第21話


 王都ミッドランドは大きく賑わっていた。

 大通りには人が並び聖職者が行列を成して進んでいく。


 先頭にミッドランドの教会にある象徴(シンボル)を持つ聖職者の位階一番下の門守が歩き両脇に聖騎士が無頼に対応して進む。


 後ろには、孤児院から退院して教会に属した体の清らかな少年と少女が民衆に手を振り、さらにその後ろを太陽の光を浴びて輝くほどに真っ白な天蓋(てんがい)が聖騎士によりピンと維持され行進は続く。


 天蓋の下には神輿(みこし)が2つ。


 一つは宝物庫にあった聖体顕示台を支え持つ司祭が乗り、もう一つの神輿には聖女として神勅(しんちょく)を受けるミーナが乗っていた。


 この行列はミーナを正式な聖女とする為に教皇領に向けて壮途(そうと)についていた。


 壮途(そうと)とは勇ましい門出(かどで)の他に遠くへの旅立ちの意味もある。

 ミーナは光の失せた目で辺りを見回すが、そこにはアルフレッドの姿は無かった。


 愛する者からの知らずの別れと、関係を遮断した裏切りは少女の心を暗くした。




 アルフレッドとキースは、大通りに面した飲み屋の2階で窓から聖者行列を見下ろしながら木の実をつまみ話をしていた。

 「いいのか?アル?」

 「…… ああ、ミーナは俺らみたいな生活の不安が無い世界に行くんだ…… いいに、決まっている。」

 「好きだったんだろ?ミーナちゃんの事」

 「好き…… かは分からないが、今も俺は大切な家族だと思っているよ」


 ドイツの哲学者であるフリードリヒ・ニーチェFriedrich_Wilhelm_Nietzsche(1884〜1900)の言葉で言うなら、アルフレッドの生活の理想は群畜(ぐんちく)なのだ。

 生活の苦労を散々に味わったアルフレッドには一般的な生活と安寧は何よりも幸せなはずだと思っている。


 「アルが幸せにしてやればいーじゃん!」

 「…… キース」

 「はははは、その方がミーナちゃんも幸せじゃねーの?」


 キースは安いポマースワイン、アルフレッドは酒がダメなので果実を溶かしたサイダー1を飲んで人の多い王都の通りからこの店に避難していた。


 キースがウザく絡むのは酒が入っているからである。


 陰々滅々いんいんめつめつとした気分が伝わってくるアルフレッドに、キースは心の中で(素直じゃねぇな)と呟(つぶや)いた。


 「しかし、急激な話だったな」

 「…… ああ、」

 アルフレッドに話を振るキースだが、彼の心がここに無いと溜息をついた。


 キースは(こりゃ暫く使い物にならねぇなぁ…… )と思いながら、街中に流れているハーディ・ガーディ2の幻想的な音楽に耳を傾けて、うつらうつらとし始める。


 (こいつアル、ホントに何なんだろうな?)

 そんな疑念を抱きながら、アルフレッドが【神罰の魔法】を使った後の事を思いだしていた。



 ────────── キースはあの日、自分が作った土魔法の中で転がっていた所から酒に酔う脳を働かせて思い出していた。


 アルフレッドが何らかの魔法を使った後に閃光と衝撃で吹っ飛び、部屋の壁に体を打ちつけ気絶をしていたのでキースは魔法がどう作用したか分からなかったが、目の前にある特異な風景はアルフレッドが作ったのだと分かった。


 アルフレッドの魔法の光の暴力により、土魔法の部屋は半壊して青空が天井にて覗き、先程までダンジョンが生成されだしていた呪われたように黒い魔力で澱んでいた大地には雷の跡だけが残っていた。


 キースは立ち上がり周囲の観察に移るとアルフレッドが土魔法の壁に引っかかって気を失っているのを発見した。


 (息をしているようだから死んではないな)とキースはホッとしたが、この惨状を起こしたのはアルフレッドだと思い直すと酷く恐ろしくも感じてしまう。


 「なに考えてんだ、アルは親友だろ」

 自分の心に喝を入れて、キースは立ち上がる。


 …… 空気はとても澄んでいた。


 アルフレッドの巨大な魔法が空気中の魔力濃度を下げ、竜巻も霧散したので早朝のように清々しい。思わず深呼吸をする程だ。


 しかし、こんな開けた所が王都の近くにあったかな?とキースは疑問に思うが、アルフレッドと駆け付けた時の記憶と照らし合わせると遮蔽物である木や岩が全て薙ぎ倒され吹き飛んだと分かった。


 よく、自分の土魔法の家がもったなと冷や汗をかいてキースは遠くから人の大軍が来るのを地響きと騒音で感じとる。


 彼は大雑把な性格ではあるが阿保ではない。

 ここに異常があるとして、王都から兵士か騎士団が来たのだろうと見当をつける。


 「こりゃあ、ややこしい事になるなぁ」

 

