第24話


 「まぁ、こうなるわな」

 アルフレッドは唖然とした。


 アルフレッドの高火力の【ファイヤーボール】は空気中の酸素を吸い込みながら旋風のように魔物に当たると、有機物を焼きつくそうと爆発して燃え上がる。


 その隣に居たリリィも、洩(も)れなく。


 ジリジリと熱が広がり部屋の壁やら床やらの石材までも高熱で、焦熱地獄(しょうねつじごく)のようだ。


 アルフレッドは自分が立っている部分の【聖者の魔法】だけ、急場なので結界を張り助かった。

 しかし、仲間の死プレイヤーキルを招いた己の浅はかさに凝然(ぎょうぜん)としていた。


 「大丈夫…… 【未来視】の中だ」

 アルフレッドは久しぶりに目の端に【未来視】を発動中にのみ表示される魔力残量を安全地帯では無い所でジッと凝視した。


 本来なら爆発による気圧差1と爆風で立ってもいられないはずだが、思考を巡らせる余裕のあるアルフレッドの【聖者の魔法】の光の円の、結界を作る強度からして魔力は相当に強力になってるのが分かる。


 (ふぅ)と息をして、アルフレッドは強い息苦しさの中2結果の確認に意識を移す。


 リリィは尻餅(しりもち)をついた所で、腕を曲げた体勢で焼き尽(つ)くされ体の多くは炭化し、少し残った脂肪の部分が黄色く溶けてジクジクと肉汁を床に流している。


 【聖者の魔法】の結界は意識をしないと発動しない。

 一度、理解も出来ぬ殺され方をした恐怖心でアルフレッドにはリリィも守る心の余裕が無かったのだから(この結果は仕方ない、それに未来視の中だ)と思い自分の心を落ち着けた。


 対する魔物は、人間のような見た目をしており爆発により吹き飛ばされたのだが、高温の爆発の中でも炭化せずに壁へとぶつかり動作出来ないぐらいに損傷しているだけだ。


 まだ動こうと体を揺らし、アルフレッドにその目を向けている。


 「やっぱり魔物はタフだな、あれじゃあ死なないのか…… 」

 アルフレッドは、人型の魔物へと光の円を作りながら近づく。


 魔物は人間の姿をしているが、皮膚が溶けて腐っており聖職者のような白衣を着ていた。

 【ファイヤーボール】の高熱で腱や筋肉が硬直したのか、吹き飛んでも魔物のその手には武器がキチンと握られている。

 武器は鋭利に尖る剣スクラマ・サクス…… 人間を即座に殺す為だけに作られたような見た目をしてるが…… 瞬殺をするには難しい形状なのでアルフレッドは首を捻る。


 (俺は一度目、この武器に刺されたのだろうか?でも気付かないなんてありえるのか?)

 アルフレッドは考えながら手持ちの片手剣でトドメを刺そうと近づき、グジグジと四肢と胴体に刺した部分を左右に広げるとやっと動かなくなったので、魔物をさらに詳しく見ようとする時に異変に気付いた。


 「…… なるほどね」

 炭化したリリィの体が微かに動いているのだ。

 「死霊魔術ネクロマンシーを使える何かがいるのか?」


 アルフレッドは昔、寒村の集会所で読んだ本を思い出す。

 それは、夜に子供を寝かせる為の絵本で死霊使いネクロマンサーが夜の影に隠れているので早く寝ないと死霊に襲われるというもの。


 古来より絵本には、なんらかの教訓があるもので異世界において超常現象(オカルト)の口伝や昔話はそのままの意味を持つ事がある。


 (そうか、アンデットか…… 俺達を襲ってきた聖職者の服装のこの魔物はゾンビだったんだな…… しかし、かなり強い魔力が込められているな)

 アルフレッドは心迷わずガタガタと動こうとするリリィの四肢と胴体を切り刻み動かないようにしてから、近接に術者がいないのにアンデット化できるこの状況に危機感を覚えながもクイッと顔を上げ意思を強く持ちなおす。


 (【未来視】の中だ、敵の強さにも興味がある…… 行くべきだな)そう意思決定して、さらに古城の探索を続ける。



[補足]

 現代の作品で出てくるゾンビは、映画の影響により倒し方が簡素化されている。

 頭への一撃ヘッドショットによる討伐も実は吸血ゾンビ(原題プレイグ・オブ・ザ・ゾンビズ)という映画から生まれた表現手法3なのだ。


 地球の実際にある伝承などでは倒し方がとても面倒であり、動けなくなるまで潰すという方法から『塩』を与えるというものまである。


 『塩』はゾンビにとって良くない物で、生前の意識をほんの僅かに思い出してしまい動け無くなる。

 昔日の太陽を見ていた自分を思い出してしまうのかもしれない、ゾンビは伝承上は太陽の中を歩けないのだ。

 しかし、そんな事はアルフレッドは知らないので切り刻み解体をしたのだ。

 

