第25話
アルフレッドは、ワルツを踊るゾンビが襲って来ない事に寒気がした。
ゾンビやアンデットは人を襲う事が常識である。
それは、アンデットの体内にある魔力が常時に循環しながら留まらずに霧散をし続ける事がこの異世界でアンデットが生物を襲う理由とされている。
なぜ知り得るかというと、ある研究者が文字盤(ウィジャボード)で霊体との対話を試みた事があるからだ。
その霊体の話では、魔力が魂や体から常に抜け落ちるのは痛みを覚えるという。
アンデットは人に留まる生気のある魔力を何とか得たいと殺して食らいつこうと攻撃するのだ。
「…… これは精神的にキツいな」
暗がりで分からなかったが、よく見ると一心不乱にスローワルツを踊るゾンビは全員がその目をアルフレッドに向けている。
「俺を襲いたいんだろうなぁ…… 」アルフレッドは確かめるように自身を左右に揺らし、やはりその動きを追ってくるゾンビの目にゾッとする。
(強制的に踊らされているのは確定だろう…… なら本丸の敵はどこにいる?)
アルフレッドは、たくさんのゾンビ達の目線の中で狼狽(うろた)えてしまい正常な判断が出来ないでいた。
…… ぞくり
アルフレッドは不意に気味の悪い感覚に陥る。
(なんだ…… あれ?)アルフレッドは先程のゾンビの目線確認の為に動いた時に【聖者の魔法】の光の円から右半身の少しを外に出してしまっていた。
安全であると慣れたせいで起こす、無念無想のうっかりというやつだ。
『やっと…… 効いたか…… 』
嗄(しゃが)れた声が大広間(ホール)に響く。
「だ、れ、だ…… 」
『…… まだ、話ができるのか…… 魔力が多いのか闇魔法への耐性があるのか…… ?』
アルフレッドは自分の口が上手く回らない事に気づき、次に手に持つ剣を石床に落とした時に己の体が腐り始めているのに気付いた。
光の円から外れた右半身が、アンデット化をし始めていていたのだ。
アルフレッドは苦痛により思わず膝をつく。
『右半身のみが腐るか…… 何かを使っているのか?ならば支配下となったオマエの右半身を操ればよい…か… 』
「っ!やめ、ろ!!」
アルフレッドはアンデット化をした右半身に引き摺(ず)られ徐々に【聖者の魔法】の結界内から外に身を晒し出す。
声の主に動かされているのだろう、抵抗は叶わない。
…… どうやらアルフレッドはもう終わりのようだ。
『ふむ、ふむ、結界を張っておったか』
「………… 、っ」
アルフレッドはやっと姿を現した声の主を睨みつける。
(
敵は、豪華な貴金属を見に纏う呪われたミイラの魔物ワイトであった。
(そうか…… そういう事か)
アルフレッドはアンデット化する中で思い起こす。
この古城の元の貴族(オーナー)は宗教的な異端者で悪魔の召喚を夢見て、純粋な生娘を攫(さら)っては殺して
人攫いなどは権力がある者が行えば単発ではバレない。しかしこの古城の
結果、極刑となり断頭台の露(つゆ)と消えた。
それから暫(しばら)く、この古城は人の寄り付かぬ、被害者か家族からは恨みの、被害者の魂からは怨念の場所となっていた。
この古城には、悪意のある闇の高位アンデットが出現する下地があったのだ。
『しかし、よくここまで耐えたものだ…… この嘆きの城
ワイトは強力な闇の呪い魔法を使う魔物である。
一つの城程度であれば全体に闇の魔法を充満させるのは容易い。
しかも野党や冒険者という供物(くもつ)が適度に提供(・・)されるのだからその力は全く衰える事はない。
(エントランスぐらいな光の円は要らないけど…… この大広間(ホール)は特に
気付いた頃にはもう遅くアルフレッドは思考までワイトに支配され出していた。
(【未来視】が解除出来ない!…… このまま魔力が切れたら…… 解除されるだろうが…… 魔力を使い切るのに何年かかるんだろう?)
