第26話


 アルフレッドはアンデット化の痛みを思い出して地面に横になり、暫(しばら)くリリィに介抱されながら考えた。

 

 やはり原因となるワイトを倒してしまおうと。


 「キース頼みがある」

 「…… やだよ」

 「まだ何も言ってないのだが?」

 「…… アンデット怖い。」

 「何だよソレ、アンデット嫌いとか冒険者としてどうかと思うな」


 キースはどうやらアンデットが怖すぎて仕方ないらしい。

 しかし、都市の近くで活動するのならばアンデット系との戦いは避けられない。


 この世界でも戦争や暗殺や遷都やらがあり、その度に必ず人は怨みを持って死ぬ。


 遺体やその一部を墳墓に纏(まと)めて埋めたり、墓地に悼まれながら埋葬されたりするが魔法や超自然現象のある世界なので鬼籍(きせき)1に名前が連なる者が蘇(よみがえ)る事などよくある話なのだ。


 「大丈夫、キース頑張ろうな!」

 「あれ〜?王都のダンジョン消す時に聞いたよそれ!?また酷い目に遭う感じじゃん!!」

 「こら!キース!しーっ!」

 あれ?王都にダンジョンなんてありました?という顔をリリィがするので急いでキースの口を手のひらで塞ぐ。


 「大丈夫、キース今回戦闘に参加は無いから!」 

 「…… 前回戦闘に関係無かったけど酷い目に合った記憶があるけどなぁ…… ?一応、作戦を聞いておくけど…… 嫌だからな!?」

 (何が!?)という言葉を飲み込みアルフレッドはキースとリリィ、ロンに作戦を伝えたのだが、どうも胡散(うさん)臭いといった顔をするので少し『本当』を見せて納得させようと考えた。


 「ちょいアンデットのゾンビを連れてくる」

 アルフレッドは軽く手を上げると古城の中へ入って行こうとする。


 「アル…… ゾンビとか…… なあ?」

 「はい、アルフレッドさん…… まだ探索もしていませんよ?」

 「まずは斥候として行きますよ?ゾンビいるか探して来ましょうかはははは…… 」

 

 キース達はまだ一度目の世界の中での話なのでアルフレッドの行動に疑念を抱いている。

 「いや、いるよ!さっき窓から見えたからな!」

 そんな苦しい嘘を言いながらアルフレッドはエントランスへ踏み込んだ。

 

