第27話


 ────地球の話で『瓶(ビン)の小鬼』というものがある。


 1880年代にタヒチで終わるこの話は有名で、眉唾であるだろうがナポレオン・ボナパルト(1769〜1821)も所持者として名前があげられる。


 見た目は丸底フラスコのような形をしていて、白い色をしているが真珠(パール)のように角度により色の変化をする。


 これは地獄で作られたもので、本体どころか蓋(フタ)であるコルク留めですら破壊できない。人の理(ことわり)を外れたアイテムである。


 この中には小鬼が入っており、人の願いを叶えてくれるという。


 まるでアラジンと魔法の洋燈(ランプ)のようであるが違う所が存在している。

 所持者となった人間が棄てても必ず手元に戻る事。

 次に、願いは等価交換であり例えば豪邸が欲しいと願えば愛する者や親族があれよあれよと死に絶え遺産や保険金を手にしてそれにより豪邸を手に入れるというものだ。


 そしてもう一つ、死ぬ時に『瓶の小鬼』を持ったまま死ぬと所持者から離れないその瓶に引き摺られて地獄に堕ちるのだ。


 瓶を捨てる事は出来ない、人に擦(なす)り付けるには売るしかないのだ。

 しかもこの瓶は『買った時より安値で売らなければならない』。

 地球での口伝や物語は1880年に船乗りが最後に最安値で購入した所で終わる。


 そう、地獄や闇の魔法や不思議なものから齎(もたら)される大きな利益には、大きな危険が潜んでいるのだ。


 アルフレッドは【死霊魔術ネクロマンシー】を手に入れた。

 彼は過去の英霊の遺骸があれば叡智を授かる為に呼び出す事ができるし、ゾンビを使役して大金を稼ぐ事も出来るだろう。


 しかし、死霊魔術ネクロマンシーを手に入れた事で死後はアンデットとなる事が確定してしまったのだ。 

 死霊魔術ネクロマンシーは闇魔法の中でも特段に禁忌で死に近過ぎるのだ、取得してからの年月の経過と共に常に死に身を寄せ暮らすと、神はその魂を汚い物と判断して目を背けて見放してしまうのだから。


 古城に居たワイトも元々は人間で、死霊魔術ネクロマンシーを手に入れた事で死の安寧に眠る事が出来なくなった。


 アルフレッドに死ねない理由がまた増えたのである。

 (あの、アンデット化の痛みが死後に必ず訪れる…… )そう考えるだけで暫(しばら)くは物が喉を通らなかった。


*****


 しばしの時が過ぎ、王都ミッドランドは冬になっていた。

 

 アルフレッドは飲めぬ酒が飲めるようになっていた。

 荒れる心を鎮める為にも酒が必要だった。


 しかし、深酒は出来なかった。死んでしまう恐怖があるので前後不覚の泥酔状態になる訳(ワケ)にはいかなかった。

 

 もちろん飲酒は気の合う仲間としかしなかった。

 王都街の中流の酒場でキースは酔うとすぐに寝てしまい、ロンは冒険者の報酬で懐が暖かくなると下半身がどうも緩くなり女を買いに行き、リリィはアルフレッドにウザ絡みをするという…… まあいつも通りな感じで飲食をしていた。


 「アルフレッドさぁんʚ♡ɞ」

 「…… リリィ飲み過ぎ」

 「もっと構(かま)って下さいよぉ!あと何か買って下さいよぉ〜ʚ♡ɞ」

 「聞いちゃいないね…… 」


 リリィが強請(ねだ)るのには理由があり、アルフレッドはここ数ヶ月という短い期間で金持ちになっていた。


 彼は【未来視】で得た記憶からポーションという人体へ適応する魔法の回復薬品を改善と改変して、それを商人ギルドで登録し販売を始めた。

 その商品は未来で見た通りに飛ぶように売れている。


 元来ポーションは液体であり『生物が服用すると体内温度で変容する液体を細胞壁内に多く含む薬草』と『魔力』と『清流の水』があれば作られる大衆的(ポピュラー)な回復薬である。


