉トレーニングをしてパルクールの修練をすると超人にもなれるのだから、この『魔法』という身体に備わる力は筋肉量以上にこの異世界では大切な身体的な資質となる。


 しかも今回は雪山へ行くという事でアルフレッドが【重力魔法】を使っているのでその魔法支援の御加護も上々だ。

 アルフレッドから周囲3メートルは雪の重さは常に粉雪のように軽くなり、背嚢(リュック)の重さなど厚着をした衣服程度にしか感じない。


 雪に脚を取られても、引き抜くのに然程に力が要らないので体力も温存できている。


 アルフレッドは【死霊魔術ネクロマンシー】を手にした後からどのように体を壊さずに生きていけるかという実験を繰り返し【重力魔法】を使えば例え難所でも身体の負担が無いと考え至り修練を積んだ。


 幸い知識は既(すで)に脳の中にあるので後は工夫だけだったのでこの仕事で、色々と自分の事を知るキースに初お披露目をしたのだ。


 (こいつなんなの?)と呆れた目をキースに向けられたのは仕方ない事だろう。一般に生きる平民には重力の魔法など昔話であり御伽噺なような物なのだから。


 「オマエ、ホント器用よな」

 「…… そうか?」

 アルフレッドは重力魔法を使いながら、暖を取るファイヤーボールを宙に浮かせ、風魔法で横吹きの暴風を防御して歩いているのだ。キースの言葉は万人が頷(うなず)く事だろう。


 この魔法を多重に使える器用さも【死霊魔術ネクロマンシー】の知識を得たので複数体のアンデットと操作する為に多重に脳を動かす工夫を知る事が出来た。

 ゾンビや亡霊を一体だけではなく何十体も操作するのだから【死霊魔術ネクロマンシー】の知識にその能力が付随していたのも納得ができるだろう。


 キースの称賛を受けながら雪山を登り始めて登山前に宿泊した猟師村を見下ろせる所にまで辿り着くと、休憩に丁度良い雪と風除けのできる洞窟があり(やっ休める…… )と腰掛けた所でキースはアルフレッドに言葉にしないが感謝をしていた。


 (コイツがいないと冒険とか大変だな…… ミーナちゃんが王都に帰ったら旅立つとか言ってたが…… いっそ俺もついて行くかな?)とキースは考え、リリィは間違いなくアルフレッドを追いかけるだろうなと想像して苦笑した。


 魔女の支援物資の酒を少し横領して2人で水に薄めて飲みながら体力の回復の為に寝袋に足を入れて雑談をしていると、風の向きが変わったのか雪煙(ホワイトアウト)が緩やかになり山の上にある家が見えた。



 「あれが魔女の家かな?」

 「こんな所に住む物好きはそうそう居(い)ないだろ?」

 「はは、アルの言う通りだな」


 「さて、生きていればいいが」とアルフレッドの言葉を合図に2人は腰を上げ登山の用意を整えると「さてもう一息だ」と気合を入れて洞窟から外に出た。


 



*1

 カリアハ・ヴェーラ(カリアッハベーラとも言う)


 スコットランドの冬の化身の妖精。

 老婆の姿をしており杖で大地を固く固く凍らせる。

 アイルランドの口伝にも登場する有名な精霊。

 (スコットランドはヨーロッパの北端にある国)


 冬の妖精は酷い事ばかりするのではない。ヨーロッパから離脱したが、イギリスの冬のケンジントン公園で少女マイミーメニエ・マナリングが心優しい妖精に凍死しないように小さな家を建ててもらうという昔話もある(ピーターパン関連の話)。

 


*2

 女性が冷え性の理由の一つとされている。

 またリリィは胸が大きく部分的な脂肪の比率が多すぎるし、魔法職に就いているので筋力量も剣を嗜むアルフレッド、キースより遥かに少ない。雪山での冒険者の仕事には向かないのである。



*3

 娼婦の歴史はとても古く、また性病の歴史も古い。

 ロンは梅毒感染をして救護院(病院)に入院している。地球で『梅毒』と診断が出るのは中世の後期で、それまではハンセン病とごちゃ混ぜにされていたという。

 地球での古い治療薬は『水銀』であるが、異世界は魔法があるので『魔法の性病解毒液の塗布と安静』で完治する。


 もちろん『水銀』で完治はしない。


*4

 キースは筋肉量があり体脂肪率が極めて低く、体温を貯える脂肪の量が少ないので寒さに弱い。

 キースとリリィは対極すぎるのである。

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