 そんな厄介なゾンビ達にアルフレッドは行手を阻まれ囲まれていた。


 「そうかこう言う事か」

 アルフレッドは関心すると同時に恐怖していた。

 

 どうやら、この古城に棲み付いたゾンビの親玉は変態であろう。

 壁や天井の装飾品と思われた人間の体や手足、または半身などは全てがゾンビであった。


 アルフレッドやキースが一度目に気づかなかったのは肌に薄く石膏を塗り隠してたからだろう。

 

 上手く隠しているので精巧な彫刻(カービング)にしか見えなかったのだ。


 ゾンビである彼ら彼女らは、生きた人間が通ると天井の固定具を外して落下をして手持ちの武器で殺しそうとしたり、壁に胸まで埋め込まれたゾンビは装飾だと思われた青銅の槍で突き刺して来たりするのだ。


 (息をしていないし、心臓も動いていない、しかも命令があるまで無機物のように静止出来る…… なるほど一度目はこうして容易(たやす)く殺されたわけだ)

 アルフレッドは石膏が剥げ、死肉が剥き出しとなり異臭を放ち自分を攻撃しようと蠢くゾンビに顔を引き攣らせる。


 【聖者の魔法】の光の円はリリィを焼殺した時には動揺していて正しい確認が出来なかったが、どうやら死霊魔術ネクロマンシーによる人形であるゾンビにも有効であったようでアルフレッドはホッとする。


 「しかし、これでは動けないな…… リリィも死んでいないしキースとロンも外に待機していて見ていない…… なら試してみるか」

 アルフレッドはそう呟(つぶや)いて、チラッと魔法の残量を確認すると【聖女の魔法】を使いアンデットであるゾンビを浄化しだした。


 神の姿に戻すという意味を持つ【広範囲(エリア)回復魔法(ヒール)】は著効で、即効で、その癒しの魔法に触れたゾンビは溶け始める。


 死霊となった者は肉体や魂は神に見放されるのだろう、回復魔法により神に似せた体へと戻る事は拒否され叶わなかったようだ。


 「せめて死体にさえ戻ってくれたら、冒険者ギルドで不明者探索で金でも貰えたかもしれないのに…… もったいないなぁ…… 」

 床の水溜りになった異臭を放つゾンビの成れの果てに顔を顰(しか)めてアルフレッドは嫌そうに独(ひと)り言(ご)ちた。


 「とりあえず、臭いから床と空気も【聖者の魔法】で弾いてしまおう」

 心に余裕が出来たアルフレッドは古城を探索し、やがて大広間(ホール)に到着する。


 (うえ〜…… なんだこりゃ)

 大広間の窓は、ゾンビが動く妨げにならぬよう4厚いカーテンで塞がれ日光はほとんど届かない。


 まるで悪夢のような朧気(おぼろげ)な暗闇の中で一糸乱れず同じ速さを保ちながら20組のゾンビ達が無言でスローワルツを踊っていたのだ。


 シュッシュッという衣擦れの音とびちゃり、びちゃりと浸出液が垂れる音が無言で黙々と踊るのだからとても大きく聞こえる。


 床に濡れた自身の体液があり、それを足のステップで踏み締めるゾンビは燕尾服やドレスを纏(まと)い暗闇の中で目が慣れていないので高貴にも見えた。



*1

 爆発が起こると気圧差が発生する。

 空気中の酸素が爆発の起点から押し出され、次に真空状態になった爆発の起点へと酸素が押し寄せる。


 人の気圧差への適応は、そこそこにあるが耳の中や肺などの機関は必ずダメージを受け立っていられるなどは、とてもとても…… 。


 魔法により強威力の爆発魔法などを使うなら、人は爆発の起点から遠ざかるか自身に何らかの魔法防御や支援魔法をかけなければ死亡事故へ繋がる可能性が極めて高い。



*2

 【聖者の魔法】の結界内の酸素は外から続く光の円の連続発動により供給されている。



*3

 ゾンビのよく見る顔色の悪いメイクも、この映画からきている。

 その後、ドーンオブザデッドやバタリアンなどの優れた名作が誕生していく。


 しかしゾンビ映画の歴史はとても古く1932年の恐怖城(ホワイトゾンビ)まで遡る事が出来る。



*4

 ゾンビは本来は夜行性(ナイトウォーカー)である。

 夜に行動して、神の慈愛を受ける日中は墓の下などに隠れて過ごす。

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