 【聖者の魔法】はもちろん使っている。

 まるで小児がケンケンパHopscotchをするような動きをして向かうのだからロンは大爆笑。

 「拗(す)ねてるのかな?アルフレッドさん可愛い♡」と入り口の外で待つリリィからも有(あ)り難(がた)くもない評価を得たがグッと堪(こら)えて1人で進む。


 「…… よく見ると天井にいるな、一度目と二度目は気付かなかったよ」

 エントランスを進み、リリィを燃やし殺した所まで来るとアルフレッドは背面からの襲撃バックアタックをしたゾンビを確認した。


 アーチに装飾された『天使と従者』といった彫刻であるが、天使も従者もゾンビであった。

 「めちゃくちゃ目がこっち見てるじゃないか…… 」

 動作はしていない、しかし渇き死んだ目はアルフレッドを捉えて離さなかった。


 気味は悪いがアルフレッドは3度目だったので落ち着いて段取りをとる事ができた。


 降り落ち襲ってくるゾンビは光の円の結界で跳ね飛んだ。

 アンデットに対して『光』は強く天使の格好をした子供のゾンビは部屋の端まで転がり、従者の格好をしたゾンビはバウンドをして床に倒れた。


 「1回目は2体同時に襲われて死んで、2回目は天使のゾンビは今みたいに吹き飛んでいたのか」

 天使が持っていた武器はバーゼラルド2という十字の短剣で先が細く尖っており一度目はアレで自分は殺されたのだろうと当たりをつける。


 「首筋を貫かれたか…… 意識を一気に失って死んだんだな俺は」

 やれやれとゾッとしながら肩を揉み、従者のゾンビが落とした剣を拾いゾンビにトドメを刺し太陽の下へと引き摺(ず)り出た。


 こうしてアルフレッドはキース達に、この古城がアンデットの根城になっていると無理矢理に証明してみせた。


 「やっぱりアルフレッドさんは凄い!」

 「…… ありがとうリリィ」

 「うへ!?えへへへへ♡」

 一度目は自分がリリィに悲惨な死を与えた事を思い出し優しく苦笑して、次にキースに向き合う。


 「…… ゾンビじゃん…… うわぁー…… 太陽で溶け始めてるじゃん…… 」

 「…… っすよね、キモいっす」

 「だよなぁ…… ロンも分かるよな?」

 コソコソと話をするキースとロン。

 (似た者だよなコイツら)とアルフレッドは2人のコントを評(ひょう)して敢(あ)えて無視した。


 「さて、始めようか?」

 「うぇー…… 帰ろうぜアル」

 「ダメ」


 太陽はまだ昼を過ぎた所。

 ちょうど良い時間なのだからと、アルフレッドはキースの腕を掴み古城の外周を走った。


 「…… じゃあ始めるけどよアル?」

 「分かってるって、仕事してくれたら逃げていいよ」

 ここでキースの説明を補填しなければならない。彼は【神罰の魔法】を使った後にアルフレッドと組み冒険者を続けていたので、アルフレッドの知識を得てより一層に魔法への習熟度が増していた。


 加えて、スラム拠点での古い小家屋バラックの修繕や増築も彼が請け負っている。

 気風(きっぷ)の良いキースは自分の拠点だけではなく、他の貧困家庭の家、小屋、豚舎なども頼まれたら魔力の残りがあるなら修繕してぐっすり眠る善意者と知られるようになっていた。

 

 彼は、建物の改変ができるのである。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…… という音を立てて古城のアルフレッドが指差している部分をキースが崩していく。


 その場所は、ゾンビがワルツを踊る大広間(ホール)の外の壁。

 アルフレッドはアンデット化する前に確認していたのだ。窓に遮光カーテンがかかる位置と、その窓の形状と数を。


 石と漆喰で出来た壁は土魔法の天才キースにとって改変と破壊するのに容易く、光の下にワルツを踊るゾンビが顕(あらわ)になった。

 

 「おいおいおいおい!アル!なんだよアレ!」

 「…… さぁ?ゾンビが踊ってるんだろ?」

 「おっかねぇよぉ!」

 キースは太陽の光により溶け出したゾンビに悲鳴をあげ、ロンは逃走の準備を、リリィはギュッと胸の前で手を握り固まってしまっていた。


 「…… さあ!逃げろ!あそこにゾンビの親玉がいる!俺たちじゃ勝てない!殿(しんがり)は俺がやる!逃げろ!」

 「お、お、おう!」

 アルフレッドの棒読みのような号令にキースは一早く逃走し、ロンはリリィを肩に担ぐとアルフレッドの顔を一緒確認して頷(うなず)きキースに続いた。


 「…… さあ、これでいい」

 『キサマら…… なんて事を…… 我の舞踏会を、不埒な!』

 ワイトは外から自分を睨むアルフレッドに声を荒げて怒りにより魔力を高める。

 

 「ふん、俺を殺し得る存在を野放しに出来るかよ」

 アルフレッドは、怖かったのだ。

 【未来視】に絶対の自信が今まであったのに、それが死霊魔術ネクロマンシーで吹き飛んだ。

 王都にも近い場所にあるこの古城で、ワイトの存在は恐怖でしかない。


 出来るだけ有利に、倒しておきたかったのだ。


 アルフレッドは魔力を込めてワイトを指差す。


 大広間(ホール)には濃密な死霊魔術ネクロマンシーの闇魔法が充満していた。

 魔力濃度が高いのだ、ならば高位の魔物を狩るに足る【神罰の魔法】が使えるだろうと考えたのだ。


 アルフレッドは前回は気絶し、発動から攻撃までを見ていなかったので魔法の確認にもなるとさえ思う。

 もちろん【神罰の魔法】がワイトに敵(かな)わないならそのまま逃走する為の距離もとってある。


 (今回は古城に充満する程度・・の魔力量の【神罰の魔法】…… キースの土魔法による防衛も必要がないはず)