アルフレッドは自分の精神が持つのか心配になる。
『ぐっ…… 』アルフレッドは嗄れた声で苦痛を感じる。アンデットとして魔力が体から抜け落ち始めたのだ。
まるで、毛穴の全てから針を刺されるような痛みを感じる。
(これがアンデット化の痛み…… )
苦悶するにも、もう表情が分からない程のにアルフレッドの顔は溶けている。
しかし、ここで不運が訪れる。
アンデットとして抜け落ちる魔力より、各地で展開した【聖者の魔法】の光の円から補充される魔力の方が僅かに量が多かったのだ。
アルフレッドは魔力切れを起こす事が出来ないので【未来視】の中で永遠に、アンデットとして漂わなければならなくなったのだ。
『さて、オマエはなかなかの見込みがある、我の永遠の晩餐に招待しよう』
ワイトはアルフレッドに言葉をかけながら、今もスローワルツを踊るゾンビを指差す。
ワイトは政治的または宗教的に高位の人間の死体が
今も在りし日の楽しい思い出にある舞踏会に胸を焦がしているのだろう。
『いつまでも、楽しく踊れ、そして我を楽しませるのだ』
ワイトはアルフレッドに歩み寄ろうとして異変に気付き足を止めた。
「…… っ、リリィの仇(かたき)!」
アルフレッドはその声を聞くと首に衝撃を受け前につんのめる。
ちょうど狙いの良い場所にアルフレッドの首が来たのが良いか、斧で丸太を切る様に首に何度も刃が当たり、アルフレッドの首はグラリと地に落ちた。
「アル!てめぇ見てたぞ!リリィを魔法で燃やして…… しかも死体を切り刻みやがって!」
落ちたアルフレッド首に叫ぶのは、外でキースと待機していると思っていたロンであった。
彼は斥候としての才能があり、アルフレッドとリリィが2人だけで古城に入ったのを嫉妬して盗み見をしてやろうと隠れ付いてきていたのだ。
そこでアルフレッドがリリィを殺す所を目撃する。
怒りに燃えすぐに殺してやろうとも考えたが、リリィを燃やした【ファイヤーボール】や【広範囲回復魔法(エリアヒール)】に慄(おのの)き、アルフレッドからの反撃を恐れて復讐の機会を今まで逃していた。
斥候として優秀な彼はしっかりリリィとの会話を聞いていたのだろう、アルフレッドの「おまじない」の円の中を歩いて来ていたのでアンデットに襲われる事なく潜行活動(スニーク)を果たしていた。
「うわー!」とアルフレッドの首を切断した剣を放り投げて逃げるロンの声を聞きながら、アルフレッドはまだ人とアンデットの間の存在であったので首を落とした事によりギリギリであったが無事に死ぬ事が出来た。
首を切り落とされたのに、まだロンの叫び声や走り去る忙しげな足音が聞こえていたのだ…… それに首だけになったアルフレッドは確かに、ロンの生物としての魔力が恋しくまた、美味しそうに思えたのだから本当にギリギリであった。
「──────────────っ!!」
助かった、アルフレッドは未来視が解けて心底に安堵した。
まだ古城に入る前、リリィが隣にいる場所に戻ってきたと分かると大きく息を吐きながら、心底で自分を殺してくれたロンに感謝して彼はその場で汗まみれになりながら蹲(うずくま)った。
*1
名作映画のバタリアン(原題:リターン・オブ・ザ・リビングデッド)にこんな有名なシーンがある。
アーニー「 なぜ人を食べるんだ?」
半身の女のゾンビ「人間を食べるのではない、脳みそを食べている。」
アーニー「脳みそだけ?」
半身の女のゾンビ「ああ」
アーニー「なぜ?」
半身の女のゾンビ「痛みがあるからだ! 」
アーニー「痛みだって?」
半身の女のゾンビ「死んでいる状態が痛いんだよ!」
アーニー「死んでしまうのは...痛い…… 」
半身の女のゾンビ「…… 自分が腐るのが分かる…… 」
アーニー「脳みそを食べると…… どんな気持ちになるんだ?」
半身の女のゾンビ「痛みが消えるのさ!」
有名なシーンであり、死に痛みがあるというゾンビが人を襲う理由づけに重い印象を与えるシーンである。翻訳は読みやすくする為に適当にニュアンスを変えているけど、だいたい合っているはず?
引用元サイトは以下
https://www.imdb.com/title/tt0089907/characters/nm0129883
*2
ワイトはJ.R.Rトールキンの指輪物語に登場するアンデット。今では様々な作品に登場している。
トールキン、彼はおそらく異世界帰りの作家であろう。
今あるファンタジーの雛形を作り上げた傑物である。漫画家で言うなら手塚治虫。
*3
嘆きの城
アーサー王の時代にあったと
悪の道に落ちた騎士が棲家としていた城で、まだ若い頃のランスロットに攻め落とされた。英雄ランスロットが眠る場所でもある。
名前が同じだけどランスロットは今作には出ない。出たらチートなのでダメ
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