 キースは孤児でありホームレスであるから、国の公務に携わる人達とは馬が合わない。

 騎士なんて来ているなら尋問までされるだろう。


 キースは倒れるアルフレッドを背負うと、土魔法を使い地面に空(うろ)を作り中に入り、また土魔法で岩を生成して自分と気を失うアルフレッドを遮蔽して隠れた。


 騎乗した兵士…… おそらく斥候だろう、彼がこの場を確認して本陣に戻ると、20分もせずに40名ほどの分隊が到着してアルフレッドが潰したダンジョン跡を調査する。


 土魔法で隠れたキースはそれを、一つの穴を岩に開けて状況を盗み見していた。


 「隊長、どうやらダンジョンが誕生する所だったようです」

 「ふむ、同道の学者もそうと?」

 「はい、しかも大規模なアンデッドダンジョンが出来る危険性があったようです」

 「っ、なんと!」


 アルフレッドが【神罰の魔法】を使い、空気や空気中の魔力を拡散させた為か、この広場の空気はピンと張っておりまるで高原にいるように音が反響をして少々の距離があっても声は何とか聞き分けられた。


 (やっぱ、学者さんとかスゲ〜な。こんな短時間でダンジョンの事とか特性とか見抜けるんだな)とキースは感心する。


 「…… やはり…… 新たなミーナ様、いや聖女様がこの世界に照臨(しょうりん)されたからか?」

 「…… たしか教会の発表ですね。」

 「うむ、聖女ミーナ様が王都にて照臨(しょうりん)されたので、必ず良き事が起こるとの発表であった」


 どうやら、教会は王城にミーナの威光を伝える時に大袈裟に青鳥使者が飛来急いで来芳翰手紙を投げたようだ。


 「規模的に王都を脅かすものだっただろうダンジョンはどうして消滅したか分からぬが…… 」

 隊長はそこで言葉を切った。

 おそらく、王都からでも天から打ち下ろされた光の柱が見えたはずだ。

 

 きっと新たな聖女が誕生した王都ミッドランドをお救いになった神の御業(みわざ)であろうと考え、早馬を飛ばし王城にそれを伝えた。


 キースは、さらに1時間もすると野次馬が溢れ出したので紛れるようにして、アルフレッドを背負いそこから隠れて逃げた。


 …… アルフレッド達の逃走から一週間も経たずに、聖女ミーナは王都ミッドランドの民衆に崇められる存在となった。


 聖女の奇跡である【広範囲(エリア)の回復魔法(ヒール)】だけではなく、アルフレッドと共に孤児院でちゃっかりと魔法の訓練を受けていたので、火・水・風と生きとし生けるものの生活に必要な複数の魔法にまで適正が及んでいた。


 これは今までの王都ミッドランドにいた聖女の上位互換であった。


 より優れた自分達に利益を齎(もたら)す者を人々は崇めるのだ。


 例えばカール大帝やアジアなら康熙帝などなど、それは歴史をもっても証明されている。


 こうして、人々の推輓(すいばん)もあり聖女ミーナ派は王都ミッドランドの教会における一大派閥となった。


 人々は言う。

 「聖女ミーナによって我々は守られた」

 「聖女ミーナは神に祝福された」

 「ダンジョンが現れていたら俺たちは死んでいたかもしれない」

 「穢れたアンデッドを駆逐する、神の奇跡を我々に与えてくれた」


 ここまでの人気なのに教会はまだ、ミーナが聖女認定を受けていない事を重く見るのは当然で、こうしてミーナは王都ミッドランドから聖女認定の場となる教皇庁までの祝福の旅をする事になったのだ。


 「…… ホントによぉ、いいのかぁ?アルぅ?」

 「飲み過ぎだよ?キース?」

 アルフレッドが声をかけると「大丈夫、大丈夫」と言いながらキースは記憶の反芻(はんすう)を止めて夢の世界へ落ちた。


 「…… ふふ、困ったヤツだな」

 アルフレッドは飲み屋の店員に毛布を頼み、キースにそれを掛けてやると「寝屋(ねや)ではないのにごめんね」と店員に少し多い駄賃を払い、椅子に深くかけ直した。


 再び、飲み屋の2階からアルフレッドは行列を為して行進をする聖職者達やミーナを見る。


 人々は祝福と願いの花をミーナの天蓋に投げ、吹雪のように街に色が氾濫する。


 王都の外の、教会所蔵の馬車にミーナが乗り込む時に一陣の風が吹く……


 その風は聖女を日光から守る天蓋を大きく捲(めく)り上げ、アルフレッドは一瞬ミーナと目が合ったような錯覚を覚え、大きく息を吐き、体を小さく縮こました。





*1

 炭酸水が地球で発明されたのは偶然で、年代的には蒸気機関が登場した後になる。

 ここでの果実のサイダー(炭酸水)は地球と同じように偶然に発見されたもので、科学の優劣の差のないものである。


ポマースワイン

 ぶどうの搾かすを発酵させたワイン。

 超安酒で古代ローマではピケットというポマースを使ったワインを奴隷や土工に与えていた。

 それぐらい安酒。



*2

 ハーディ・ガーディ

 地球の中世にあった楽器で、幾つかの低音の弦をもった機械化、からくり化されたバイオリン。

 ハンドル(クランク)がついていて、これを回すと弦が起動する。また鍵盤(けんばん)がついており、音高を奏者が操る事ができる。スエーデンのニッケルハルバという楽器にも似ている。

 

 音は、ファンタジーが好きな人なら気にいるものだろう。

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