 アルフレッドの【神罰の魔法】が起動して、指先に魔法が回転しながら凝縮されていく。


 『な、なんだ!それは…… !光の、いや神聖魔法ではないか!?』

 ワイトの驚愕の声に応答する事もなく、アルフレッドは忌々しい思いをさせてくれたワイトに向かい【神罰の魔法】を放った。


 40mmピンポン球ほどの光の玉はアルフレッドの指先から飛び出して大気中の魔力を吸収して大きくなっていく。


 『ひっ!』

 ワイトはアンデットである。

 体を構成する物質の多くは魔法により支えられているので、その力さえも吸引しながら【神罰の魔法】は膨れ上がる。


 大広間(ホール)とワルツを踊るゾンビの魔力を吸いとった【神罰の魔法】は24.6㎝バスケットボール程の大きさの光球になり、キースが開けてくれた天井の穴から天高くに一気に上昇すると晴天に一瞬で雲を作り、瞬時に光の柱をワイトに撃ち下ろした。


 「ぐっ!なんて威力だ!?」

 アルフレッドは王都のダンジョンを霧散した時より遥かに魔力密度が低かったので、ワイトを倒す事は出来るだろうが前回より大した事はないと楽観視していたのだ。


 しかし神罰と銘打たれた魔法は予想の遥か上をいく威力で、落雷のような強力な衝撃を空気に伝えアルフレッドは後ろに吹き飛び地面に倒れゴロゴロと回転してしまう。


 「直接に見たら目がバカになる」

 瞼を閉じても光眩しい【神罰の魔法】は20を数えるまでワイトと古城を神聖な光の高熱で焼き続けた。


****


 「…… やっぱりあったか」

 アルフレッドは青空が広がる古城跡に足を踏み入れ、ワイトのいた場所を剣でほじくり返し確認をしていた。


 ワイトは貴族や王などの高位の人間の成れの果てのミイラ、それに闇が憑いて誕生する。


 人であり人ではない、しかし体内機関は人とほぼ同じ。

 アルフレッドは博識ではないが、もしかしたら?という希望もあっての確認だった。


 神罰の光に押し潰され、地面に埋まり焼け焦げたワイト少しの肉片と、胸骨の内側には魔法の宝石があったのだ。


 「よし、よし…… やった」

 アルフレッドはワイトの魔法の宝石を握りしめて、魔力を流し込むと自然現象ではあり得ない黒い光が溢れ出す。


 「さて、おそらく覚えるのは死霊魔術ネクロマンシーだろう…… これからの冒険者生活に役立てばいいけど…… 」

 黒い光はアルフレッドの中に入ると、彼に膨大な【死霊魔術ネクロマンシー】の知識が流れ込む。


 「…… !?これは、魔法の宝石ネクロマンシーの吸収を取り消せないのか!?」

 アルフレッドは新たな魔法の知識の根幹に触れて慌てるが、時すでに遅く死霊魔術ネクロマンシーの全てを習得した後だった……



 …… 怪物と戦う者はその過程で己も怪物になる事の無きように気をつけよ。

深淵をのぞく時、深淵も汝(なんじ)を見つめているのだ。(フリードリヒ・ニーチェ)3




*1

 鬼籍きせき

 死後の世界にいるという閻魔大王が持つ死者を記した閻魔帳の事。


*2

 バーゼラルド

 1300年ごろに実在した短剣。

 先細く両刃の物が多い。柄(え)の頭(かしら)に手を添えやすい工夫がされており天使のゾンビはそこに体重を乗せてアルフレッドを貫いた。



*3

 ミイラ取りがミイラになるという諺のドイツ版。

 邦訳に関して色々な言い回しがある。

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