 しかし、やはり液体なので温度や振動による劣化や入れ物の破損がついてまわった。

 劣化防止の為にガラス瓶に入っているので重量もあるので冒険者や旅人は荷物を地面に置くだけでも気をつけなければならなかった。


 ワインのように揺らし過ぎたり、温度管理がお座(さ)なりになると澱(おり)や蒸発、カビが生えてしまうのだ。


 …… それが改善されるのは今から15年後。

 王立薬学部の博士が環状オリゴ糖シクロデキストリン1とポーション、それに王都の薬剤師が調味料としつ一般販売する水魔法の凝固剤を混ぜて45℃の熱で温めたら魔力を保有したまま固形になるという発明をしたのだ。


 それは世界を変えるブレイクスルーだった。


 その凝固したポーションを粉末にして量産出来るガラスストローに詰めて両端を油紙で塞いだ、煙草(タバコ)状に商品改革されるのに時間はかからなかった。



 今まで飲んでいたポーションを粉末にした物を吸い込むだけで済むようになったので特に冒険者は煙草ポーションを買い漁った。

 水分を摂り過ぎると冒険に支障が出るという問題の解消、緊急時に手軽に摂取できるという利点…… そして常習性。売れないワケがない。


 魔法薬の粉末化なので肺や鼻に抜けてもそこが回復するのだから咽せることもない。現在の時点で歴史的に完全な商品だった。


 アルフレッドは、薬学などは知らなかったが商人として【未来視】の中で生きた記憶から作り方を商人ギルドから購入して覚えていたのだ。それを思い出し、不器用ながら模倣したに過ぎない。2


 なぜアルフレッドはポーション煙草を作るのに急いだのか?

 生死を分ける場面で必ず金は必要であるのは当然だが、錠剤を作っても良かったが、手早く摂取できる回復アイテムが欲しかったのと常習性のあるポーション煙草が死霊魔術ネクロマンシーのストレスにより口恋しかったのだ。


 【未来視】の中でポーション煙草が発売されると必ずと言って良い程にアルフレッドは虜になっていた。どんは世界でも。


 (少し、飲み過ぎたな)とアルフレッドは体調を戻す為にタバコケースから取り出したポーション煙草を吸う。

 体の芯にまで行き渡るような快感は阿片(アヘン)のよう。

 しかし、事実は回復しているのだから不思議なものだ。


 「アルフレッドさん、私にも」 

 「ん、」

 ポーション煙草を回し吸いながらリリィも回復する。

 「このジーンとくるのがたまりませんね!」

 「…… ああ、そうだな」と笑うリリィの若さの眩(まぶ)しさに頷(うなず)きアルフレッドは目線を落として凡慮(ぼんりょ)3の中に浸る。

 (少し、本当に飲み過ぎかもしれない。冬場は酒が進んでいけないな)と自戒(じかい)しつつもラズベリーワインを胃に流し込んだ。


 「リリィ…… ポーション煙草、何本かやるよ」

 「太っ腹ですね!アルフレッドさん…… ねぇ、そろそろ私を女にしませんか?あの、あの、あの…… 」

 「…… 考えとくよ」

 「よ、よし!よし!よぉ───し!言いましたね!片時も忘れませんからね!?」

 社交辞令が通じないのも恋愛の強さなのだなとアルフレッドは笑い、酒場の窓の外に積もっていく雪へと目を移した。


 (ここまで寒くなったのだから雪溶けまでミーナは教皇領からは帰って来ないだろうな…… )舞い降り出した窓の外の雪を、机に頬杖をつき眺めながらミーナの笑顔を思い浮かべて彼は寂しそうに暫(しば)し目を閉じた。


 (雪は…… どんな心境の時でも落ち着いて見れば綺麗なもんだ、ミーナは教皇領で楽しくやっているかな?)


 自然は神の作りし芸術である。4


 この時、アルフレッドの心は美しく舞い降ちる雪に癒された。


*1

 環状オリゴ糖

 現在でも使われている物資で用途は多岐に渡る。

 地球では1891年に正式に発見された。

 

 異世界においてはまだ優れた顕微鏡などは無いので、環状オリゴ糖が見つかったのではなくポーションを凝固する植物が発見されたと商人ギルドに発表された。

 


*2

 ポーション液は市販のものを使用。

 環状オリゴ糖を含む魔法の植物は、王都近郊でも簡単に手に入るので後は分量を見て煮詰めるだけだった。



*3

 ぼんりょ

 平凡(へいぼん)な考え。凡人の考える事。


*4

 ダンテ・アリギエーリの言葉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る